物語 月、満ち欠け 10月20日(第十三話-満月のヨル)

前回までのあらすじ

王子さまとそうじ屋の娘。湖で出会い恋におちた二人。しかし、お互いの身分はあかせぬまま。次の半月に会う約束をしました。上弦の月の翌日、二人は湖で再会。そのまま家出をしてしまいます。月の美しい夜、王子さまは娘に恋人になってほしいと言いますが、娘は驚き震えながら断りました。帰ると娘は捕らえられ、処刑されそうになりましたが、長老の提案で、満月の夜に来る国の守り神「ヨル」に、二人の裁きはゆだねられることになりました。


10月20日(第十三話-満月のヨル)

湖への道、美しい夕焼け。

王子さまと王さまと従う家臣たちがやってきました。

娘とやとい主の奥さまも兵隊たちに付き添われてきました。

そして長老もいます。


長老は王さまに深々と礼をして、話をはじめました。

王さま。そして皆様。

今宵は満月。湖には「ヨル」がやってきます。

王子さまと娘の家出は、若さとはいえあさはかな行いであったと思われます。そのため今晩、「ヨル」からの裁きを頂戴いたします。

ヨルの裁きは絶対であります。宇宙の森羅万象が「ヨル」に従います。

ごぞんじの通り「ヨル」はこの国の守り神であります。そして人間に裁きを下します。万が一その者がいやしい心をもった人間であれば、命の保証はございません。

ただ、ご心配はなさらず。王子さまと娘は大丈夫であると私は信じております。

ここから先は危険なので、王子さまと娘、そしてこの私のみの立ち入りといたします。

もしも万が一のことがあれば、皆様の命も落としかねません、安全のためでございます。なにとぞ、ここから先には立ち入られませんように。

長老は再び深々と礼をしました。

長老。よろしく頼む。

王さまは言いました。

かしこまりました。

長老は深く礼をしました。


そして、長老と、王子さまと娘は、湖の方へゆきました。薄暗くなってきた木々の中を歩いてゆきました。


長老は二人を連れて、湖の端、月が昇るのがよく見える場所までやってきました。


長老は二人に言います。

お二方。これから満月が昇ってきます。そして。じきに「ヨル」も降りてくることでしょう。

お二方はここで満月の昇るのをお待ちくださいますように。そして満月が昇りきりましたら、二人で湖に映る満月をのぞき込んでくださいませ。

湖に映る満月をのぞき込むことで、「ヨル」からの裁きが下ることでありましょう。

もし「ヨル」に何か問われたら、全てを正直にお答えなされませ。「ヨル」はどんな偽りをも見抜きますので。

わかりました。

わかりました。

くれぐれも。お気をつけなさってくださいませ。

はい、ありがとうございます。

ありがとうございます。


夕暮れはだんだん深くなり、夜になりました。

長老はいつの間にかどこかへ消えていました。

まだ西の空は少しだけ薄く夕方のあかりが残っています。風は少し出ているようです。星は夜を光りはじめます。

ついに湖の向こうの木々から光る月が昇りはじめました。


湖のそばでは、王子さまと娘が立ち尽くしています。

王子さまと娘は、ふとお互いを見ました。

二人は目が合いましたが、お互いに相手が不安そうに見えました。二人はなんとかしてほほ笑みを浮かべようとしました。


二人にはもちろん、逃げ出すことも頭をかすめました。

しかしこれで逃げ出せば、おそらく娘とやとい主の奥さまは処刑されるでしょう。命はないことでしょう。


王子さまはそっとつぶやきました。

大丈夫ですよ。

娘はそっと答えました。

ええ。私もそんな気がします。

本当は不安でいっぱいでした。なのに二人は、精一杯ほほ笑み合いました。


それでも。

東の夜空にはとうとう、満月が昇りきってしまいました。


おそるおそる、王子さまと娘は言われた通りに、湖をそうっとのぞき込みました。


つかの間、風が止まりました。


次の瞬間、風が強く吹きました。


湖の水面はキラキラと眩しく揺れました。

二人はハッと夜空を見上げました。

見上げた満月の夜空から、深く暗い色の美しい何かが現れました。それは深い漆黒の様な紫色の中に星屑の様な光が美しく光りつつうねうねと夜空から降りてきました。大きな龍でした。それこそが満月の夜に湖にくる守り神、ヨルでした。

ヨルが持つ光の鱗は星が散りばめられたように妖艶にキラキラキラキラと輝きます。その髭は光の流れるようにヒュルヒュルヒュルリとなびかせています。ヨルはまわりに星雲のような靄をともない降りてきます。

おそろしく美しい龍ヨルを見上げている二人のまわりに、星のような光の粒がキラリキラキラと降りそそぎました。

龍ヨルは二人を睨み付けます。その眼差し、右目は青く左目は赤く。とても妖しく光ります。

龍ヨルは二人に語りかけます。それは音ではありませんでした。が、意味は分かりました。

『王子リヒト。娘ルナ。おそれることはない。何の理由でここへ来たか答えよ』

二人はこれまでの経緯を伝えます。

出会い、家出をして、帰り、処刑されそうになり、守り神ヨルの裁きを受けに来たことを。

龍ヨルはうねり、美しく光ります。

『王子リヒトよ。娘ルナのことをどのように思う』

大変心の清く美しい方です。私は彼女のことを大変愛しく思っております。ですが、この王子という身分に邪魔をされてしまったような気がしております。

王子リヒトは震える声で言いました。

『なるほど』

龍ヨルは再びうねり、美しく光ります。

『娘ルナよ。王子リヒトのことをどのように思う』

大変心の清く美しい方です。私は王子さまのことを大変尊敬しております。しかしもちろん、身分のいやしい私が王子さまに気に入られるなど、もったいなくて良くないことと思っております。

娘ルナは震える声で言いました。

『なるほど』

黒く輝くヨルは光の粒をキラキラと散らしながら美しくうねり、夜空を大きく舞いました。

『王子リヒト。娘ルナ。二人が心の清く美しいことは君たちの言う通りである。ただし。愛が濁っている二人は永遠に逢うことはないであろう』

ヨルが言い終わると同時に、光の粒はキラキラキラキラと輝き狂いました。強い風は吹き狂いました。湖は光りに騒ぎ狂いました。

王子リヒトと娘ルナは、崩れるように倒れこみ、そのまま意識を失ってしまいました。



シンと湖は静まりました。



月は少し高くなり、明るく夜の世界を照らしています。


二人のもとへと長老がかけよりました。



今宵は満月。湖の夜空に月は昇り、美しく美しく輝いておりました。









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『物語 月、満ち欠け』

第十四話はこちらです。


第一話はこちらです。



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