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083 『ガールズバンドクライ』、短い総評 第10話と第13話から

 結局、最終回の「ロックンロールは鳴り止まないっ」への批評は第10話「ワンダーフォーゲル」の批評とリンクする運命にある。私自身も件の二話、揃って評価してるし。

 今日は第10話の評価に結び付けるため、ぼざろとの関連から論じたいと思います。私は多分初回から、すばる登場回の第2話で明確に、ガルクラはぼっち・ざ・ろっくだと思いつきました。ぼざろのキャッチコピーは「陰キャならロックをやれ!」ですが、まさに井芹仁菜と河原木桃香、ロックでしか生きていけないキャラクターと思えたのです。
 つまりぼざろが陰キャ属性をぼっちちゃんに集約させているように見えるのに対し、ガルクラはすばるちゃんも後で加入するbeni-shougaのルパさんも智ちゃんも、素性が暴かれたら揃いも揃って心に傷を持つ少女で女性。つまりぼっち五人で結成して名を与えたのがトゲナシトゲアリというロックバンド。私は三人編成の新川崎(仮)から、ぼざろとのテーマの類似性をかぎ取ったのです。
 もちろん無理やり両者の類似を見つけることはせず、純粋に正論モンスター、井芹仁菜の凶暴ぶりを楽しんでいました。第8話はそれが爆発した感動的な話で、井芹仁菜というキャラクターがなし得た最大の成果と思えます。だから(結果論ですが)論理的に考えて、これから井芹仁菜というキャラクターを生かすには、何らかの条件を変えなければならない。そう考えるとその後に仁菜ちゃんが実家に帰るのは、実に上手い構成と思います。
 そして帰った仁菜ちゃんが分かったのはお父さんは娘のことを分かっていないと再確認したけど、だからといって敵ではなかったこと。仁菜ちゃんは「お前は被害者なんだ」ではなく、「間違ってない」と言って欲しかった。望んだ言葉をかけてくれなかったのに仁菜ちゃんは悲しんだはず。しかし大好きなお姉ちゃんから「お父さんは仁菜を愛してるんだよ」と言われてしまえば、最初に熊本を飛び出した気持ちを客観視できてしまう。不器用な親子、お父さんとの気持ちがすれ違っていたんだと。
 そんな複雑でごちゃごちゃ感情で川崎に帰る時、見送ってくれた家族に対して立てたのが左右の小指。それはチャーミングな合図とともに自分に向けた「敵を見誤るな」と思うのです。そう、ここでもぼざろとの類似を見、ひどく感心して驚いたのです。単純に言って親との絶縁にエネルギーを割くより、仁菜にはトゲナシトゲアリという全力を持って賭けられる/賭けなきゃならない場があった。だから私は父親を許す仁菜ちゃんの第10話、絶賛したのです。
 そして最終話の第13話ですが、第11話でのエンドがいいという意見、感想動画でもイマワノキワでもありました。でも私は以前にも記したように余計なことを書くのが、突っ込みを入れるのがロックと思ってて。それが第12話でのダイダスとのフェスの評価の違い、トゲトゲの新曲の配信回数。つまり「プロはそんなに甘くねえぞ」。この中途半端な終わり方はどうかと、noteでも意見してるクリエイターがいますが、その中途半端さが私は正にロックと思うのです。
 こういう風に世界を理解しろと押しつけてくる権威、それは理解しやすくするため物事を単純化し、整理整頓された(理論)体系になる。だからそれに対抗するロックは論理的に考え、いびつな形にならざるを得ない。つまり権威=完成に対し、ロック=中途半端という「解」が得られると思うのです。
 そう考えれば第10話の宗男/仁菜の父娘関係も完全な相互理解でなかったし、第13話の「俺たちの戦いはこれからだ」のエンドもまるで打ち切りマンガの終わり方。しかし私はこのエンドこそロックが題材、ロックがテーマの『ガールズバンドクライ』に一番相応しい終わり方と思うのです。
 ただし私は二期があってもいいし、何なら以前言ったように終わんなくていいとも思ってる。作る方は大変だけどとげトゲトゲ、ダイダスのこれからも作り続けるのも一つのロックの方法、あり方と思ってて。でも仁菜ちゃんに憧れて始めたバンドと言うネタ、実は私もミネさん、桃香さん、仁菜ちゃんという系譜から思いついてて美しい物語になると思っているのでした。(大塩高志)

 以下は参考にしたnoteです。


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