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【第10話】崩れたのは、ボロ屋の天井ではなく…

バッタモン家族は、過去に3回引っ越しをした。

1軒目は山に近くて、うめき声が聞こえる家に住んでいた。
2軒目は学校やスーパーが徒歩圏内で、3階建ての家+お店だった。
3軒目は海に近くて、文句なしの素敵な家だった。

2軒目の家が、とにかくボロかった。小さな地震で簡単に倒壊するんじゃないかと思っていた。本日はこのボロ屋のお話をしたいと思う。

*読む時のお願い*
このエッセイは「自分の経験・目線・記憶”のみ”」で構成されています。家族のことを恨むとか悲観するのではなく、私なりの情をもって、自分の中で区切りをつけるたに書いています。先にわかって欲しいのは、私は家族の誰も恨んでいないということ。だから、もしも辛いエピソードが出てきても、誰も責めないでください。私を可哀想と思わないでください。もし当人たちが誰か分かっても、流してほしいです。できれば”そういう読み物”として楽しんで読んでください。そうすれば私の体験全部、まるっと報われると思うんです。どうぞよろしくお願いします。

*読む時の注意*
このエッセイには、少々刺激が強かったり、R指定だったり、警察沙汰だったりする内容が含まれる可能性があります。ただし、本内容に、登場人物に責任を追求する意図は全くありません。事実に基づいてはいますが、作者の判断で公表が難しいと思われる事柄については脚色をしたりぼかして表現しています。また、予告なく変更・修正・削除する場合があります。ご了承ください。

登場人物紹介はコチラ→『バッタモン家族』

◇◇◇◇

※お風呂とトイレのスペースを含まないで、約8畳ほどのスペース。黒いのは人影。

このボロ屋は3階建てだが、1階の間取りが変で、とにかく狭い。何しろお風呂とトイレを目の前にしてご飯を食べなければならなかったほどだ。そもそもキッチンの真横に洗面所、洗濯機とトイレがあるという間取りがおかしい。ちなみにトイレの中にはライトがなく、みんな絶妙な勘で用を足す。お風呂は建物に後付け、ドアなしでカーテンのみ。しかもなぜか脱衣所の中に押し入れがあった。

さらにこの狭いスペースに、毎食家族6人で食事を取っていた。父の「鉄の掟」によって、ご飯は家族揃って食べなければならない。兄と父は大柄で、それだけで場所をとる。1階では、誰かにぶつからないと、今いる場所の向こう側に行けないのだ。

ご飯の前に誰かがお風呂に入れば、湿気のせいで、まるでミストルームでご飯を食べているかの様な状況になる。誰かのお腹の具合が悪ければ、トイレからダイレクトに漂ってくる臭いを鼻にひっかけながらご飯を食べなければならない。押入れには体長15センチを超えるネズミが死んでいたこともある。父が兄に飛び蹴りをしていたのもこの家。何かと思い出は絶えない。

2階は、母、弟と妹の寝室だ。タンスとテレビがあり、布団を敷けば他に人が眠るスペースはなくなる。3階は私と兄の共同部屋。ベッドと机を置けば、その他自由なスペースはほぼ無い。父は2,3階にはあまり寄り付かなかった。彼は、建物前面のお店内にある、小上がりのようなスペースを自室のように使い、そこで寝起きしていた。

2階の天井は、誰の目にもたるんでいることがわかった。それが老朽化からくるものなのか、雨漏りが原因なのかはわからない。が、私と兄が上の階で動こうものなら2階のたるんだ天井はさらに小刻みに震え、砂やホコリがパラパラ落ちた。

その度、下にいる母の潔癖スイッチが入る。

 「ちょっと!あんたら、もっと静かに歩けへんの?!パラパラ、パラパラ…パラパラ!砂みたいなの降ってくるし、天井が落ちてきそうやないの!きったないわ(訳:汚いわ)!!!」

「めちゃパラパラ言うやん」と兄がボソっとつぶやき、私は気持ち半分で「ごめーん」と階下に向かって言う。それでも怒りが治まらない母は「もう!また掃除しなアカン!」とぶつぶつ言いながら掃除機をかけ始める。そんなやりとりを毎日のようにやっていた。

2、3階の窓という窓は全て重い鉄製で、全身を使って引かないとびくともしない。もしかしたら家がボロかったせいで、窓枠そのものが歪んでいたからかもしれない。3階にあった一畳ほどのベランダに行く戸は、それより更に重かった。

今では珍しい土壁には、当時思春期真っ盛り、ドラマクイーン三男が怒りに任せて殴った穴がいくつもあった。ゴキブリの足がオブジェのように壁に飾られていた箇所もある。ボロ屋なので、いたるところに隙間があったのだろう。私が寝てる間に、ムカデが胸の上を通過したと思えば、気づけばカメムシが首に張り付いていたこともある。カメムシに関しては、気づかずに潰してしまい、しばらくあの独特のニオイがとれず嫌な思いをした。…あぁ、虫ネタは思い出すだけで鳥肌がたつ。

この建物自体の状況に加えて、ご存知の家族関係がさらに住心地の悪さに拍車をかけた。そもそも狭い空間は、ボロ屋でなくとも何かとストレスが溜まる。そこに押し込められているのが、短気な父に、ヒステリックな母、問題児の兄と来たものだから、ケンカが絶える訳がない。目の前で繰り広げられる、怒りと怒りのぶつかり合いに私も自然とイライラして、小さな妹によく八つ当たりをしていた(妹ちゃんごめんね)。それが両親に見つかると「お姉ちゃんやねんから、妹を大切にしろ!」と怒鳴られた。私の言い分なんて、聞いてもらえたことがない。ていうか、私のことも大事にしろよ。

ある日、両親にかまってほしかった私は、2階にある妹のオモチャを全て勢いよくひっくり返し、わざと大きい音を立てた。だが、これはすぐに逆効果と判明した。なぜなら、1階から「うるさいぞ!!アホか!!!しばきまわすぞ!!」という、何のひねりもない父の怒鳴り声が聞こえてきたからだ。本当に今にもしばいて回されそうな剣幕だ。どうせ片付けさせられる…と判断した私は、しぶしぶ自分でひっくり返したオモチャを自主的に片付け、その後は黙ってテレビを見ていた。

妹のことは可愛かったし、腹違いでも妹ができたのは嬉しかった。でも、両親をとられたように感じていたし、「お姉ちゃんやから」というだけの理由で何もかも我慢しろと言われることが、子供ながらにどうしても納得できなかった。そんな不満は、最終的に妹にぶつけてしまっていた。(重ね重ね、妹ちゃんごめんね)

またある日、下からはまた兄と両親のケンカの声が聞こえていた。両親の一方的な暴言にウンザリした兄は、ズカズカと階段をあがってくる。すでに2階の天井が小刻みに震えている。3階に駆け上がる兄。すると突然、

ガッシャーン!

ガン!ドン!

「うぁぁぁぁぁ!」と叫びながら、兄が暴れている。

いつものことだ。「あぁ、また壁に穴が増える…お兄ちゃんよりも天井が落ちてこないか心配」と、天井を眺めていた。3階の凄まじい音と振動で、ブルブル震えている天井はまるで怯えているように見えた。もう、うんざり。

極めつけは、ボロ屋生活の朝だ。狭いダイニングでキッチンで、父以外の5人が洗面所やトイレ争奪戦を繰り広げる。母は、自分以外の5人分の朝食と兄のお弁当を作っていたからか、朝から金切り声をあげていてうるさい。
 
 「もう!あんたら、はよ!ご飯食べて!」
 「お腹減らへん…」

のんびり屋な妹は、母にそう告げる。

 「はぁ?!ちゃんと食べて!もうこっちは時間ないんやから!」
 「俺の制服のシャツって、洗った?」
 「洗って、部屋に置いてるやんか!自分で見たら分かるやろ?!さっさとしいや!」
 「へーい、すみませんでした〜…」
 「お母さん。私はまだ時間あるし、お皿洗っておこか?」(←私)
 「当たり前やろ!そんなこと聞かんくても察してよ!!」

えええ〜…出た、必殺「察してよ」。母の得意技。忙しい母へのせっかくの気遣いを”当たり前”と言われ、無言で片付けを始める私。そこで、母の怒りをマックスにさせる人物がリングに入場。父だ。

 「おはよう。」

私たちはパラパラと父に挨拶を返す。それを認めた後、父が母に発した言葉が…

 「おい、コーヒーは?」

あかーん。それ言うたら…カーーーン!どこかでゴングが鳴る。

 「あああーーー!!!もう!!知らんよ!そんなん自分でやってよ!こっちは忙しいねん!見て分からへんの?腹立つわ!!」
 「あ”?お前、朝から何をそんなにキレとんねん。コーヒーは?って聞いただけやろが!」
 「ぅぅうわあああーーー!!もぉう!!!」

そうして始まる夫婦喧嘩。腹の底から怒鳴り合う両親の声が”退場の合図”と言わんばかりに、兄は逃げるように家を出ていき、私も妹の幼稚園の支度を整えて自分も学校へ向かう。後は野となれ山となれ、だ。

信じられないかもしれないが、これがバッタモン家族の”普通の朝”だったのだ。

外に出ると、さっきの喧騒がウソのように静かで鳥のさえずりが聞こえる。彼らは毎朝、あんなに叫んで疲れないのか?私は狭くてボロい家の状態よりも、あの面々に囲まれていることが辛くて仕方なかった。

バッタモン家族は、ここに10年ほど住んだ後3軒目の家に引っ越した。ボロ屋の天井はずっとブルブルしながらも、最後まで崩れることはなかったが、そのかわりに私たちバッタモン家族は跡形もなく崩れ去ったのだった。


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