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あれは…二度目の出会い

朝、走っていると色んなものに出くわす。

今の時期なら猪。 夏ならクワガタ。 猪はさておきクワガタなんて小さいものがよく目に入るね、とよく言われるが、何もこれは探しながら走っているのではなく、勝手に目に飛び込んでくるものなのだ。

これは間違いなくクワガタに対して日頃好意を抱いているからに他ならない。 人の目というものは、嫌いなものは目に入らず、好きなものに対してはどんなに一瞬であろうとも目につくようにできている。

例えばこれまでまったく興味がなかったバイクという乗り物があるとする。

ところが何気なしにバイクに興味を持ち免許でもとってみようかな、なぞ考え始めたら、道行くバイクに俄然目が向いてしまうものなのだ。 特に目当ての車種があるならなおさらそうで、「もう買えという啓示だよな」というほどそれが目に飛び込んでくるようになる。

これは自分が興味を持ったからそのバイクばかりが寄ってきたワケでなく、興味を持ったからこそアンテナがバリバリ効くようになったから起こる現象である。 あなたも経験おありかと。

そして今朝、人生二度目の遭遇となるアイツと出会ってしまったのだった。

目の前をおばさんがウォーキングしていたので、それを避けるために側溝のほうへよけて追い抜いた。 その瞬間足元にイモリが横たわっていたのが目に入った。 この辺ではよくある事で、どうせ車にでも潰されたのだろうと走りすぎた。

50メートルばかり進んだ所で、さっきのイモリの事がやけに気になり出してしまい。

「もしかしてアレってサンショウウオだったんじゃなかろうか」と。

私はこれまで40年生きてきて一度だけ、サンショウウオを見つけた事があった。 あれは小学二年の春、山へ遠足へ出かけた時の事だった。 昼食が済んで下山まで自由行動となり、すぐ川へ降りた。

この山は元々我らの遊び場で、どのクスノキにクワガタが沢山いるのか、どう下れば川への近道になるのかなんて大人よりも詳しいほどだった。

川に着いたらいつものように靴をぬいで浸かってみたり、石をひっくり返してサワガニを捕まえたりと満喫していた時、見慣れぬ生物がこちらを見ていたのだった。

ヌメッとしていて微動だにせずこちらに目を向けている不思議なトカゲ。 手足の指の開き方が我ら人類と似ているところが不気味でもある。

今(当時)ハヤリのウーパールーパーと通ずるモノを感じる。

「毒とか持ってないよな…」落ち着きはらっている未知の生物に一瞬迷いもしたがそっと手に取ると、パタパタもがいて逃げようとした。 それを掌でフタをして、先生の元へと走ったのだった。

「これって初めて見たけど何ですコレは?」

サンショウウオ、という事だった。

すぐさま友人と遊ぶのを止め、サンショウウオをお持ち帰りする準備をはじめた。 カップラーメンの空き容器を見つけて水を張ってその中に泳がせ、両手で抱えてソロソロ山を下りた。

ようやく家に着き、水槽に入れてあらためて観察すると、実に不思議な姿をしている。 黒くて丸い目玉は飛び出ており、口は真一文字に結ばれて、さながら「フォルクスワーゲン・タイプ3」のような顔をしている。 尾は体に対してやけに長くて幅広く、四肢があるのに泳ぐ気満々でいる…何を考えているのかわからない表情。

三日目の事だった。

帰宅してすぐ水槽を覗いたらサンショウウオが消えていた。 家族に聞いても誰も知らないと言う。 室内に置いているので外敵にやられたワケでもないし…どこに行ってしまったのだろうか。

結局行方は知れず、サンショウウオとの楽しい生活はたった三日で幕を閉じたのだった。

この事を思い出してわざわざ50メートルも引き返したのだ。

地面に仰向けに転がっているこの姿はやはりイモリではない、尾の長さがそれを物語っている。 よく見ると、かすかに足が動いている…まだ息があるのだ。 そっと表に返してみるとやはり、間違いないこれはサンショウウオである。 人生二度目の遭遇に朝から顔が火照る。

氏の身の上に何が起きたのかは知らないが、この苦境を救えるのは私しかいないハズ。 静かに拾い上げて掌で包み、家へと引き返したのだった。

水槽に井戸水を浅く張り、中へサンショウウオを入れた。 かすかに尾が動いたが、活力が戻る様子はない。 すぐに息子の図鑑でその生態を調べてみるとやはり、サンショウウオという生物はしみじみ独特な暮らしをしている事が分かった。

「長い尾を持つ両生類」で有尾目のなかまらしい。 各地方に固有種も多く、まだ見ぬ新種も高確率で生息しているそうで。 今回私が見つけたのは図鑑と見比べるかぎりおそらく「オオイタサンショウウオ」である、ここは長崎なのであるがしかし。

お茶をススりながらつぶさに観察するも、気力を取り戻す気配はない。 そういえば昨日、この時期には珍しい大雨が降った。 まるで梅雨時のようなドシャ降りで、気温も異様に高かった。

それにつられて普段行き慣れない場所に遠出してみたが、うって変わった気象に対処できず戻る事が不可能となり、遭難してしまったのかもしれない。

夕方にはピクリとも動かなくなっていた。

水から引き上げて庭の柚子の木の脇に埋めた。 この場所は数年前まで山椒の木が生えていた所で、どうして柚子と山椒を並べて植えたのかというと、向田邦子さんが「庭に柚子と山椒を植えなさい便利だから」と書いていたからだった。

サンショウウオは山椒の匂いがするからこの名がついたという。 山椒の木は大切に手をかけていたのだが自然と枯れてしまった。

私は山椒に縁があるといえるのか、はたまた逆か。 三度目の出会いは、どこで生まれるのだろうか。

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