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あちらのお客様から、エネルギーです。

私の近所には、ちょっと変わったお兄さんが住んでいます。

心の中では「クレイジー・エルヴィス」と呼んでいるのですが。
クレイジー呼ばわりもアレなので、ここでは「2020年のロックンローラー」とでも言いましょうか。

年の頃は、30歳前後。
175センチくらいで、アメリカ人にしては低めの身長。
ダーティブロンドの髪をリーゼントにセットしていて、スッとした顔だち。
細身だけど、めちゃめちゃマッチョ。
よくシャツを脱いでいるので知っているのですが、彼のシックスパックは実に見事です。


そんな無駄にハイスペックな彼が、私の近所の一角で、大声で歌い叫びながら、踊り狂っているのです。

イヤホンをつけているため、こちらに曲が聞こえないのと、彼がだいぶ音痴なので、何を歌っているのかはいまいちわかりません。

頻繁にシャウトして、激しくグルグルまわったり、こぶしを突き上げている様子から、ジャンルはロックンロールだと予想しています。


そんな2020年のロックンローラーの存在を知ったのは、コロナがきっかけでした。子供たちの学校が休みになり、いつもは利用しない近所の公園に連れていったある日、彼のシャウトに気付いたのです。

ただファーストコンタクトでは、「お外で仕事の電話かな?なんか揉めているのかしら」くらいにしか思っていませんでした。

が、次第に動きが激しくなる彼を見て、「もしや踊ってる!?」
一緒の公園にいたモンゴル人のママに聞いたら、「あの人はいつもあんな感じよ。でも歌って踊ってるだけ。特に害はないよ」と、言っていました。

なんと大らかな対応!
でも心配性の私は、子供たちの手を引き、慌てて家に帰ったのでした。


さて。この2020年のロックンローラーですが、存在に気付いてしまうと、忘れることなどできません。むしろ、彼のことが気になって、気になって、しかたがなくなってしまう。

同じく気になっている夫と情報交換をしていくうちに、彼の生態がだんだん明らかになっていきます。

彼が、毎日歌って、踊っていること。
早いときは朝8時前から、夕方20時くらいまで。
途中でランチ休憩や、水分補給のため、家に帰ること。
散歩している人たちから、大きく避けられていること。
たまに通報されるようで、ポリスに職務質問されていること。
夕方はバラードも歌うこと。ぜんぜん歌が上手くならないこと。


芝生というステージに立ち、太陽の動きに合わせて木陰に移動しながら、暑い日はシャツを脱ぎ、懸命に歌い踊り続ける、2020年のロックンローラー。

最初は怖かったけど、次第に彼の底知れぬエネルギーに、尊敬の念を抱き始めます。

すると不思議なもので、宇宙のくずれたバランスを彼ひとりが是正しようと懸命に働いている・・・ようにも、思えてくるのです。


ふと、その潤沢なエネルギーを何かに使えないか、という考えが浮かんでくる。

昔、東京駅でたくさんの大人たちが急ぎ足で会社に向かう様子を見て、「このエネルギーが利用できたら」と考えたことがありました。

「これからプレゼンだッ!」
「今日こそ、上司に認めてもらいたい!」
「不毛な職場恋愛、今日で終わりにするわよ!」
いろんなエネルギーが、東京駅のホームに溜まっているのです。これを使って、電車を走らせることはできないものなのでしょうか。

同じ要領で、エネルギーを与えたり、受け取ったりできたらいいのに。

一日が終わってエネルギーが余っていたら、バーに寄る。
そしてカウンターでしょぼくれてるあの人に、バーテンダーを介してそっと渡してあげるのです。

「あちらのお客様から、エネルギーです」と。


2020年のロックンローラーだって、エネルギーを誰かに与えることができたら、日々の活動が少しは報われるかもしれない。

彼はきっとこの瞬間も、いつものあの場所に立ち、全力で身体を振るわせているのだから。

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