なぜ、物理的距離が近いほど心理的距離も狭まるのか?ーー「ボッサードの法則」
仕事やプライベートの場面で、「物理的距離が近いほど心理的距離も狭まる」ことはよく知られているでしょう。
これを発見したのが、米心理学者であるJ.H.S.ボッサード(James Herbert Siward Bossard)氏です。通称、「ボッサードの法則」と言われていますが、なぜ物理的距離が心理的距離に影響があるのでしょうか?
そもそもJ.H.S.ボッサード氏は何者か?
こうした法則は、しばしばその内容の面白さだけが強調され、提唱者の存在自体にはそれほど目を向けられることはありません。
これは「ボッサードの法則」も同じです。恋愛心理学などの人気によって、この法則の内容だけが知られていますが、肝心のボッサード氏自身はあまり知られていないのです。国内では、"心理学者"という肩書きで知られていますが、ボッサード氏は本当に心理学者なのでしょうか?
結論から言えば、ボッサード氏は、実際のところも大学機関に勤務していた心理学者であることが確認できます。国内では彼の経歴についての情報はあまり見当たりませんが、米国で出版される彼の著作を調べると、次のような紹介があります。
米国屈指の名門校・ペンシルバニア大学で教鞭を執る教授であり、学術的なバックグラウンドもしっかり有しています。では、こうしたボッサード氏は、その法則を通じて何を提唱したのでしょうか?
「ボッサードの法則」は何を明らかにしたのか?
広く知られている「ボッサードの法則」によれば、物理的距離が近いほど心理的距離も狭まるとされています。しかし、原著の論文を読むと、広く出回っている「ボッサードの法則」には、やや論理飛躍している箇所が見受けられます*1。
まず、論文で示された調査概要を見てみましょう。
調査では婚約中のカップル5,000組を対象として行われています。このうち、33パーセントがお互い5ブロック以内に住んでおり、さらにこのうち12パーセントがすでに同居生活を始めていたことが明らかになりました。1ブロックの距離は都市によってさまざまですが、1ブロックおおよそ50~250メートルに収まると仮定すれば、徒歩25分以内に住んでいるということでしょう。
ボッサード氏が提供した事実は興味深いものですが、こうした事実がいつの間にか一人歩きをして「物理的距離が近いほど心理的距離も狭まる」という結論に行きついてしまっているのです。若干の論理飛躍を感じることでしょう。
たとえば、「因果関係のように語られているが、相関関係でしかないのではないか」といった疑念や、「物理的距離以外の要因も考慮されているのか」といった疑問が生じます。また、「そもそも調査対象は、それなりの関係性を築いているカップルで良かったのか」という点も考慮しなければなりません。
ただし、論理飛躍を感じつつも、「物理的距離が近いほど心理的距離も狭まる」という点については多くの方が経験則的に共感できるところもあるでしょう。
なぜ、物理的距離が近いほど心理的距離も狭まるのか?
ここで更にご紹介したいのが、「アレン曲線」という法則です。
これは米経営学者、トーマス・アレン(Thomas Allen)氏が著書『Managing the Flow of Technology』で提唱した法則で、物理的距離と人々のコミュニケーション頻度には強い負の相関があるということを明らかにしたものです。具体的には、席の近い同僚とは、4倍も多くコミュニケーションを取るのに対して、距離が離れてフロアや建物が別になると、連絡を取り合わなくなるというものです。
要するに、物理的に近ければ近いほど、自然とコミュニケーション頻度も高まるということです。あくまで解釈に過ぎませんが、コミュニケーション頻度が高ければ、お互いの性格や価値観を理解しやすくなり、それが信頼関係の構築につながり、結果的に仲良くなりやすくなるというわけです。当たり前のことかもしれませんが、「物理的距離が近いほど心理的距離も狭まる」という法則のロジックを丁寧に解きほぐせば、こうしたメカニズムが働いていそうです。
「ボッサードの法則」と「アレン曲線」から導かれる結論は、「コミュニケーション頻度が大事!」という至極当たり前なことでした。ただし、当たり前ではありますが、現代ではフルリモートが一般的になりつつある中で、この2つの法則から学べることは多いでしょう。もちろん、実際には頻度を高めただけで簡単に仲良くなれるわけではなく、関係性の発展には多くの段階を踏む必要がありますが、コミュニケーションの在り方を再考する上で大事な視点だと思います。
(参考文献)
*1 James H. S. Bossard (1932). Residential Propinquity as a Factor in Marriage Selection. The American Journal of Sociology. vol.38,No.2 pp.219-224
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