映画『LAMB』の感想

羊頭の女の子が出てくる映画、LAMBを見ました。
斜に構えた感想を書きます。

舞台はアイスランド、何者かの荒い鼻息にざわつく羊舎、焦って逃げる羊たち。実に不穏な始まり方です。動物が騒ぐというのは実に胸がざわつくもの、きっとこれは人類共通なのではないでしょうか。
ここで第一の見どころとして挙げられるのが狭いゲートをギチギチになりながら突き進む羊たちのシーン。

この場面自体がかなり不気味な雰囲気を漂わせているのですが、ギチギチ羊が画面いっぱいにババァーーーンと出てきたところで頭の中は「か゛わ゛い゛い゛!!!」でいっぱいになるのです。

余談ですが私は牛が好きです。
羊は牛に似ているので好きです。モコモコしているのが良いですよね。

そんな牛好きから見たLAMB感想文ですのでホラー考察とかは期待しないでください。


この映画は1~3章に分かれていまして、最も農家成分が濃厚なのは1章です。
奥さん役の女優さんが妙に農作業慣れしているところや旦那さん役の俳優さんがマジで自営畜産農家みたいなくたびれ方をしている点が見どころ。

特に女優さんが耳標を装着するシーンがあるのですが、手に一切の震えがない。人間は温かくてフワフワした生き物を傷つける時、初めのうちは手の震えや戸惑いが生じます。ゆえに女優さんが慣れていることは見ただけで分かる。
それだけじゃない、耳標を着けた後に羊の頭を撫でる動きが農家そのものです。一体彼女は何者なんでしょうか…

農家描写に関して素晴らしい点を付け加えるなら、古い畜舎を片付けすぎていない所です。
日本の場合ですが個人の中小規模農家は非常に雑然としています。ゴミが全てきっちり片付けられている個人農家なんて見たことがありません。まして畜舎の中においては多少ホコリが溜まっているのが常、それゆえに落ち着くのです。奇麗な絵面にしようとしてきっちり片付けたら新品の時代劇セットみたいになってしまいます。
少なくとも私の目には舞台の農場がセットとして作られたものではなく実際に使われている農場に見えました。というか多分そう。そのうえで見栄えを気にして農場の温かさを削るようなことはしていないという点が素晴らしいと感じます。

異常なほど農家への解像度が高い、製作陣の中に農場出身者、あるいは関係者が居るのは確かでしょう。役者さんたちの演技についても本業が演技指導して何回も練習したのだと思います。
畜産への確かな愛を感じる。非常にうれしい。

本題に戻りましょう。
羊飼い夫妻のもとに生まれ落ちた謎の存在『アダ』
ほんとに謎の存在でして、どこまで羊でどこから人間なのか非常に気になるところです。頭が完全に羊のようなので、脳と肉体で適正な血糖値が違うんじゃない? とか、反芻獣の頭だけど胃は単胃なの? とか、余計なことを考えてしまいます。
ご両親にはぜひ一度検査することを勧めたい。
だって病気になったときとか絶対大変じゃん。

日本の農家で生まれたら三日ほどで地域の農協が管轄する農家すべてが知るところとなる大ニュースですが、アイスランドの「マクドナルド 100㎞先↱右折」みたいな場所に建った農家のびっくりニュースは羊飼い夫婦の胸にそっと仕舞われることになりました。

まず奇妙に思うのが夫婦の心情変化が常に水面下であるということ。
普通のストーリーであれば
「あの子は何なんだ…!?」
「きっと神様からの云々」
「大事に育てていこうね」
みたいな会話がありそうなものですが、LAMBは違います。そんな会話は一切ありません。というか全体的に会話が少ない。

いつの間にか『アダ』という名前が付けられていました。
個人的には言葉という段階を踏まずにぬるりと変化していく夫婦の光景が一番不気味でした(誉め言葉)。
我が子に向かって鳴き続ける生みの親羊を奥さんが射殺する場面も「本当の親は自分だ」というバキバキにキマった覚悟が滲み出ていて非常にグッド。そして判明するアダという名前の由来はかつて夫婦が亡くした娘さんの名前でしたとさ。

欠けたパズルの穴を歪んだピースで無理やり埋めたような状態ですね。しかし人間とは慣れるもので、その状態が少しずつ正常になっていきます。そして彼らにとってそれが正常となったとき、外からはどうしようもなく歪んで見えるのです。それが画面の向こうと無視しようのない乖離を生んで最高フフフ。


不穏な両親を他所にすくすくと成長していくアダちゃん。かわいいですね。一日中撫でていたい。
歯磨き大変そうだなーとか、やっぱメーって鳴くのかな、とか、アダちゃんの生活と形態や生態についての興味は尽きないのですが残念なことにその辺の掘り下げはありません。というか掘り下げたらナショジオになっちゃうからね。

そしてアダちゃんが二足歩行する頃になって新キャラ登場です。
その人とは「おじさん」。
旦那さんの弟さんです。

恐らくカネのトラブルでアイスランドの高原に放り出されたクズ野郎なのですが、この人が実に良いキャラをしています。
クズなのは確かなのですが良い意味で半端なクズ、アダちゃんを最初に見た時も取り乱すことなくグッとこらえる胆力を持っています。私だったら「ほ!?」って叫んでるところです。

少しすると猟銃を手にアダちゃんを連れ出して銃口を彼女の頭に突きつけるのですが、やっぱ撃つことができず帰ってきて一緒に寝てるという非常に人間らしい面を持っています。
その辺に生えてる草をちぎってアダちゃんに「ほれほれ~ お食べ~」という餌付け行為をするお茶目な一面もあり、ちょっと待って、アダちゃん普通に草食うの…?

頭の構造が羊ですから、問題無く草を咀嚼できるのは分かります。
気になるのは反芻、第一胃内発酵、消化が可能かという点です。
そういえば初乳も飲んでませんよね?
第一胃細菌叢の移行は?
そもそも第一胃あるの?
内臓どうなってるの!? ねぇ!

この辺でやめておきましょう。
きっとアダちゃんの内臓は何か良い感じになっているのです。
神秘は秘匿するからこそ神秘たりえるのだ。

さて、餌付けおじさんはアダちゃんガチ勢のご両親と違って少し興味本位で接している節があるのですが、それでも一緒に魚を獲りに行ったり多少お話したりします。正直ご両親とアダちゃんの関係よりおじさんとの関係の方が個人的には好きですね。

「詩は好きか? パパと同じだな
俺は子供の頃たくさん詩を読んだ
人生の役には立たなかったけどな」

湖上でアダちゃんに語り掛けるこの場面が本当好き。
哀愁、後悔、自分が子供に与えられる教訓はそういうものばかりだ、そんな大人が本当すき。

でも酔った勢いで義妹を口説いて締め出されます。やはりクズですな。
しかも口説く際に奥さんが生みの親である羊を射殺したことをネタにして強請るという念の入れよう。

少しずつ積み重なった不和に火が付き、おじさんはバスでどこかへ送還。さようなら。

おじさんの穴を埋めるように今度は羊おじさんが現れます。
立派な白いひげを生やして猟銃を持った、要素だけ見ればハイジに出てきそうな羊おじさんですが頭が羊で全裸という点において決定的な違いがあります。
そして羊おじさんはお父さんを撃ってアダちゃんを連れ去りましたとさ。


パッと見た感じ難解な最後です。
お、おう・・・ という感じ。

しかし何かあるだろう、ここまで不穏な空気を残して何もないわけないだろう、と。
そこで3115という数字を調べてみました。

これは親羊の個体識別番号で、もし和牛と同じように検索出来れば出生年月日と生産地が分かるかもしれません。それが分かったところで何が分かるわけではないのですが、とりあえず個体識別番号を検索するというのは畜産農家の職業病みたいなもんです。

結論から言うとわかりませんでした。
その代わりこの数字についての考察が複数出てきました。

旧約聖書エレミヤ書31章15節。
キリスト教関係です。
一気に私の守備範囲から外れましたね。なので無理やり守備範囲に引きずり込んでしまいましょう。ほらもうクソ考察勢は度々こういうことをする。

さて、この31章15節というのがどういうものかというと子を失った親の嘆きについての話でした。
人間に妻子を奪われた羊おじさんと、羊おじさんに夫と娘を奪われた奥さんの両者に当てはまる話ではありますね。
それだけではありません。人間に子を奪われるすべての羊、家畜たちに当てはまります。

つまり聖書というのは入口にすぎず、この数字が示す題は動物福祉、倫理にあると考えます。
人間の悲しみを書く31章15節の数字を羊が着けている、そして子を奪われた羊は死ぬまで鳴き続けた。

羊というのはなんとも感情の読めない顔をしています。
しかし人と同じように悲しんでいるのだ、ということを言いたいのかもしれません。そしてそれは人間が蓋をしている食肉に対する罪悪感、それを直視することは大きな苦痛になります。
だからこそ婉曲表現の中に記号として隠したのでしょう。

親子愛や生殺与奪と言った表立って描かれる描写と違い、家畜の心情を推し量ってみようという要素は唯一隠されています。それほどに刺激が強く、少なくとも聖書を読んでいるか、数字が気になって検索する程度に頭が固い人向けの題材なのだと思います。

私も思春期のリソースを2割ほど似たような思考に費やしているので少々思うところはあります。
こっから先は映画の感想ではないので割愛。

割愛したものがこちら。


ということで映画『LAMB』休日をまるっと消費して悔いのない作品でした。
ホラー映画として売り出されていますがホラー要素はあまりなく、現代を舞台にした美しい神話を見ているような気分です。
そして愛すべき中小農家の空気を感じられて非常に癒されました。アダちゃん可愛いですね。羊可愛いです。

ちなみに昼飯は羊肉と人参、ゴボウを醤油ベースで煮込んだ奴でした。生姜も入ってます。
やっぱ肉は美味しいですね。

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