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結局母ちゃんはいつもうるさいもの。息子は甘えさせるもの。

参ったなあ。
いやー参った。
ひさしぶりに、いやいや10何年ぶりくらいに息子を腹の底から怒鳴りつけてしまった。
だってさ死にたいとか言うから。
それって母親が子供に言われてマッハのスピードで頭に血が昇るワードのNo. 1だと思う。

オレ転職する、と宣言してからもうかれこれ半年以上経っている。
結果、未だ決まらず。
色々考えて悩んで悩んで掘りすぎて、ドツボに落ちる前にどうにかしなくちゃと始めた転職活動は始めは威勢が良かったように見えた。
先輩のコネクションでも何でも使って、絶対良い会社に入ってやる!と意気込みも鼻息も荒かった。
それが一社消え、また一社消え、という中で掲げていた夢と希望の御旗がボロボロになっていったのだ。顔からは徐々に生気が失われていった。
何よりコロナ禍ということもあり、思ったように動けず、進まず、ぶんぶん振り回した拳がただ空を切る音だけが虚しく響くような悶々とした焦りの日々を送っていたらしい。

そんなムスコがいるからか、TVでもやたらと転職サイトのCMが目につくようになった。
耳障りの良いメッセージが流れるのを聴きながら、何をしていてもふと浮かぶのはムスコの顔。
離れて生活しているからなおさらだ。
どうしてるだろうか。
少しでも進んでいるといいのだけど。
思わずサイトを検索して良さげだと思うものや人づてに聞いた情報をポンポンと送っていたが、いつまでも既読がつかないことにやりすぎたかと反省する。
それでも余計なことだとわかっちゃいるのに、またこれどう?はやめられない。

そんなある朝、珍しくムスコからLINEが届いた。
「赤坂いってきまーす」
初めは"?"となったがすぐ合点がいった。
前々から行くように勧めていた赤坂日枝神社にやっと参拝に行くというのだ。
よかった。前向きさと明るさを感じて嬉しくなる。
神社巡りが好きな私。
スタートを切ることを応援してくれるという道開きの神様がいる神社ということで、ムスコにかねがねずーっと勧めていたのだ。
この際罰当たりかもしれないが、神様でもなんでも使える者はなんでも使え!だ。
参拝の注意点をLINEで連打、送信。
すぐに既読がつき、「あい」と返信がくる。
うん、いつもの調子の良い時のムスコだ。
仕事の合間を縫って行くんだろうと思い、スマホをしまった。

あー疲れた。
帰りの電車は座れなかった。
家に着き、部屋着に着替えると、いろいろ作るのが面倒になってしまった。
簡単なパスタにする。
ジュノベーゼソースをあえて混ぜるだけ。
コーンスープもお湯を注ぐだけで完成。
さあ食べようとした時、ふと何気にLINEをチェックしてみた。
私が今朝送ったまま既読ついてはいるが返信はなし。
どうだった?と軽い気持ちで送った。

思いがけずすぐに返信がきた。
読んだ途端、ぎょっとなった。
効果なかったっぽい
落ち込みすごいよ
日枝神社の参拝の感想を想定していた私は思わぬボディーブローによろけてしまった。
えええ???そういうこと???
慌てて今どこ?と送る。すぐに既読がつく。
電話をかける。
「どうしたのよ、今どこ?」
わざと落ち着いた声を出す。
「あー今家着いたとこ」
ガチャガチャと玄関ドアを開ける音が聞こえる。
「どこか面接行ったの?」
うん、でも落ちた。だめだわ、マジ心が折れた」
ムスコの声は小さくて少し震えてる。

仕事をこなしながら半年探し続けて、やっとここで働きたいと思った会社だったんだ、とポツポツ話し出した。
いくつか内定はもらったけど断って、ここで決めると思って今日の2次面接に向かったんだよ。
そしたらそこでボコボコにされてさ。
転職理由と志望動機を訊かれて答えたんだけど、二人組の面接官の女性の方がめちゃくちゃキツくて。
なんとか必死に気持ちかき集めて答えたけどさ。
もう空気でわかるんだよ。
落ちたな、だめだなっての。

沈黙が落ちる。
食いしばった歯の間から私はやっと言葉を絞り出す。
「またいいところ出てくるから。焦らずに探しなよ」
「焦るでしょ!時間が無いんだよ!!」
ムスコの声が突如高くなる。

仕事辞めて空白期間を作ったら、転職に響くんだよ!それ俺はよくわかってんの!
でも今の会社ももうとっくに限界超えてんの!完全に病み落ちしてて有給使って休んでメンタルを保とうと踏ん張って、その傍ら必死にサイトを毎日見続けて探してんだよ!
俺は安定した会社に入りたいだけ!
崖っぷちなんかじゃなくて、はっきり言ってもうかろうじて爪先だけで崖からぶら下がってる状態なんだよ!
360度地獄なの!わかる⁉️

うん…そうだね、それはわかるよ。

あとさ、あんたよくわけのわからないところの情報送ってくるでしょ、あんなとこね、行ったら1ヶ月で辞めるような会社だからね!
送ってくれるのはありがたいけど、正直ピントずれてんだよ!


うん、そっか、ごめん。
ただこんなところもあるよ、的な感じで送ったんだよ。

もうさ、俺疲れたよ。
ほんと、もう無理。
ギリギリで気狂いそう。わからないと思うけどとっくに限界超えてんのよ。
俺さ、今まで生きてきて頑張ってきて報われたことなんて一個もないからね。
あーもう死にたい、死ぬわ、マジで。


それを聞いて私の中の何かがぶっ飛んだ。
本当に頭のネジか脳内の血管が2、3本くらいいっちゃったかもしれない。


お前な!
さっきから聞いてれば、死ぬ死ぬなんて言ってんじゃ無い!!!!

吠えた。
震えるような怒号だった。
スマホが揺れた。
自分の声で叫んでるとは思えない魂からの声。
いやー我ながらこわい。

しかしムスコは久しぶりに母親から怒鳴られたことでほんの少し正気に戻り、落ち着いたようだった。
じゃあ、俺風呂入るからと言って通話は切れた。

子供に死にたいとか死ぬとか言われることがどんなに母親を傷つけるか、わかってるはず。
でもガス抜きをさせたかった。
言わせてよかった、と思った。
まあ、私もカーッと我を忘れてしまったけど。
ムスコの心の片隅には、あーやっちまったという小さな切り傷ができたかもしれない。
それでもそれをしてあげることが大事なんじゃないかと思う。

報われることがひとつもなかった?
あったのに見つけられないだけでしょ、探す気もないくせに。
生きてるだけで丸儲けだよ。
ニュース見てみなよ。
たった今普通に生活してた人達が普通に立っている場所に何の予告もなく爆弾が撃ち込まれてる国があるんだよ。
それに引き換え、なんて言いたくはない。
どっちもある意味命がかかっているんだから。

必死に職を求めに来ている若者をボコボコにする会社なんて入らなくていいよ。入社させるべき人材かテストしているのかもしれないけど、入るべき会社かこちら側が見極める場でもあることを忘れるな。
と、言いたかったけどやめた。

古今東西かーちゃんていう生き物はだいたいうるさいもの。
友達にことの顛末を半ベソで聞いてもらったら、そう返ってきた。
甘えているんだよ、母親に。
男の子はいくつになってもそうだよ。
いいんじゃん、死にたいなんてかーちゃんくらいにしか言えないんだからさ。

そうか。
そうなんだ。
かーちゃんはうるさくていい。
ムスコは甘えさせてナンボ。
ムスコよ、大いに悩め。
苦しんで一皮も二皮も剥けてくれ。
眠れぬ夜を幾つも超えて、報われる幸せに包まれる夢をみろ。






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