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いつの間にか手放していたもの


こないだ東京駅待ち合わせで、たまたま目に入ったリラックマ20周年の展示。
時間を潰すのに丁度よく、ふらっと入った。


私は小学生1〜2年の時にリラックマに出会い、めちゃくちゃハマって、狂ったようにグッズを集めていたオタクであった。


「20年いろいろありました」
って言葉に泣いちゃった。
歳を重ねるにつれてくまと離れていってしまった自分。あんなに夢中にかき集めてたグッズも手放してしまった。
けど、なんかさ、それでもいいんだよ〜ゆっくりでいいんだよ〜ってそう言われてる気がした。


このペンケースもメモ帳もぬいぐるみもほぼ持ってた。ねーねー毎号買ってたし、イラスト掲載された時は嬉しかったし、家族全員でローソンのパン食いまくってたし、20年ってもっともっと色褪せてるものだと思った。


オタク気質なのは今も変わらず。


↓これは私が実際持ってたグッズの写真(一部)


これだけ集めたグッズ達は、コロナの時にほぼ手放してしまった。
手放す時って苦しいよね。だって時間もお金も労力もかけて手に入れたものだもん。ほんと辛かった。
けど、あの時私に生きる意味を与えてくれてたのはくまたちだと思う。それは変わらんよ。


過去は変わらない
って意識し始めてから手放せるようになった。


でも気づいたけど、見れば思い出したけど、見なければとっくのとうに忘れてしまっているんだよね。
人間ってちゃんと忘れるように出来てるんだよ。
どんなにどんなに大事だったものでも忘れてしまうんだよ。

忘れててごめんねって思った。

でも忘れる事は幸せだとも思う。





そして昨日、なんだか懐かしい気分になって久々に華ちゃんを聴いた。

ああ〜

ってなった。
あの時は華ちゃんの歌が必要だったよね〜って。
今はもう自立した人間になると決めたのでほとんど聴かなくなってしまったけれど。


10年以上前らしいけど、これに関してはもっと30年ぐらい経ってる気する。ほんっっと昔のことのように思う。私もまだケツが青かった。今もだが。
それなりにどうでもいい事になって思い出す事もない、最高。私の必要とするものって変わったな。
そう思うと私も少し大人になったのかなって思う。



大人になる事ってなんだろうって思う。
いまだにわからないけど。でもそのひとつに、
思い出が増える、ということと、
思い出を忘れていく、
っていうのがあるんじゃないかな?ってふわっと思う。


人は変わってゆく。だから矛盾が生まれて当然。
矛盾だらけだよね。矛盾っておもしろい。



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