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道草を食う

道草を食うというのは、

文字通り

「道端に生えている草を食べること」

という感覚があるのは、


緑の多く残る場所で育ち

かつ、周りの大多数の子どもが

その生えている草のどれが

口にするに値するか知ってる環境で

育った人だと思う。


今日、下の子とひょんなことから草摘みをして

スイバの葉を持ち帰ってきたのだが、

この草は、

あなたたちのおじいちゃんの頃は子どものおやつだったらしい、

と私が言うのを聞いて

「道草を食うって草食べることなんだね」

と上の子が呟いたので、

私も、ハッとした。

かの有名なヘレンケラーが

水という単語は知ってたけど

初めてポンプ井戸から流れ出す水触って

「これが水ながや!」(なぜか土佐弁訳)

と衝撃を受けたものの感覚にほんのちょっとだけ似ている。


私は子どもの頃、道草を食ったことはない。

せいぜい、自分ちのツツジの花の蜜か、花壇のサルビアの蜜くらいである。

草を食べて歩く子どもは、

少なくとも私の周りには見当たらなかった。

この記事を読んでいる、

私は通学路の道の草食べてたよ!という

故郷埼玉東部の町の同級生、

シキュウレンラクコウ。


草に詳しくなったのは、ごく最近である。

なんせ上の子は、

家の中でおもちゃで遊ぶということに

まっっっっったく興味を示さない子どもとして

赤ん坊から学童期まで成長したので、

私と上の子は

嵐と病の時以外は比喩でなく、

一年中外にいた。

どうやって暮らしていたか、あまり覚えていないのだが、

ベビーカーも大嫌いで、眠くないと絶対のらない。

手をつないで大人しく公道をまともに歩けるようになったのは

幼稚園の年中になってからだ。

幼稚園の園外保育ではきちんとお利口に年長さんと手を繋ぐのに、

私の手はどうやってもふりはらわれていた。


幼稚園に上がるまで、

私はひたすら、車通りが少ない道や公園を探して

上の子を放牧する。

アルプスの少女ハイジにでてくる、

山羊飼いのペーターさながらであった。

(本気で車がこないアルプス高原に引っ越したくて、ママ友の前でアルプスに行きたいと呟いたこともあるが、友達は近所にあるスーパーアルプスのことだと思ったらしかった)

というわけで、

車通りがないか、少ない道をひたすら

子どものペースで歩いていると、

どうしても道端のコンクリの割れ目から生えてる草に目がいくのだった。


そして私は、

そのほとんどの草の名前も生き方も、

知らないことに

気がついた。

草の名で知ってるのは、

タンポポとハルジオン(子どもの頃のあだ名はびんぼうぐさ)、ぺんぺん草(なずな)、くらいだった。

元々、自然が好きな方だと自分では思っていたが、

あまりの知らなさに、びっくりした。


上の子の

その毎日外を爆走する個性というのも、

まあまあ周りに多くなかったようで、

私は少し寂しかった。

というか、同じ個性の子は、やはり違う道を爆走しているので、

親同士で会話とかは、出来なかったりするのだ。

砂場でママ友と雑談するのが、

上の子が幼児の時の私の夢だった。


というのもあり、

草と友達になることにしたのだと思う。

草の図鑑を買って、

名前を知り、生態を知った。

子どもと歩けば、草に出会う。

本に書いてある通りの場所で生きていたりする。

嬉しかった。

きっと、私が子どもの頃にも、

絶対道に生えていたはずなのに、

私の世界には存在していなかった。

宝物にようやく、気づけたのだった。

こんなに多様な草が、コンクリだらけの町にも生きてる。

私は、何も知らなかった自分を知って、

世界が豊かになったのを喜んだ。


しかし、その道の草は、

食べられない。残念ながら。

今の街中の道の草には、何がかかってるか、全く保証ができないからである。

街中でなくても、

わからない。農薬とかね。

だから、

草を摘んで、かつ、

食べられる場所というのは、

選ぶのである。

今日は、選ばれた場所で、摘んできた。

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タンポポは、あっという間に摘まれてしまった。

出来れば、残して愛でたかったのだが。

幼児は、素早い。

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