見出し画像

徹底比較: デジタルで読む脳 vs 紙の本で読む脳

前回の記事「紙の本と電子書籍: 本当に紙の本で読書する方がよいのか?」では、デジタル本(電子書籍)と紙の本で読書をするとき、どのような違いがあるのかを考えました。そしてデジタル本での読書が増えつつある現在、デジタルであることの可能性にもふれました。

今回は、「デジタルで読む脳 vs 紙の本で読む脳」という観点からみていきます。


徹底比較: デジタルで読む脳 vs 紙の本で読む脳

現在、急速に仕事や身の回りがデジタル化ということばで囲まれるようになってきました。リモートワークはもとより、クラウド化されたサービスからはデジタルの情報が洪水のように押し寄せてきます。

そんな中、重要な情報源は引き続き私たちが大好きな本ですが、他の情報がデジタルとなってきているのに対して、「本は紙の方が良い」という考え方が主流です。

しかし同時に、インターネットの登場から始まったデジタル化の流れは怒濤のように私たちの読むという習慣を大きく変えてきています。紙で読む方がデジタルの画面で読むよりも優れているという感覚を持ちながら、デジタル情報に圧倒される矛盾を抱えています。

デジタルと紙の情報を読むという、読書の裏側に隠されたストーリーと可能性について探ります。


紙の本で読む脳

画像1

デジタルで読む脳 vs 紙の本で読む脳」の著者である脳神経科学者でUCLAのディスクレシア研究所所長のメアリアン・ウルフは、“人類は誕生時から字が読めたわけではない”といいます。

人類が文字を読むことを発明したのは、たかだか数千年前のことであり、人間の脳が持つ可塑性と呼ばれる素晴らしい特性によって可能となったのです。

可塑性とは、脳が事故などで障害を受けたときに、それ以外の使われていない脳の神経細胞(ニューロン)がリサイクルされ、もとの機能を再現する働きのことです。これが新しいテクノロジーを受け入れ、これまでなかった能力を手に入れるときにも使われます。

最初の文字は6000年前のシュメール人が使った粘土に刻まれたくさび形文字だったといわれます。これは、商取引や統治のための記録を残すのが主な目的でした。

文字の発明後、人間が読むことを学習するために必要な認知能力を発達させるには2,000年の時を要しました。文字が登場した当時は、声を使って対面でコミュニケーションしなければなりません。

知識を使って考えることは、すべて人間の記憶の範囲内で行われます。文字は声を記録するだけでしたが、人の思考や分析力は文字によって深まっていったと言われます。

この分野の古典書となった「声の文化と文字の文化」の著者ウォルター・J. オングは、その後も長い間、声の文化は文字の文化を補完し併存しながら進んでいったといいます。これは印刷技術によって本が規格化され、誰でもが本にふれるようになった近代になるまで続きました。

当初は羊皮紙などに職人によって手書きで書かれた文字を、文字を読める職人が声で読み上げて聞かせて伝えていました。

その後、グーテンベルクの印刷技術で大量生産され、誰でもが手に入れられ、目次やページがあり持ち運びに便利な小型本が普及していきます。

これにより、外の世界から遮断して紙の本を集中して黙読で読む、没頭するという行為が今我々が言うところの紙の本の読書へとつながっていきました。

2009年の『心理学誌(Psychology of Science)」誌では、読み手は小説を読む脳でなにが起こっているか、脳スキャナーで分析をしました。人間は読書から得た状況を心的にイメージしてシュミレーションし、個人の経験や知識と重ね合わせているということがわかりました。

メアリアン・ウルフは、これを『深い読書』と呼んでいます。


デジタルで読む脳

画像2

デジタルで文字を読む読書については、近年少なからずの研究が行われています。

ノルウェーの研究者アン・マンゲンが行った学生を対象として紙で読むときとデジタルで読むときを比較した調査では、われわれが感じるところを裏づける結果が出ました。

学生にとって非常に刺激的な恋愛小説を、キンドルのデジタル画面で読むときと紙の本で読んだときの理解度と記憶を調べたところ、紙媒体で読んだ方がデジタル画面で呼んだときよりも、ストーリーの筋を時系列で正しく再現できました。また、細部の順序づけがデジタル画面では記憶に残りずらいようです。

2006年のジェイコブ・ニールセンの調査によれば、われわれはWebページを読むとき、本のページのように一行一行直線的に読むことはなく、ローマ字の「F」を描くように視線が動くといいます。

具体的には、冒頭の数行を読んでから、本文の段落を飛ばし読みにしたり、下に進み面白そうな箇所を探して拾い読みする。そして最後まで進むか、面白そうでないと判断すると、リンクや戻るボタンをクリックして別のページへすぐに進んでしまう。この間、わずか数秒での判断が無意識のうちに脳の中で行われます。

ネットバカ - インターネットが私たちの脳にしていること」でニコラス・G・カーは、デジタル文化を批判しています。カーによればWebページはハイパーリンク、バナー、関連情報など、読む側の注意力を引きつけ注意散漫にすると同時に、理解度も記憶力も浅くなるといいます。

また検索ボックスで文書間のジャンプが簡単にできるため、読者の文章への結びつきははるかに希薄で一時的なものとなります。カーはこれを『浅い読書』と呼んでいます。

今や私たちはデジタルの文字文化に完全に囲まれています。それが仕事中のパソコンであれ、プライベート時間のスマホであれ、ひっきりなしにデジタルな情報が飛び込んできます。

東京脳神経センターの脳神経外科医 天野惠市氏は、「生産性低下の要因は『情報過多シンドローム』にあり」といいます。より多くの情報を調べるほど正解にたどり着けると思い込み、やがて迷宮に迷い込むという悪循環に入ってしまうのです。

これは読書にも悪影響を及ぼしているといいます。ウルフは脳の可塑性が同時進行し、「にじみ」効果(”bleeding over” effect)が起こり始めているためだといいます。

つまり、WEBの読書になれた脳は、紙の本を読むときにも意識することなく同じような読み方をしようとします。これは、速読や多読など、最近の「より速く・より多く」という読書の傾向とも重なります。

今起こりつつある移行期とは?

画像3

「デジタルで読む脳 X 紙の本で読む脳」でメアリアン・ウルフは、読み書きベースの文化からデジタル文化への移行は、ギリシャの口承文化から文字の文化への移行と驚くほど似ているといいます。

古代ギリシャの有名な哲学者ソクラテスは、声の文化に登場した文字による記録は「忘れるための処方箋」だと一刀両断しました。もし人が知識を文字に頼るようになれば、声の文化で素晴らしく発達した記憶力を使わなくなるといいました。

しかし、声の文化にどっぷりとつかったソクラテスには、文字の文化がもたらす大きな可能性を予想することはできませんでした。歴史はそれが間違いだったことを証明しています。

皮肉なことに、ソクラテスの弟子であったプラトンは態度を決めかねていたものの、文字を使って口頭で語られた会話を文字による歴史に残しました。このプラトンが書いた記録によって後世にソクラテスの言葉が残ることになったのです。

声の文化では脳が記憶できる範囲が知識の限界でした。紙の本の文化では、それを本という媒体で大きく拡張しました。そして今それはデジタルとなり、予想もしなかった新しい展開が始まろうとしています。

現在私たちがかかえる問題は、デジタルというまったく新しいテクノロジーに脳が対応し切れていないことです。インプットである情報量が圧倒的に増え、アウトプットとして要求される期待値も大幅に上昇しています。それが情報過多シンドロームの最大の原因です。

一方で紙の本に限界があるのも事実です。口承文化では知識と思考を声と記憶に頼っていました。文字となった知識は印刷技術によって物理的に本の中に閉じ込められ、高度に規格化、構造化された媒体として大量に複製されていきました。

紙の本はこれまでも、そしてこの後からも重要な知識の入手方法であることに間違いはありません。

しかしこれは、知識のデータ処理と流通がデジタル化された中で、知識のリサイクル、再利用、処理活用という視点からは、唯一の孤立した存在となっています。なぜならば、紙の本から得た知識を活用しようとすれば、必ず人間のマニュアル操作が必要となるからです。


深層読書(ディープ・リーディング): 紙の本とデジタル本を読む脳を拡張する

画像4

いま私たちに求められているのは、浅く広くなってしまった読みをより深くする方法です。

また同時に、これまでの紙の本を読む脳が抱えてきた知識を処理活用しずらいという問題を解決する、本の知識をすばやく取り出して整理し、アウトプットへとつなげるプロセスが必要です。

現在われわれが目にする最先端技術である人工知能(AI)は、人間の脳の仕組みを再現しようとする技術です。例えば、深層学習(ディープラーニング)は、人間の脳の神経細胞(ニューロン)のネットワークの働きを模倣したものです。

私は人間の脳をリエンジニアリングして作られたというのであれば、その仕組みを人間の脳の思考や記憶にうまく使えるヒントがあるはずだ、と考えました。

紙の本で読む脳のスキルを持ち、さらにデジタルで読む脳の思考回路とテクノロジーを手に入れることができるとすれば、どのようなことが可能になるでしょうか。

この二つのテクノロジーが人の脳の能力と結びついて進化を遂げれば、次のような新しい展開が始まります。

 1. 必要な情報だけをフィルタ(取捨選択)する
 2. 後処理が可能なデジタルとして知識を集める
 3. 収集した知識を可視化し整理して再利用可能にする
 4. 知識を即戦力として使える
 5. 整理された知識が記憶に残る
 6. 新たな発見やアイデアを促す
 7. 今後のAIなどのテクノロジーを活用できる

つまり、これまで紙の本でボトルネックとなっていた読書やデジタルから得た知識を取捨選択して半自動的に整理して記憶と連携し、新しい発見や発想へとつなげていくことができます。読書というインプットからデジタルやその他の形式のアウトプットまで、自由で一貫した処理が可能となるのです。

これは一体どのようなものか。次回の記事で展開していきたいと思います。

この記事のより詳しい内容は、以下の「本の棚ブログ」でお読みいただけます。

デジタルで読む脳 vs 紙の本で読む脳: 読書の未来を考える
深層読書(ディープ・リーディング)が脳を拡張する


※ 現在、読書と知識管理に関する本を執筆中です。一言がとても助かります。ぜひ、下のコメント欄から、みなさんの感想をお寄せください。



関連:

コロナ収束後の読書術 ー 変わるべき時に変わるべき読書術とは?

セカンドブレインとは? 読書と知識管理にブレークスルーを起こす

「知的生産の技術」とセカンドブレイン比較論


寄稿と講師の依頼について

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?