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間奏 実話怪談 「人形とおばあちゃん」

私は怪談師や実話怪談作家ではありませんが、雰囲気を出すために実話怪談調にしてみました。そのため、稚拙な文章ですが、習作として、何卒温かい目でお読みください。


(あれ?)
と美影ちゃんは思った。
フランス人形が隣で寝ていた。
確かに昨晩遅くまで人形に話しかけていたことは覚えている。
だが、寝る前に机の上のガラスケースに仕舞ったはずではなかったか。
そのフランス人形は、大きさ60センチ程度、ロココ風のドレスを身に纏った細身の人形で、球体関節となっており、自由にポーズを変えることができる。
うっすらと微笑を浮かべた顔立ちが美影ちゃんのお気に入りだった。
小学校5年生にもなり、友人たちはとっくに人形遊びを卒業していたが、美影ちゃんの家は共働きということもあって、基本的に両親は夜まで不在である。
そのため、一緒に住んでいるおばあちゃんと二人で過ごすことが多く、おばあちゃんが夕食の支度などで忙しい時には、ごく自然に人形とごっこ遊びに興じていた。
(きっと寝ぼけてたんだよね)
と、その時は自分を納得させた。

しかし、次の日も、その次の日も、朝、目が覚めると、人形が隣に寝ていた。
(確かにガラスケースの中に入れて寝たはずなのに)
しかも、関節が念入りに曲げられていて、誰かが執拗に人形で遊んだとしか思えないような捻られ方だった。
こうなると、今まで可愛がった人形も恐怖の対象でしかない。
病気扱いされるのではないかと思い、誰かに相談するのも怖かったが、迷った挙句、美影ちゃんは一番懐いていたおばあちゃんに相談した。
「それなら、アタシの部屋に置きなさいな」
とおばあちゃんは言ってくれた。
おばあちゃんの部屋は、2階にあった。
人形はガラスケースに入れられて、その部屋の箪笥の上に置かれることとなった。

その夜、美影ちゃんは夢を見た。
女の子が手招きをしている。
ロココ風のドレスを身に纏った細身の女の子。顔にはうっすらと微笑を浮かべている。
まるであのフランス人形が命を持って動いているかのようだった。
おいで、おいでと手招きをする。
真っ暗な空間の中で、ドレスを着た女の子が、おいで、おいでと手招きをする。
美影ちゃんはその手に誘われるようにして前へ前へ進んでいった。
夢から覚めたとき、何が起きているのかを理解するまでに時間がかかった。
自分は確かにベッドで寝ていたはずだ。だが、これはどういうことなのだろう?
彼女は立っていた。
おばあちゃんの部屋の箪笥の前に。
眼前、数センチの距離に人形の入ったガラスケースがあった。
うっすらと微笑を浮かべる人形と、目が、合った。
悲鳴をあげはしなかった。恐怖よりも混乱が強く、幾つもの疑問符が頭の中を飛び交っていた。
後ろで気配がした。
おばあちゃんも目を覚ましていて、困ったような顔で美影ちゃんを見つめていた。
その後、ようやく恐怖が込み上げてきて、美影ちゃんは泣いた記憶がある。おばあちゃんが必死に宥めてくれた。
真夜中だったこともあり、両親には話さず、内緒にしておくことにした。

その出来事を境に、おばあちゃんの様子がおかしくなった。
口数が少なくなり、部屋に閉じこもって、ほとんど布団に臥しているだけの日が増えた。
おしゃれなおばあちゃんが美影ちゃんの自慢だったが、身だしなみに無頓着になり、髪はボサボサで、何日も同じ服の日が続く。
もっと奇妙だったのは、おばあちゃんの部屋に行くと、ガラスケースの人形に向かってしきりに話しかけていたり、またある時には、赤ちゃんでも抱っこするように人形を愛おしそうに抱きかかえ、微笑みかけていたりする姿を見かけるようになったことだった。
それとなく両親におばあちゃんの変化を訴えてみたが、
「まあ、それも仕方ない」とそっけなく返された。
自分のせいだ、と美影ちゃんは思った。俄には信じられないものの、きっと人形が原因なのは間違いない。
大好きなおばあちゃんが変になっていく。
私がどうにかしないと、という切実な思いが美影ちゃんの中で日増しに大きくなっていった。

意を決し、美影ちゃんは行動に出ることにした。
翌日が粗大ゴミの日であることは事前に確かめておいた。
おばあちゃんに気づかれないよう人形を運び出し、後は家の前のゴミ置き場に捨てればよい。
もし、おばあちゃんに人形はどこに行ったか聞かれたら、「もう古くなってきてたから、お母さんが捨てた」とでも言っておけばよいだろう。大人だし、きっとそれほど人形に執着することはないはずだ。
美影ちゃんは夕方、おばあちゃんの部屋にそっと忍び込んだ。
音を立てないように息を殺して覗き込むと、おばあちゃんは布団の中で安らかな寝息を立てていた。最近では珍しくなくなった光景だ。
ゆっくり、慎重にガラスケースを持ち上げてしっかりと抱えた。そのままそろり、そろりと後退りする。
もう一度、おばあちゃんの方を確かめる。
さっきと変わらず、すやすやと寝息を立てていた。気づかれてはいない。
美影ちゃんはそのままそっと部屋を出て、ゴミ捨て場まで一気に駆け抜け、人形を捨てた。
最後に、人形と目が合ったような気がした。寂しそうな目をしており、一瞬だけ可哀想だと思ったが、すぐにその考えを打ち消して、振り返らずに家へ戻った。

異変が起きたのは、人形を捨ててから30分ほど経った頃だった。
2階からおばあちゃんの声がした。
美影ちゃんはおばあちゃんが廊下に出て、ただならぬ様子で狼狽えている気配を感じた。
慌てて2階に駆け上がる。
廊下の突き当たりの窓からおばあちゃんが外へ向かって身を乗り出していた。
今にも落ちそうになっており、全速力で駆け寄って廊下側へ引き戻した。
「ちょっと、おばあちゃん、危ないよ!」
美影ちゃんが言っても、その声はおばあちゃんの耳には届いていないようだった。
再び窓枠を掴んで、外へ身を乗り出そうとする。
「あの子が……あの子が……おいでおいで、してるじゃないか」
おばあちゃんのその言葉に、美影ちゃんはゾッとした。
外を見る。視線の先にはゴミ捨て場が見えた。さっき人形を捨てたあのゴミ捨て場だった。
美影ちゃんには何も見えなかったが、おばあちゃんには何かが見えているようだった。
「行かなくちゃ」
おばあちゃんは美影ちゃんの静止を振り切って、窓から外へ乗り出そうとする。
「おばあちゃん、危ないって!」
必死で引き止めていると、眼下に母親が帰ってくるのが見えた。
「お母さん! おばあちゃんが落ちちゃう!」
美影ちゃんの声に気がついた母親がこちらを見上げた。途端に顔面蒼白になり走り出した。
美影ちゃんは少し安心したが、母親が来るまで油断はできない。持てる力を振り絞って、おばあちゃんを必死で引き戻す。
(お母さん、早く来て!)
美影ちゃんは心の中で必死に祈った。
おそらくは数十秒程度の時間だったのだろう。しかし、美影ちゃんにはその間がとても長い時間に感じられた。
徐々に腕の力がなくなっていく。
もうダメだ、と思った刹那、後ろから強い力で引っ張られ、廊下側へ引き戻された。
母親がしっかりと美影ちゃんを抱きかかえていた。
「美影、なんてことしてるの!」
母親はかなりの剣幕で言った。
まるで美影ちゃんを責めるような口調だった。
「だって、おばあちゃんが……」
「ふざけるのはよしなさい! おばあちゃんは入院中でしょうが」
美影ちゃんはハッとした。そして唐突に、おばあちゃんは数ヶ月前から腰を悪くして、病院に入院中だったことを思い出した。
あたりを見回したが、おばあちゃんはどこにも見当たらなかった。
母親は美影ちゃんが悪ふざけをしていると思ったようだった。
彼女が言うには、家の下まで来たとき、美影ちゃんが一人で窓から体を思い切り乗り出して、ゲラゲラ笑いながら外に向けて叫んでいる姿が見えたそうだ。もう少し身を乗り出せば、落下してしまうと焦った母親は、2階へ着くまで気が気でなかったという。
いや、絶対にそんなことはない、と美影ちゃんは思ったが、一方で、自分でも最近の出来事を全くもって意味不明に感じ始めていたので、うまく説明できる自信もなかった。

結局、人形の件から始めて、ここ最近起こった出来事を包み隠さず母親に話した。
美影ちゃんの話を聞き終えた母は、不信感を顕にして口を開いた。
「フランス人形って、アンタ何言ってるの? ウチにそんな人形ないでしょ。一体何の話?」
美影ちゃんは愕然とした。まさか……人形も自分の思い違いというのだろうか。
そういえば、アレはいつから自分の部屋にあったのだろう?
だが、いくら記憶の底を探ってみても、人形が家にやってきたときの記憶がない。
あんなに目が合った人形の顔立ちさえも今では朧気で、定かに思い描くことができなくなっていた。
美影ちゃんはしどろもどろになりながらも、件の人形の特徴を母親に懸命に伝えたが、母親はそんな人形には全く心当たりがないという。
プレゼントであげた記憶もなく、代々、家で大事にしてきた人形などもない。
そもそも、母親は美影ちゃんの部屋で、そんな人形が飾られているのを一度も見かけたことがないとのことだった。
(そんなバカな)
訳がわからなくなった美影ちゃんは、やはり訳が分からなくなっている母親を引っ張って、ゴミ置き場へ行った。
百聞は一見に如かず。さっき捨てたばかりのガラスケースに入ったフランス人形を見れば、母親も何か思い出すかもしれない。

たくさんのゴミの中で、人形だけが忽然と姿を消していた。


30年以上前に、私の小学校時代の同級生が体験した話です。この他にも色々と奇妙な話を聞かせてくれたのですが、今ではもう散逸してしまい、この話しか思い出すことができません。

やはり、人形にまつわる話だからよく覚えているのでしょうか。そういえばこの人形も『生き人形』と同じように向こうからやってきます。皆様の家にある人形は大丈夫でしょうか。
……本当にそれはあなたのものですか?

では、次回、0002 A-side 『恐怖の心霊写真集』もお読みいただければ幸いです。


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