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Radioheadで経済学 - オハイオ州立大学MBA -

2023年9月17日(日)、週末に落ち着いて学習内容を振り返る。
経済学(Managerial Economics)はAssignmentの量が多いが、教材は過去に実際に起こったことを題材にしているものが多く、読み物として面白い。
3回目のクラスの教材の一つがRadioheadだった。


Radioheadの「In Rainbows」

学生時代からRadioheadをよく聴いた。今でも「OK Computer」と「Kid A」を聴く。空が曇った日の朝に車の中で聴く。
イギリスのロックバンドで1992年にメジャーデビュー。ロックの既成概念にとらわれない楽曲で、世界中に多くのファンがいる。ヘンテコな電子音だったり、予測できないリズムの変化がちょうど気持ちよく、そして何よりボーカルのトムヨークが、イギリスのおしゃれインテリという感じで抜群にかっこよかった。

Radioheadと経済学の組み合わせは意外だった。経済学はおしゃれなのかもしれない。
2007年にリリースされた彼らの7枚目のアルバム「In Rainbows」について、経済学の観点から考察を促す読み物が用意されていた。A4で1枚のシンプルな読み物である。当時は知らなかったが、「In Rainbows」の販売方法がセンセーショナルだったようだ。そう聞くと、今もってインテリを感じずにはいられない。

アルバムの売り方がなぜセンセーショナルなのか

1. 音楽データをダウンロード配信で発売した。
2007年はiPhoneがリリースされた年である。また、iTunesの媒体であるiPodの初代が発売されたのが2001年。さらに、Apple Musicのサブスクリプションの開始が2015年なので、「In Rainbows」が発売された2007年にニューリリースでCDを媒体にしないのは確かにセンセーショナルで時代の先駆けである。ちなみに、著作権保護もしなかったようである。
(授業後に調べると、データ配信販売の約3か月後にCDでも販売されたようだ。)

2. アルバムの価格を購入者が決めた。タダでもいい。
そういえば、MBAの経済学のクラスの教本は、購入者が値付けできた。私はREMモデル然として、無料でダウンロードした。違法ではない。(REMモデルについてはこちら。オハイオ州立大MBA 経済学前半戦|Rie (note.com)

海外の美術館では、入館料フリーで寄付を募るケースがある。誰でもアートに接することができるので素晴らしいと思っている。私は、手元の紙幣を眺め、その時の気分で金額を決め、寄付ボックスに投入する。

このように、お布施スタイルの事例をいくつか思い出しはしたが、やはり購入者が価格を決めるのは極めて珍しいと思う。

Radioheadで経済学する

通常、アーティストの楽曲は著作権で守られる。つまり、著作権法で定めた期間は著作権者以外は楽曲を勝手に売買できない。経済学的に言うと、楽曲の著作権者が独占市場を支配することになる。そして、市場の原理に従えば、著作権者(制作者)にとって有利な金額で価格が決まる。(詳細はこちら。オハイオ州立大MBA 経済学前半戦|Rie (note.com)

「In Rainbows」の場合、以上のような独占市場の原理が当てはまらない。Radioheadを含む制作者が販売価格を決めないからだ。
Radioheadがこの独特のアプローチによって、彼らが期待したとおりの便益を受けたのかはわからない。そもそもRadioheadの狙いもわからない。その上で、以下についてクラスで議論する。

<教授からの問いかけ>
Radioheadがとったこの独特のアプローチで、彼らが通常よりもより高い利益を得たと仮定した場合、経済学の観点から論理的な理由を2つ考えよ。
また、通常よりも低い利益しか得られなかったと仮定した場合も、同様に論理的な理由を2つ考えよ。

■高い利益を得たのであれば、それはなぜ?
①データ配信販売であれば、いったん曲を作りさえすれば、流通の中間マージンや製造コスト等の追加的なコストを抑えられる。そのため、CDによる販売に比べて原価が安くなり、販売価格が安くても、十分にペイオフする。
②通常より安価にアルバムを購入できるため、購入者が増える。購入者が増えれば、ヒットチャート入りしやすく、ランキングトップの曲を新規ファンが購入する。連鎖的な取引量の増加によって利益が増える。

■低い利益しか得られなかったのであれば、それはなぜ?
①iTunesを使ったことがない人は購入を控えるので、取引量が減り利益が減る。
②低すぎる価格で取引されると利益が出ない。

これを、供給曲線、需要曲線、限界収入曲線、死荷重損失等という学者っぽい語彙を使って説明するのだが、上述のとおりナラティブに説明すると、多くの人のコモンセンスに共鳴する違和感のない説明になっていると思う。
答えはこれに限らず、また、事例自体やその背景を詳細に調べることは求められていないので、前提が事実と異なる場合でも、経済学の観点から説明に筋が通っていればOKとなる。クラスの中では、事例を使って経済学の考え方を練習するのである。

このように事例を使って経済学的に考えるという練習をすることで、身近に起こっていることや、職場で対処しなければならないことを論理的に検討する、もしくは事前に予測し対処する、というスキルを身に着ける、ということがこのクラスでは期待されている、ように思う。

Radioheadの思惑

さて、経済学から少し離れる。
実際のところ、当時のRadioheadの思惑はわからないし、このやり方が経済的に良かったのかもわからない。
数字で結果を追うと、約6割の人が「In Rainbows」を無料でダウンロードしている。幾ばくかを支払った残りの4割の人を分母にして計算すると平均購入価格は6ドル、無料でダウンロードした6割も分母に含めると平均購入価格は2.2ドルであった。
(ちなみに、販売時アルバム価格の上限は99.99ポンドに設定されていた。)
発売初日で推定120万ダウンロードを達成したと言われているようだ。
また、全英、全米で初登場1位を獲得し、グラミー賞も受賞した。

私見だが、アーティストが自らの作品をもって、経済学的観点から実験をするとは思えない。損得というよりは、Radioheadのメンバーの静まらないエネルギーが世の中に対する衝動的なチャレンジに形を変えた、とか、よくわからないが、とにかくアーティスティックな動機であってほしいと願う。

以前から、経済学は難しい、と思っていた。今でも難しいのだが、MBAのクラスでは事例で学ぶので面白い。事例そのものが面白い。
MBAはビジネスパーソンに必要な知識を学ぶことを目的としているので、経済学を極めるというよりは、経済学をビジネスのツールの一つとして捉えられているという点で、私には馴染む。
教授が堅物な学者でないのもありがたい。


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