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月刊汁マガジン

元芸能記者、元AV監督などなど流浪の人生を送るフリーライター荒井禎雄が、時事ネタ・地域批評・グルメなど様々なジャンルの記事を書いています。 [特に高評価された話題] ・表現規制…
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#酒場

小学生の子供を連れて家族でもつ焼き屋に通い倒すDQN一家がこちらです(西口やきとん/浅草橋/もつ焼き・居酒屋)

だってしょうがないじゃん、息子がもつ焼き大好物なんだもん! と、自分で書いた記事タイトルに対する逆ギレ言い訳から入るという新しい手法を取り入れてみたのだが、意外と世間体など気にする小心者の私としては、家族でもつ焼き屋というのは非常にギリギリな線である。 なにげに育ちのいいおぼっちゃまであったアタクシは、子供の頃に「小さな子供が行っていい店・悪い店」を明確に躾けられていたので、子連れでもつ焼き屋なんてクソDQN一家がやる事であると思って生きて来た。 いやあ、そのクソDQN

場所が錦糸町だけにちょい飲みや待ち合わせに最適!(立ち呑み粋/錦糸町/酒場)

東京23区の繁華街を、街のカオスさを基準として比較した場合、個人的に「北の赤羽、東の錦糸町」は双璧ではないかと思うのだが、この両者には店の入れ替わりや流行り廃りの流れが早いという特徴がある。 そんな不人気店は光の速さで潰れて行く錦糸町にあって、混雑を維持している立ち飲み屋が、今回ご紹介する 『粋(すい)』さん。 場所はロッテ会館のすぐ目の前の総武線の高架下で、すぐ近くには老舗の洋食屋さんや、日本一の牡蠣つけ麺(弊社調べ)の佐市などがある。 話がそれるが、過去に紹介した記

オラが街にもあの立ち呑み屋が!(晩杯屋 両国店/両国/立ち飲み・酒場)

名が知られている割には観光地極振り状態で、地元民向けの飲食店や生鮮品の買い物場所などが徹底的に不足している墨田区両国。 商店街や繁華街と呼べるような場所も無いに等しく、24時間営業のチェーン店が当たり前のように潰れて失くなるような状況なのだが、そんな中でも嬉しいニュースがない訳ではない。 なんと総武線両国駅の高架下に、立ち呑み屋として大人気の晩杯屋がオープンしてくださったのだ! 大きい、これは大きいぞ。 加賀屋と晩杯屋、呑み屋として使える亀戸ぎょうざの支店、それらに加

"加賀屋系" の完成形のひとつが亀戸にもあったのね!(いこい/亀戸/居酒屋・酒場)

コロナと思われる症状が落ち着いたと思ったら、今度は息子の野球特訓に付き合ったせいか腰をいわした(挨拶) もうヤダ、老いるのマジでヤダ。 そんな老いさらばえた身体にムチ打って、酷暑の中お買い物をして回っていると、亀戸駅の裏側の路地にこんな店を発見。 以前、蒙古タンメン中本が亀戸にあった時代によく通った道なのだが、中本が錦糸町に移転してしまったため、この通りを歩く機会が全くなくなってしまった(よくよく見てみたら温野菜もあるのね)。 そもそも、この通りは中本に行くためだけに

こんな不快指数MAXな季節は安酒をピッチャーでがぶ飲みするに限る!(串屋横丁浅草橋店/浅草橋/もつ焼き)

いやもうコロナと疑われるお病気が良くなったと思ったら灼熱地獄ですよ奥さん。天がオレサマをコロしに来ている。 だが座してシを待つほどアタイは素直ではない。こうなったら徹底的に抗ってやろうじゃないか! という訳で、向かった先は浅草橋の串屋横丁さん。ここは過去に何度か取り上げているけれども、お肉屋さんが運営するもつ焼きチェーンである。 チェーン展開しているもつ焼き屋の中では、クオリティもコスパも優れており、入る店に悩んだらとりあえずここに行っておけば間違いない。 で、このお

酒場の完成形でありど真ん中といえばこのグループ(ニュー加賀屋 両国店/両国/居酒屋)

どこもかしこもちゃんこ屋だらけで、地元民が外食する選択肢が極めて限られている事で有名な墨田区両国。しかしそんな街にも(少数とはいえ)オアシスのような酒場が存在する訳で。 その代表的な存在がここ。ニュー加賀屋の両国店である。 加賀屋といえば、以前にも解説したが板橋駅エリアを発祥の地とし、気付いたら東京都内を中心に何軒も暖簾分け店が増殖した居酒屋のテンプレートのようなお店。"孫" まで入れれば、加賀屋のDNAの入った店は相当な軒数になるんじゃないだろうか。 で、この加賀屋グ

絶妙な立地!味もヨシ!コスパもヨシ!な錦糸町のもつ焼き屋(もつ焼 大喜/錦糸町/もつ焼き)

錦糸町駅から徒歩数分、京葉道路沿いの江東橋のすぐ近くに、以前から気になって気になって仕方がないもつ焼き屋さんがあった。 お世辞にもキレイとは言えない外観なのだが、常にお客さんで賑わっており、機会があったら入ってみたかったのだが、子連れで入れる店なのか分からなかったため中々チャンスがなかった。 もつ焼き屋のような完全大人向けの店って、子供が入れない店が多いのよねえ。好物を聞かれて「シロのタレ焼き!」と即座に答えるアホな息子を持つ親としては非常に難儀な話である。 それがある

【墨田区が誇る名居酒屋】もつ焼きを頼まなくても成立するもつ焼き屋!(稲垣本店/本所吾妻橋・駒形/もつ焼き)

本所吾妻橋駅から徒歩3分ほど、墨田区役所の前の通りを少し南下した辺りに、稲垣という大人気のもつ焼き屋がある。 この駒形の本店以外にも、森下やスカイツリーの目の前にも店があるのだが、どこも連日大人気のようだ。 で、いきなり余談だが、稲垣本店の凄いところはその広さである。 地図で見るとごく普通の店舗に見えると思う。中に入ってみるとそれなりの席数があるのだが、それでもよくある席数に余裕のある大衆居酒屋程度の規模だ。 ところが稲垣が凄いのは、裏にあるどう見ても民家にしか見えな

「立ち食いそば?居酒屋?」マルチな営業形態の立ち飲み屋でひとり酒(丸源/錦糸町/立ち飲み)

先日は錦糸町の老舗酒場である小松を紹介した。 近頃の錦糸町は新しい店が増えまくっており、特に南側はラーメン屋など独身男性用の店が目につく。一昔前まで錦糸町の代名詞だったエスニックは、比率としてはだいぶ低くなっている気がする。 そんな激しい入れ替わり期を迎えている錦糸町では、昔ながらの酒場も減って行く一方なのだが、人気店だけが繁盛していてそれ以外は淘汰されるという状況にあるようだ。 今回ご紹介する丸源は、そんな勝ち組酒場のひとつ。この店の営業形態はちょっとややこしくて、基

女房と2人で久々に酒場呑み(小松/錦糸町/酒場)

思えば板橋区で女房と同棲していた頃は、稼いだ金の殆どが酒と肴に消えるという明日なき生き方をしていた。 ところが近頃は子供がいるせいでほぼ毎日家飯。台所当番はボク。なんて健康的な生活なんでございましょう。 だがしかし、そういう生活が続けば続くほど、小さなチャンスを最大限に活かそうと虎視眈々と機会を伺うようにもなる訳で。 そんなある日、息子がスポーツの試合に参加するため半日いないという絶好のシチュエーションが!ががが! そんなスペシャルな日だというのに、我々夫婦が選んだ店

たまの外食で子供に「何が食べたい?」と聞いたら食い気味に「伝串!」と言われる悲しみ(新時代)

昨年の12月、ヤボ用で家族で赤羽を訪れた際にたまたま立ち寄った伝串で有名な新時代。 ここで初めて伝串を食べて心を奪われてしまった息子は、その後なにかある度に「伝串食べたい伝串食べたい……」と繰り返すように。 どんな違法薬物が入ってるんだという話である。 そんなある日、息子を連れて外出する機会があったので、ついでに外でご飯を済ませてしまおうとしたのだが…… 息子様のたっての希望により、貴重な外食チャンスが新時代に潰される図 どうも着実に店舗を増やしているようで、気付い

酒飲みブログの先輩と浅草橋でハシゴ酒

私は2000年頃から個人サイトをやっているのだが、言動がナニがアレなためか、脳死だとかネットバトラーだとかネットゴロだとかネトウヨだとか、ロクなレッテルの貼られ方をして来なかった。 そこで、自ら「グルメブロガー」を名乗り出したのだが、そのうち本当にグルメブログ界隈の人々と接点が出来て、気付いたら「板橋専門グルメライター」として、板橋区の公式ガイドブックの執筆を任されるまでになってしまった。 いやあ、ハッタリというのはカマしてみるものである。 そんなインチキグルメブロガー

ネズミーランド後に夕飯難民になったボクらを救ってくれた南行徳の名店(彦酉/南行徳/居酒屋)

昨年12月のこと。12月生まれの息子の誕生日プレゼントにと、某ネズミーランドをご馳走してくださった方がおられた。ありがたやありがたや。 だが、ネズミーの国に行くたびに直面するのが「ご飯どうしよう?」という悩みである。これが園内で遊ぶ日ならばイクスピアリ辺りの適当な店を予約すればいいかとなるが、問題が遊び終わって園外に出たあと。 園内は何をするにも金がかかるので、最低限の必要な物以外は我慢しようと考えてしまう貧乏性の私なのだが、かといって千葉県には全く土地勘がなく、どこに行

近所から大好きなもつ焼き屋が失くなってしまった悲しみを癒やすため浅草橋へ(串屋横丁浅草橋店/浅草橋/もつ焼き)

当noteで何度か紹介している串屋横丁というもつ焼きチェーンがある。ここはチェーン店としては珍しく、個人経営の名店に迫るクオリティを維持しており、なおかつ安く、とても重宝している。 ただここはある意味で卑怯で、経営元がそもそもモツの卸問屋をやっていて、直営農場も持っている。そのため生産から加工まで自前でやれるからこそのハイクオリティ・低価格なのだ。 ついこの間まで、オラが町・両国にもこの串屋横丁があったのだが、繁盛していたはずなのに内部のゴタゴタがあったようで、よく分から