物語 月、満ち欠け 2021年10月31日(第二十四話-二人だけの身勝手な恋)
前回までのあらすじ
王子さまとそうじ屋の娘。湖で出会い恋におちた二人。二人は湖で再会、家出。帰ると娘は捕らえられ、満月の夜に来る国の守り神「ヨル」に、二人は裁かれました。『愛が濁っている二人は永遠に逢うことはないであろう』と。長老は、新月の夜に「コスモ」に願いを叶えてもらえばまた会えるかもしれないと言いました。王子さまは修行の途中で隣の国へ旅へ行き、娘はそうじの仕事を再開しました。女主と長老の過去は二人にそっくりと聞きました。王子さまは旅を、娘は仕事を続けます。
第二十四話-二人だけの身勝手な恋
朝。
少しむらさきがかったピンク色の空です。少しずつ明かりを増します。グレーの雲が空の美しいグラデーションを引き立てます。月は光かがやき宝石のような眩しさです。早朝のやさしく美しい光の下に、人々は目覚めはじめました。
朝早くから、王子リヒトは村を歩きます。
朝早くから、そうじ屋の娘ルナは仕事をがんばります。
龍ヨルの裁きを思い出します。
『愛が濁っている二人は永遠に逢うことはないであろう』
龍コスモにどんなお願いをすれば、この裁きをくつがえせるのでしょうか。その願いを探して、二人はそれぞれの場所で、がんばっていたのでした。
王子さまは夢中になって歩きました。
娘は夢中になってそうじしました。
午後。雨が降ってきました。
王子さまは宿を探します。
娘は片付けをします。
二人はそれぞれの場所で、少しくたびれて、屋根のあるところで石に座りました。
うとうととして、夢をみます。それはあの日々のこと。数日だけ、愛しい人と暮らした平和でしあわせな気持ちの日々のことでした。
オルゴールの再会と、湖のぼろやで暮らした日々。
二人でそうじとマナーを教わりあった日々。
ほほ笑みあった、平和な日々。
雨の日のささやき。
お腹がへったこと、木の実が美味しかったこと。
それから。
美しい月の夜の切ない思い。
ああ、身分なんてなければ良かったのに……!
はっと夢から覚めました。雨は降りつづいていました。
今から思い返せば、それは二人だけの身勝手な恋だったのでしょう。
二人が楽しい時間を過ごしていた同じ頃、お城と町や村では大騒ぎだったそうです。
周りに迷惑をかけていたことに気づかずにいました。
二人だけでの平和は、周りの人々の心配の上に成り立っていました。
それでも、その時は二人の恋に夢中で、周りの人々の優しい思いなどには、ほとんど気がつきませんでした。
むしろ、周りの人からは好かれていないとさえ、思っていました。
おそらくこの状態のままでは、愛しい人に再び逢うことはできないでしょう。
雨は。
雨は空から降りてきます。地面にあたり、土にしみこみます。
水たまりには水がピチッとはねていて、ちょこっとだけ癒されます。
ボンヤリと雨を眺めている時間は、どこか懐かしくも思いました。
二人はそれぞれの場所で、ハッとしました。
夕方。王子さまはやっと宿を見つけて、女主さまの手紙を見てもらって、泊めてもらえました。
宿のおかみさんが、優しく言いました。
お若い方。少しお疲れのようですよ。
ええ。でも。私には見つけなければいけないものがありますから。
きっと大事なものなのですね。
……身勝手。ですよね。
え?
身勝手なんです。身勝手に夢中で探しているのです。だけど……。夢中とは、大切なものだと思うのです。
大切、ですか?
はい……。
あの。水は。雨の水は。どこからきて、どこへゆきたいのでしょうか。天からきて、土へゆきたいのでしょうか。
いいえ。水は水であることにただ夢中なのです。ただ昨日からここへきて、ここから明日へゆくだけなのです。水として。夢中で時に沿って流れてゆくだけです。
夢中とは。大切なものです。愛おしいものです。
もし、水が水であることに夢中になれなければ。あのように美しい雨の響きを奏でることはできないことでしょう。
人も、もし大切なことに夢中にならないのならば。美しい人生の響きを奏でることはできないような気がするのです。
夢中とは。大切なものなのです。もちろん、周りへの心遣いは大切なのですけれども。
そうですか。よくわからないですけれども。
おかみさんは、少し首をかしげました。そして、にっこりしました。
夢中になれることがあるって、素敵なことだと思いますよ!
ありがとうございます。
夜。娘はやっと片付けを終わって、そろそろ眠ります。
やとい主の奥さまが、優しく言いました。
ルナ。少し疲れているようよ。
ええ。でも。私には見つけなければいけないものがありますから。
大事なものなのね。
……身勝手。ですよね。
え?
身勝手なんです。身勝手に夢中で探しているのです。だけど……。夢中とは、大切なものだと思うのです。
大切、かい?
はい……。
あの。水は。雨の水は。どこからきて、どこへゆきたいのでしょうか。天からきて、土へゆきたいのでしょうか。
いいえ。水は水であることにただ夢中なのです。ただ昨日からここへきて、ここから明日へゆくだけなのです。水として。夢中で時に沿って流れてゆくだけです。
夢中とは。大切なものです。愛おしいものです。
もし、水が水であることに夢中になれなければ。あのように美しい雨の響きを奏でることはできないことでしょう。
人も、もし大切なことに夢中にならないのならば。美しい人生の響きを奏でることはできないような気がするのです。
夢中とは。大切なものなのです。もちろん、周りへの心遣いは大切なのですけれども。
そうなの。よくわからないけれど。
奥さまは、少し首をかしげました。そして、にっこりしました。
夢中になれることがあるって、素敵なことだと思うわよ!
ありがとうございます。
雨は今夜をしずかに降っています。
二人はそれぞれの場所で、それぞれの愛しい人を思いながら、そっと眠りについたのでした。
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『物語 月、満ち欠け』
第二十五話はこちらです。
第一話はこちらです。
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