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映画感想文│『テネット』これまでに無いスパイ映画

これまた公開前から観たかった「テネット」。

とにかく長く、そして難解であるという前評判だけは知っていたので、それ以外の情報は極力取り込まないよう努力しながら生きてきた。そういった状態で妻と2人、子供たちが寝静まった後に充分なツマミを用意してから臨んだ。

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どんな映画か

ザックリ言えばややこしい007だ。まさかスパイ映画だとは思ってもみなかったので、始まってすぐに私は驚かされた。

スパイ映画と言っても、覆面で変装したりミサイルが飛び出す車に乗ったり高層ビルからダイブしたりハイテク腕時計で敵を眠らせたりはしない。

本作のスパイは、ただ時間を逆行するだけだ。しかしこのアイデアがとんでもなくややこしい脚本と映像を生み出したのだ。「メメント」が真っ先に頭に浮かぶが、それともまったく違う。

主人公も我々も最初は何をすれば良いのかわからず、フワっとした情報とキーワードである「テネット」を与えられるのみなのだが、主人公の旅を通じて倒すべき敵の存在や、信頼できる味方の存在はかなり早い段階で明かされる。つまり本作の主題は裏切り者を暴いたり複数のテロから敵の実態を推理したりといったものとは異なるのではないかと考えられる。多くのスパイ映画では、それらの何れか或いはどちらもが見所であり、如何に気持ちよく解明されるかが監督の腕の見せ所ではないだろうか。

本作では時間の逆行というギミックがそれに当たるものであるわけだが、中盤でこのギミックについて明かされた後も驚きの展開が続く。このギミック一本なのに、だ。

ただ過去へタイムスリップするわけではなく、文字通り時間を逆行するというのが何より面白い。つまり我々からは逆再生に見えるということであり、逆走している側からは我々が逆再生に見えるということだ。これがポイントであり、話をややこしく感じさせる原因にもなっている。

難解なのかどうか

但しノーランの映画らしくヒントは随所に散りばめられてあるし、重要そうなアイテムにはきっちりフォーカスしてくれる。中にはミスリードっぽいものも存在する(銀のピルや大事そうに持っていたエスプレッソや取り落とした金塊など)が、終盤にはご丁寧に赤チームと青チームに分けてくれるし、時間の進み方に合わせてBGMを変化させる(序盤のシーンだけ見返したら、例の発砲シーンでも効果的に使われていた)などの工夫もある。全てを見逃さずに理解することは困難だが、初見でも映画を充分に楽しめるようにはしてくれているのだ。

ただ難解でワケがわからないだけの映画ではなく、気持ちの良い種明かしに加えて丁寧で腑に落ちやすいヒントが用意してあることこそがノーランの凄いところだ。しかし回転ドアについては最後までボンヤリしていた気がするし、細かい部分で整合性の取れない事象が幾つか引っかかる。

だがそういうことが重要なわけではないだろう。

9個集めるとスゴイ兵器になるという突拍子もない設定にも少し疑問が残るものの、他の時間がテーマになっているノーラン映画とリンクさせるための仕掛けなのでは…なんて期待せずにはいられない。そういう監督であり、充分に説得力を持った映画なのだ。

逆行という仕組みによって生み出されるヌルリとした少し気味の悪いアクションシーンをあれだけの人数でやってのけたことが、まずそれだけで称賛に値するだろうし、こんな切り口のスパイ映画があったのか!と誰もが思うのではないだろうか。退屈に感じることが少なくない肉弾戦や銃撃戦に、たった1つの要素だけで未体験の緊張感がトッピングされ、それによって全神経がスクリーン(或いは画面)に釘付けになるのだ。

自身が主役だと主張するセリフは繰り返し出てくるのに、主人公については名前すら明かされないという点が、ノーランなりのスパイ映画らしさなのだろうか。誰でも無い男が主役なのだ。

黒人が主演のスパイ映画と言えば彼のお父さんが主演だった「イコライザー」(スパイでは無いが元CIA)だが、何か関係は…多分無いだろうが、この点も新鮮で面白かった。

おわりに

ボートで寛ぐエリザベス・デビッキの姿は「コードネーム U.N.C.L.E.」を思い起こさせる。「インターステラー」ではアン・ハサウェイから目が離せなかった諸兄は、本作ではデビッキ嬢に釘付けだったのではないだろうか。「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」では全身金色の異星人を演じていたように、人間離れした役が似合う素敵な女優だ。私の中ではティルダ・スウィントンと同じタイプの女優として認識されている。

充分に楽しむことができた本作ではあるが、寝つきが悪かった下の子の「ギャオー」に何度も中断されてしまったために見落としや認識不足が多そうな点が心残りである。

近いうちに独りで改めて観返しておきたい。

それにしても久々に「どうやって撮ったんだろう…」が多い映画だった。やはり特撮は素晴らしい技術である。

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