2024年6月の振り返り
すごく濃かった6月
長かったなあ
ただてさえ、上半期が濃かったのに、
最後の上半期の6月は
コテコテに濃かった。
6月1日と2日旅行でエスコンフィールドへ
行ったのが遠い昔のように思えます
今月は
今後の人生を左右することばかりが起きた
まずは転勤
せっかく関西の生活に馴染んできたのたが、
和歌山から札幌へ転勤することになった。
元々北海道志望で入社していたこともあり
希望が通った形になるけど
関西離れるのは寂しい思いもある。
すぐに行くわけではないけど、10月から
生活する
場所は札幌
北海道で生活するのは約6年ぶりだけど、
札幌で暮らすのは約20年ぶり
ようやく「戻れる」嬉しさがある。
やっぱり札幌がいい
それは今月札幌へ行った時も薄々感じてもいた。
そして、もう一つ
「父の命が危ないことだ」
実は今日も日帰りで
東京へ行ってきた。
今この文章を書いてる時は
ICUに入院している。
医師からは【余命一年】と宣告されたが、
今は血小板が足りず、輸血してるけど
危ない状態だし、正直この一週間が
山場と言われた。
正直、父の死というのが受け止められない。
父はまだ68歳、3年前に癌を患ったのだが
完治していたはずだったのに
転移して、再発してた。
父は先月まで元気だったのに
今月に入ってすぐ容態が急変した。
今僕は26歳
なんの理由もないけれど、勝手ながら
親の死は自分が30代になってからだと思った。
考えられてないってことは
甘えていたんだなってことだと思った。
というか
覚悟とか以前に現実を受け入れらない。
今日はICUにいる父に5分会うため
和歌山から約3万円かけて会いに行った
いま繁忙期だし、正直言うと
家でダラダラしたいたかったけど
これを逃して親父に会えなくなるって
居ても立っても居られなかった
新幹線のチケットを買っていた。
東京にいたのはまじで3時間ぐらい
往復10時間の移動は
今日も何もできなかった。
父には生きていてほしいけど
現実がある。
より良い形で最期を迎えてほしいと
今は思う。
悲しいとかはまだ先だ
いまは僅かな希望を持ちたいと思う。
最後に
6月1日、2日は
エスコンフィールド北海道
行ってきました。
この時はまだ父のことが判明する前だったので
今思うと発覚からいままで短いなと思った。
エスコンはDeNA戦
大学時代のベイスターズファンと観に行きました
やっぱり、友人たちとの旅行は最高ですね
久しぶりにはっちゃけられた気がする
またはっちゃけれるように頑張ります
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