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「さよならは別れじゃなくて」

「お父さんもお母さんも、実家を出て行くなんて寂しがったでしょう?」
「お母さんとはよく電話とかしたりするの?」
「連休中は実家に帰るんですか?」

職場で母と同世代くらいの女性社員の方々から言われる度、わたしは小さく笑みを浮かべて当たり障りのない答えを返す。
———この人たちは何も悪くないし、悪意なんて微塵もない。
だって、わたしが実家を出た経緯を知らないのだから。

………それでも、
笑顔を貼り付けて模範解答のような・・・・・・・・返答をする度、わたしの胸に細かな棘がチクチクと刺さる。
一度刺さったそれはなかなか抜けなくて、事あるごとに痛みを生じさせてはこころをかげらせるのだ。

***

引っ越しというのは何かとお金がかかる。
最初は必要最低限のものだけ揃えればいいと考え、テレビを買うのを後回しにしていたら、結局買わずにここまできてしまった。

テレビのないひとりの部屋は、ものすごく静かだ。
そして娯楽の類がないに等しいので、夜は音楽やラジオアプリを再生して過ごすことになる。

ある時、YouTubeでひたすら好きな音楽を検索していたわたしは、久々にGoose houseの歌が聴きたくなった。

最初はよく聴いていたものから再生。
だけど、ずっと流し続けていると、さすがに聴きたいものも尽きてくる。

———たまには見たことのなかった動画も見てみようかな。
そう思った中でたまたま見つけたのが、JUJUさんの「東京」のカバーだった。

「東京」は、以前お勧めしてもらって聴いたことがあった曲の一つだ。
———Goose houseがカバーしたらどんな感じになるんだろう。
そんな軽い気持ちで再生したわたしは、ふたりが奏でるあたたかいハーモニーとギターの音色に、まんまと心を鷲掴みにされてしまった。

一度ハマると、しばらくは同じ音楽ばかり聴く癖があるわたし。
繰り返し再生しているうち、今度は原曲が聴きたくなった。

プレイリストに追加して、こちらも何度もリピート。
JUJUさんが歌う「東京」はGoose houseのカバーとは違った切なさを含んでいて、胸がキュッと締め付けられる。

———そうして聴いていると、以前見たPVの内容が不意に頭をよぎった。
男手一つで娘を育ててきた父親と、夢を叶えるために父親の反対を押し切って上京した娘。
そんな二人が、ある出来事をきっかけに再び心を通わせるというストーリーになっている。

………わたしと母では、こんなシナリオは描けないのだろうな。
最初は、そんな風に考えては何度目かわからない胸の痛みを覚えていた。

だけど、曲中に何度も出てくるあるフレーズを反芻するうちに、はっと気づいたのだ。

「さよなら」は別れじゃなくて
果てない愛の約束
JUJU「東京」より

もう二度と会わないから「さよなら」を告げたのではない。

一度距離を置いて、それぞれの場所でそれぞれの時間を生きて、その上で再会をする。
だからこそ、そこには愛がちゃんとあって、それは消えたりすることなく、ずっと存在しつづけていたと知ることができるのだ、と。

———そんな風に言われている気がしたのだ。

そう思った瞬間、電流が走ったような衝撃を受けた。

わたしに、母に、そんな綺麗な再会ができるかどうか分からない。
生きているうちに会うことが叶わないこともあるかもしれないし、どれだけ時間を重ねたところで、泥沼のような再会になってしまうのかもしれない。

………それでも。

少しでも愛のある再会を夢見て今を生きることができたなら、
きっとたどり着く先は少し変わるのではないか、と信じたい。



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