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北東北の山菜食文化と向き合う旅-平野部の農家と山間部のマタギの山菜文化をめぐる3日間-【開催レポート】

5月17日から19日まで、おいしい未来研究所が運営する「おいしい学校」の講義として2泊3日のフードツーリズムを開催しました。

旅のテーマは、「東北地方ではなぜ多様な山菜を食べる文化が今も愛されているのか」。秋田のまたぎ文化に触れ、郷土料理など地域に根付く営みを体験し、東北の人たちに脈々と受け継がれている”山菜愛”を体感するのがこの旅の趣旨です。

実際に旅して、山菜食文化を体験したことで、現代の暮らしや営みの中に当たり前に息づく"山菜愛"を実感しました。それと同時に、マタギの精神性や野山に入って山菜を採取する行為からは、山菜食文化の継承は50年,100年という単位ではなく、縄文時代にまで遡る、極めて興味深い文化と言えるのではないかという新たな問いが浮かび上がりました

そこで、noteでは、旅の様子をまとめた【レポート編】と、旅を経てさらに深めたい問いとそのリサーチをまとめた【探究編】(後日公開)の2部にわけてお届けします。
この記事では、旅のハイライトである、「阿仁マタギ」「佐藤ひとみさん」「津軽あかつきの会」をひとつずつご紹介します!


===この記事は【レポート編】です。===


マタギ界のエリート「阿仁マタギ」の山菜生活

「マタギ(又鬼)」という言葉を聞いたことはありますか?
マタギは、山間部で伝統的な方法を守りながら狩猟を生業として生活していた人たち。なかでも、今回訪れた阿仁根子(秋田県北秋田市)は、マタギの発祥の地と言われ、彼ら「阿仁マタギ」は全国のマタギ仲間から本家と敬われています。

観光列車でマタギの集落へ

最寄りの新幹線発着駅・JR角館駅から秋田縦貫鉄道に乗り換え。
今回は貸切列車を体験しました。

乗った列車は、その名も「叉鬼号」。
マタギの装束が飾られていたり、車内のシートには隠されたマタギがいたり。
車窓から、新緑の山々と田植えに向けて水が張られた田んぼを眺めていると、
車掌さんがきてくださり制服を貸してもらえるという特別なサービスも。
普段は体験できない列車旅に興奮しているとあっという間に駅に到着しました。

最寄り駅の笑内駅からは車で移動します。
車一台分の幅の暗いトンネルを抜けると、一気に視界が開け、まるで隠れ里が現れたかのように、根子集落に到着です。

マタギ発祥の地・阿仁根子

ここでお世話になるのは、船橋陽馬さん
秋田県男鹿市のご出身で、本業は写真家。マタギの文化に興味を持ちマタギの写真を撮るために、根子集落に移住した方です。マタギのコミュニティで山に入る暮らしをされています。

集落の公民館には、入り口にマタギに関連した写真や道具がずらり。
マタギの装束や狩猟道具、行商用具には
国重要有形文化財に指定されたものもあるそうで、
北秋田市にあるマタギ資料館に多数展示されています。

この日はあいにくの雨だったので、お昼ごはんを食べて雨が止むのを待ちました。お昼ごはんは、陽馬さんの奥様 奈々さんが用意してくださった熊汁とワラビです。

雨で少し肌寒い日にほっとするあたたかさと、
想像とまったく違って柔らかく臭みのない熊の肉。
とってもおいしかったです。
あく抜きをしたワラビはシンプルにお醤油で。

お昼ごはんを食べるとちょうど雨が止み、いよいよ山へ。
雨上がりの山は、より一層緑の彩度が上がって見えます。

山菜スポットに到着すると、最初に目に入ったのはワラビ。

一気に暖かくなった天候の影響でぐんぐんと伸びて
穂先が開いてしまったワラビは、もう時期が遅いのだそう。
おいしく食べられるワラビを採取するコツは、
根元の方から手で挟んで揺らしながらポキっと折れるところを探すこと。
(アスパラをイメージしてもらうと伝わりますでしょうか??)
子どもたちはどんどん奥へ入ってたくさん収穫。
すっかりコツを習得したようです!

次に教えていただいたのは、タラの芽。
タラの木の先端に出てきた芽を刃物を使って収穫します。

年々大きくなるタラの木。
高くなると紐を使って木をしならせながら収穫するのだそう。
山菜の貴重さを感じる場面でした。

そしてウドもありました。
ウドはその場で皮をむき、味見させていただきました。

アクがあって苦いのでは?と思っていましたが、まっったく。
食感がよく、特有の風味がありながらむしろほんのり甘味を感じるほど。

ほかにも山にはいろんな山菜があります。

船橋さんは車の中からも、「あそこに〇〇が」と山菜を発見。普段山に入り馴染みや経験があるからこその視力の高さを感じられました。

山菜に馴染みがあまりなく、知っているのは収穫されたり料理された状態。
他の植物をかき分けて、ここにあるよと教えてもらってやっと気づけるくらい。
それでも山の中で発見があるのはとても楽しいです。

船橋さんにマタギについて伺ったお話の中で、とても興味深かったのが、「山神様に感謝する」というマタギの自然観

同じように山にはいり狩猟をしているマタギ以外(例えばハンターなど)とは違っているのだそう。

それは、山に入る前に執り行う儀式はもちろん、言葉にも現れていると言います。狩猟に行く時、熊を『獲る』ではなく『授かる』と表現するのです。人間主体ではなく、山からの恩恵を感じているということでしょうか。

「マタギの自然観」と言いましたが、
マタギの中でも阿仁マタギと他の地域では、作法など少しずつ異なるのだそう。
毎年開催されている、マタギの交流会議"マタギサミット"。
そこでの情報交換はご当地の文化や地形の違いなどが
反映されていることを感じると船橋さんはいいます。

マタギの地で、新しいチャレンジ

船橋さんは、2022年に根子マタギコーヒーという焙煎所をオープンされました。今後は、集落に滞在できる場所を作ったり、解体場を作ったりする予定だそうです。

「時代にあったマタギのかたちがあると思う」とおっしゃっていた船橋さん。今後の根子集落がとても楽しみになり、また訪れたい場所です。

粉づかいの名人 佐藤ひとみさんの
山菜のある暮らし

2日目に訪れたのは、岩手県八幡平市で、地域の食文化を伝承する佐藤ひとみさん。八幡平市は奥羽山脈の東麓に位置しており、農業が盛んな地域です。

春の香り広がる、よもぎ餅づくり

到着すると、「よもぎ餅をつこうと思って」とひとみさん。土間には立派な木の臼と杵を準備してくださっていました。

よもぎを杵と臼ですりつぶしていくと、土間中によもぎのよい香りが広がります。
そこへ蒸したての餅米を入れたらお餅つきの始まりです!
代わりばんこでお餅をつき、ひとみさんがテンポよく返す。
なかなかの重さのある杵でしたが、みんなで一生懸命つきました!
真っ白な餅米に、鮮やかなよもぎ色が広がっていきます。
もうすぐ完成かな??

出来上がると臼から大きなまな板へ移動したよもぎ餅。
ここからあんこを包む工程です。

慣れた手つきでまな板の上にお餅を四角く伸ばすひとみさん。
かと思ったら、あんこを細長くしながらお餅の上に並べていきます。
え、丸めるのではなくてのせるの?!と少し驚きながら見ていると、
お餅を折り返してあんこをくるんで、包丁で棒状にカット。
さらに三角に切り分けていくと、あんこをくるんだよもぎ餅に!

この方法があるんだ!!と驚きながら、さっそくよもぎ餅をぱくっ。
つきたての醍醐味、びよーんと伸びる柔らかいよもぎ餅。あまりのおいしさに、全員がもう一つもう一つと手が止まりません。

よもぎの香りと、程よいあまさのあんこが相まってとってもおいしい。。

ひとみさんの手料理を味わう

そこからお昼ごはん。ひとみさんが用意してくださった山菜料理がずらっと並んだ食卓をみんなで囲みます。

彩豊かな山菜料理、豪華な食卓です。

山菜はシンプルに茹でて調理したものが多いですが、丁寧に下ごしらえしてあり、とっても滋味あふれる味。

ふきに鶏肉をつめた一品や、サバ缶と和えた一品など、ひとみさんオリジナル料理もあり、食べる山菜の種類もバリエーションも豊富でした。

中でも特に感動したのがワラビ。
木灰であく抜きしたワラビは風味豊かで、
つるっとした粘りがとにかくおいしいのです。
けんちん汁、根曲竹の炊き込みご飯、ふきの肉詰め、うるい:一升漬けをのせて、ワラビのめんつゆ浸し、ぼんな、根曲竹:自家製味噌をつけて、みがきにしんと筍の煮物、タラの芽の胡麻和え、ギョウジャニンニクの醤油漬け、フキノトウ味噌、しゅんなのお茶。

お昼ごはんのあとは、ひとみさんの広いお庭を散策。
花が咲き、緑豊かで、湧水がこんこんと湧く、心地よい春の景色が広がっていました。

「ここに花があるよ〜」とひとみさん。
これはなんていう植物ですか?これはさっき食べた山菜だよー。
とたくさん案内してもらいました。
冷たくて清らかでゴクゴク飲みたくなるお水。

伝統的な山菜料理、
津軽あかつきの会・春のお膳

最終日は、あかつきの会に行きました。この日はポカポカと春の快晴で、あかつきの会の目の前を走る電車越しに岩木山を見ることができました。

お昼前に到着すると、厨房ではすでにあかつきの会のお母さんたちが、和気藹々と料理の仕込み中。津軽弁で交わされるお母さんたちの会話に、あかつきの会にやってきたなーと実感します。

厨房に入って見学させてもらうと、気になることがたくさん!
少し薄いかな?どうかな?とお話ししながら味見をしているお母さんに混ざって、私も一口。もちろん何を食べてもすでにおいしいのです。これからこの料理をいただくとわかっていても、手渡してもらうつまみ食いと、お母さん方から聞くお話にワクワクが止まりません。

ぬかにしん
りんごのお漬物
いがメンチ!

そして、ついに発見しました。ミズとワラビです。
事前に得ていた情報で、ミズなどの山菜の美味しさを「つるめきある」という言葉で表現するのだと聞いていました。

その言葉に馴染みのない私は、「これはつるめきありますか?」「つるめきあるってどんな感じですか?」と聞いてみました。
「つるっととろっとしている感じかなあ」とのこと。

わかりやすかったのはワラビ。
このあたりでいいと言われるものは、黒くて太いワラビなのだそう。
「ひとくちめ、食感がちょっと違うでしょ」とお母さんがおっしゃる通り、
黒いワラビを口に入れた時のつるっと飲めそうなくらいの感覚。
日当たりや取れる場所の条件で違いが現れるそう。
黒いワラビばかり取れるわけではないからこそ貴重なのです。
並べてみるとこの色の違い。ふたつを食べ比べてみると、
「つるめきある」が少しわかったような気がしました。

「つるめきある」は、絶妙な感覚を表す言葉だけに、説明していただくのは難しいと思います。けれどわかりやすく教えてくださったおかげで、ちょっとした違いではあるけれど、「つるめきある」山菜のおいしさを感じられたような気がしました!

さて、手際よく盛り付けと配膳が行われ、立派なお膳が並ぶ光景。
ひとつひとつの美しさに感動します。あかつきの会のお昼ごはんです。

この日のメニューはこちら。
根曲竹たけのこごはん、アザミの味噌汁、棒たら煮物、ぬかにしん焼き、いがメンチ、うどの芽/もやしのねっこの天ぷら、大鰐温泉もやしとさめとキャベツの和物、ワラビのからし醤油、ふきの佃煮、ミズの水物、ミズの根っこのたたき、ウドのサバ缶あえ、しそ包の干し柿、りんご漬け、山菜寿司、ばっけ(フキノトウ)味噌。

昨年冬にいただいた食事より、見た目は鮮やかで、味付けはさっぱりしている印象。季節の変化なのかな?と感じました。(冬は山菜も保存したものを使っていて全体的に食材が茶色に近く、味付けもしっかりとしているものが多かったです。)

今回、初めて食べたのが山菜寿司。
具材はふき・わらび・みず・たけのこ・にんじん・みがきにしん。
寿司桶に押し寿司の要領で重ね、餅米を発酵源に2,3日つけるのだそう。
程よい酸味とシャキシャキした具材がとってもおいしい一品でした。

いまでは山菜は採りに行くのもなかなか大変だということも、教えていただいたなかで印象に残りました。

例えば、筍採りは、朝の3時には出発して、日が昇る4時ごろに山に到着。気温が上がり始める6時には下山する。というように、暑くて山には入れなくなる前の早朝に行うのだそうです。
また、私有地でない山でも先にとっている人がいればそこにはまた日を改めて行くなど、昔からの山菜採りのマナーがあるようです。

今は採りに行く人も少ないし、気軽にどこでも取れるわけではないから、山菜は買う時代になってしまったとおっしゃっていました。道の駅などでは、私有地があるひとや畑で山菜が取れる人が収穫して並べている光景がみられました。自分で採りに行くことは大変だけれど、近くで買うことができるおかげで山菜が身近なものであり続けているのかもしれないと感じました。

最後に、岩木山をバックに記念撮影!

最後に

“山菜愛”をテーマに、北東北の山菜食文化に向き合う旅。なかでも印象的だったのは、東北にはその山菜愛を象徴するように言葉が与えられ、今も残っているということです。「つるめきある」という言葉をひとつをとっても、山菜の美味しさに対するより深い観察眼・鋭い感覚を垣間見ることができました。そして、言葉としてその感覚を共有してもらったことで、私の山菜への解像度もひとつ上がったように思います。
知識を得て、感性をより研ぎ澄ませる。そうすることで新しい視点や発見を得られるのはフードツーリズムの醍醐味だと改めて感じました。


最後までお読みくださりありがとうございます。
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