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食のまちストーリーズ vol.02「つけあげで、みんなの気分もアゲアゲに」

鹿児島県のいちき串木野市で取り組んでいる「食のまちづくり」に関連する情報を紹介します。
「食」を通じて、いろんなことを楽しむ、いろんなことをやってみる。
人がいきいきと輝き、まちが元気になる。
それが「いちき串木野市 食のまちづくり宣言」です。
いちき串木野市は、海の味、山の味、こだわりの珈琲から蔵元の焼酎まで、
心がほっとするおいしいものが身近にある、豊かな食文化を誇るまちです。
この食文化をおいしく、楽しく味わいながら、人がいきいきと輝くまちをみんなで育てていきましょう。


つけあげで、みんなの気分もアゲアゲに

“かの有名な「失われた時を求めて」の主人公は、マドレーヌを紅茶に浸した途端、過ぎ去った過去が生き生きとよみがえった。私のマドレーヌは薩摩揚である。”
これは脚本家・作家の向田邦子(1929~81)が小学生時代に2年余りを過ごした鹿児島を「故郷もどき」と呼び、随筆『薩摩揚』にあらわした一文です。10歳から13歳までという短い期間でしたが、多感な時期の彼女の記憶は必ずさつま揚げの匂いと味を思い出すそうです。

 港町であるいちき串木野では、昔から自宅でも魚の身をすり潰し油で揚げ、さつま揚げをつくっていました。当時の家庭では子供たちが少し不安定なすり鉢を抱えながら一生懸命に腕をぐるぐると回す光景が当たり前だったようです。そんな歴史もあってか、いちき串木野市は「さつま揚げ発祥の地」をうたっています。

 鹿児島の人はさつま揚げのことを「さつま揚げ」と呼びません。なぜならここは『薩摩』だから。さつま揚げのことは「つけあげ」と呼んでいます。人によっては「つっきゃげ」なんて江戸っ子みたいに言っている人もいます。由来は諸説あるそうですが、沖縄(当時の琉球王朝)で魚のすり身を油で揚げた「チキアーギ」という食べ物が語源というのが有力です。ちなみに、さつまいも(薩摩芋)も同じく「からいも」と呼びます。その昔、中国の唐から伝わったことに由来するとか。

 関東出身の僕が煮物やおでんなどでずっと食べてきたさつま揚げと、いちき串木野で食べるつけあげは明らかに別物だと言って良いレベル。いちき串木野のつけあげに共通することは原料に豆腐を加えて口当たりがふわふわになるように仕上げている点。あとは店にもよりますが、味付けが甘めなこと。甘酒を入れたり、灰を入れてつくる珍しい醸造酒『灰持酒(あくもちざけ)』を混ぜ入れることにより、独特の甘さと風味が生まれ、いちき串木野のつけあげの味が生まれています。甘さは鹿児島(薩摩藩)で昔から「おもてなし」の文化としてあるので、甘めのつけあげと、辛めの焼酎との組み合わせは客人をおもてなしするのにうってつけですね。この鹿児島の味付けが甘いという話には諸説あり、なかなか面白いのでまたいつかご紹介できたらと思います。

 いちき串木野の人たちと話をすると、不思議とみなさんお気に入りの「マイつけあげ」を持っていることがわかります。今風に言えば『推し』って言うんですかね。市内には大小様々なつけあげ屋があり、どの店舗も個性があるので、推しのつけあげを見つけ、足繁く通い、推し活するというのは楽しくて気分も上がりますよね!
 あと、通常はお店の冷蔵ケースに並んでいて贈答用などにもよく購入されることが多いつけあげですが、僕のおすすめはやっぱり揚げたてです。お店の揚げている時間帯だったり、工場見学の後に食べさせてもらえたり、揚げたてを食べられるタイミングは結構あるので、ぜひみなさんにも味わって欲しいです。初めて揚げたてのつけあげを食べた時は「さつま揚げともチキアーギとも違う、これがつけあげか!」と思わず小躍りしてしまったほどです。この鮮明な味の記憶はきっといつになっても思い出すことでしょう。

みなさんの「思い出すあの味」はなんですか?

 以下では、数あるいちき串木野のつけあげ屋から厳選した、食べたら思わず小躍りしたくなるお店を紹介したいと思います。


「思い出す母の味を大切に守り、受け継いでいく」
〈赤崎水産〉

 JR串木野駅から歩いて10分ほどのところにある赤崎水産は、お魚屋さんなのですが、鮮魚だけにとどまらず日用品や野菜なども売っている、いわゆる地域の商店的な存在です。
 綺麗に捌かれた魚が陳列してあるうしろでは、出刃包丁を片手に次々に魚を捌くカッコイイ職人の作業を間近で体感することができます。その迷いのない太刀筋と魚を見つめる眼差しには惚れ惚れしてしまいます。
 奥には魚を加工したお惣菜も販売していて、その中でも存在感を放っているのがつけあげです。赤崎水産の特徴は何と言ってもその「圧倒的魚感!」でしょう。関東のさつま揚げとは明らかに違う味と食感に「これがつけあげか!」と納得させられてしまいます。ひとつひとつを手のひらで形作り、油へ投入していく。驚くことにその大きさは計りを使わずとも全部同じになるのだといいます。魚を捌いている裏でなかなか目立つことはないですが、これも長年の経験で培われた職人の手作業であることに間違いないのです。


「つけあげの味は次世代の子供達にも伝えたい」
〈松下商店〉

 朝8時過ぎ、早くも揚げたてのつけあげを求めたお客さんが松下商店のドアを開けます。「早いですね」と声をかけると「朝、余裕があれば立ち寄って揚げたてを購入することは多いですね」と話す。個人的に松下商店のつけあげは他店に比べて少し甘みが強いように感じます。ですが、その甘みが無性に後を引く味で、リピーター率も高く、ここにしかない味を求めてやってくるファンも多いのだと思います。
 ふと店内の壁に目を向けると、以前小学生が職場体験に来たときの写真と、子供達が書いた感想が貼ってあり、「つけあげが魚からできている事を初めて知りました」という感想に、「私たちも少し驚きましたが、子供たちにももっと伝えていかなければ!と改めて考える良いきっかけになりました」と教えてくれました。
 揚げたてのつけあげを食べながら子供たちの素直な感想と美味しそうな顔にとても癒される朝でした。


「常夏つけあげワンダーランド」
〈日高水産株式会社〉

 甑島への玄関口、フェリー乗り場近くにある日高水産株式会社の扉をくぐったのは午前9時半頃でした。店員さんが慣れた様子で生産ラインが見渡せる2階へと僕を案内してくれて、「すり身は新鮮なうちに船の上で加工して冷凍してしまうんです」とか「使っている揚げ油にもこだわりがあるんです」などと、店頭だけでは知ることのできない情報をたくさん教えてくれました。
 すり身を丸や小判形に成形する機械から油の中へダイブしたつけ揚げたち、最初は色白の肌だったものが、流れるプールのような油を泳ぐうちにこんがり狐色に日焼けして、まるで常夏のビーチでバカンスを楽しんでいるようです。
 工場見学が終わると、通常は冷却機の中へ入れてしまう揚げたてのつけ揚げを食べさせてくれました。この揚げたてにしかない美味しさはぜひみなさんにも味わってほしいですね。

text & photo:Fumikazu Kobayashi

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