非日常の旅とほっとできる空間を求めて
「安定って何が安定なの?」
ゲストハウスのオーナーが言ったその一言で、私は旅に出る決意をした。
当時私はメーカーで営業職をしていた。学生時代から旅行が好きで、国内外色んな所へ行った。メーカーを志望したのも、まとまった休みが取りやすいから、これも理由の1つだった。
ただ旅行に行けるのは航空券が高い大型連休で、連休は取れても10日が限度。有給は取れるけど、周囲に気を使うし、終わっていない仕事も気になってしまう。精神的に休めない日々が続く。次第に私はリセットして長い旅に出たい気持ちになっていった。
そんな日々が続いたある時、徳島で泊まった古民家ゲストハウス。たまたまその日の宿泊客は海外留学経験者などが多く、彼らの話を違う世界の物語として聞いていた。
「いいな。私も海外に長期で行きたいけど、今の安定した生活を捨てることはできないだろうな。」
この時に言われたのが、「安定って何?」という言葉である。
確かにお給料や社会的な立場は今安定している。でも自分の心はどうだろう?
自分にとっての心の安定が旅だと気付いた時に、私は仕事を辞めて長期の旅に出ることを決めた。
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旅は楽しい。景色はもちろんだけど、一期一会の出会いが沢山ある。今までの日常で生きてきた縦の繋がりではない。非日常がそこにはある。
最初の1年位は行きたい場所や経験したいことで溢れていて、様々なことにチャレンジしたけど、長く旅をしていると自分の好きなものが分かってきた。
私にとってそれが海外トレッキングだった。決して高い山に登る訳ではない。旅のなかで更に“山を旅”するのだ。電波も繋がらない究極の非日常な世界。そこにあるのは大自然。広大な世界にたった1人の私。バックパックに自分の衣食住と勇気を詰め込んで、ただひたすら歩く。
はじめて1人で歩いたのはカナダだった。当時、私は就労ビザで半年間カナダで働いていた。まだシーズンの始まりである6月末、たまたま連休をもらったので、スコーキーサーキットという道を歩くことにした。往復で36km、1泊2日の山旅である。たった2日であっても、当時の私は慣れない道や重いバックパック、シーズン始まりの不安定な気候、不安が沢山あった。それでも景色を見たい気持ちが上回った。
私の一人海外トレッキングデビューは中々過酷なものになった。バックパックは15kg。6月のカナダは雪解けにより川の水量が多い。川を飛び越える時、荷物の重さからふらついて千鳥足に。着地に失敗し、ずぶ濡れになった。やっと着いたキャンプ場では、他に一組しかおらず、静寂に包まれている。カサカサという音に野生動物ではないかと怯える。目の前に鹿が現れ、お互いに顔を見合わせる。
夜、テントの中で寝ようとするも、寒さで全く眠れない。朝起きると想定外の白銀の世界。出発するも雪は益々強くなる。吹雪のなか峠を越えて、方向が間違っていないか地図とコンパスとGPSで確認する。自分がもっている山の知識と五感を総動員させて、ただ生きるために歩く。
天気が良くなり他のハイカーとすれ違い、やっと安堵の溜息がでた。
駐車場まで歩いてヒッチハイクをする。さっき会ったハイカーが乗せてくれた。おしゃべりしながらふと外を見ると、窓ガラス越しに見慣れた高速道路が目に入る。「ああ街に戻ってきた」と思った。
自然を目の前にすると私達人間は無力だ。その時の自然を受け入れるしかない。時に厳しくもあるが、時に温かく見守ってくれる。非日常の自然の世界に、この時初めて恐れながらも浸ることができた。
住んでいた家に着く。シェアメイトが「おかえり。どうだった?」と聞いてくれる。今までの緊張の糸がプツンと切れた。自分が安心できる場所・大好きな場所に戻ってきて初めて、旅が終わるのだ。
非日常と自分が安らげる場所、この2つがあって旅になるんだな。やっと私はトレッキングは山を“旅”すること、そして今、山の旅から帰ってきたんだと気付いた。
1人で歩きながら自分と孤独と向き合った。大自然と向き合うには自分はあまりにもちっぽけだったけど、「そんなあなたでいいんだよ」と言ってくれている気がした。前よりも少し、ありのままの自分を受け入れることができるようになった。
そして1人で自然と向き合っても、見えないところには多くの人がいた。素晴らしい景色を堪能できるトレイルを創ってくれた人。この自然、植物や動物を守るために尽くしている人。山の中に住んでいる人。同じように山を歩いている人。そして山から街へ戻った時に「おかえり」と言ってくれる人。そのような人と関わりながら、山を旅しているんだと気付いた。
人生が変わったかと言われるとちょっと違うけど、前よりも自然・自分自身・そして自分と関わる人のことを考えるようになった。
今も旅の続きをしている。私の旅のスタイルは、年単位で世界一周というものではない。3ヶ月〜半年間旅をしながら、様々な場所でトレッキングという“山の旅”をする。帰りたくなったら日本に帰る。これが自分にとって最も心地よく好きな旅だ。これからも非日常と居心地の良い空間を求めて、私の旅は続くだろう。
そして自分がやりきったと思ったら、もうひとつの夢を叶えたい。ゲストハウスをつくりたいのだ。日常を生きている人が非日常に浸れる所。非日常の旅人が実家のようにくつろげる場所。職業・年齢・性別・国籍関係なく、横の繋がりで楽しめる。そんな非日常でありながらも、ほっとできる空間を提供したい。できれば山の近くで。私もキッカケはゲストハウスだったから。
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