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20年来のメアドを捨てた夜。
このたまご焼きと焼酎ロックを、うきうきと摂取していた頃は、まだ、知るよしもなかったのだ。
戦いの火蓋が切って落とされたのは、昨日の20時27分。このとてつもなく半端な時間帯から一晩中、私あてのメールが、1分に15本、つまり4秒に1本、それはもうエンドレスで押し寄せた。
ちょっと目を離したら、未読数が「300」とか「400」とかを軽く超える。送り主はどれもまるで身に覚えのない相手だ。だって、みんな英語だ。みんなして、英語で、「お前が送ったメールは届かなかったぞ!」って叱りつけてくる。
送ってねーよ。そんなメール、1通も送ってねーのよ。
こういうとき、人はたぶん、あっさりとメアドを変えるのだと思う。でも私には、あっさりとそっち岸に渡れない事情があった。
このメアドは20年前、まだ世間が「インターネット」なんかに翻弄されていなかった頃に決めたものである。当時、私は演劇雑誌の編集アシスタントとして勤めたてだった。
隣席のオペレーター氏が、「ステージオアシス」という私設演劇情報サイトを運営していた。編集部に押し寄せる、数多の演劇情報を埋もれさせるのが惜しくて、編集部の許可をとって、それをネット上に開放していたのだ。当時はまだ「雑誌の公式サイト」なんていう概念がなかった。信じられないけど、公式サイトを持ってる雑誌なんて、当時は全面的に少数派だったのだ。
そのオペレーター氏が、編集部を辞めることになった。私は激しく動揺した。
「ステージオアシス」を継がせてくれませんか! 私はそう、直訴した。いいですよ、とあっさりすぎる返事がきて、そこから先はもう、好き放題にやりまくった。
まず、読者からのメールが私あてに直接届くようにした。あの舞台すごかったねえ!って、互いにはしゃぎ合うためだ。そんなメッセージの行き来だけで、新コーナーがいくつも生まれた。前任のオペレーター氏には、月イチでフロッピーディスクに「ステージオアシス」の変遷を保存して送りつけた。今じゃ信じられないけど、彼は、ネット環境のまるでない場所へ行ってしまったからだ。
とんでもない舞台があったら、みんなから投稿を募った。一番はじけたのは宮本亜門演出の「BOYS TIME」(99年初演)だ。ウルフルズの楽曲をミュージカルにしたその舞台で、佐藤隆太が、森山未來が世に出た。出まくった。まだ神戸在住の中学生だった森山未來に、私はひとりで、生まれてはじめて単独インタビューした。どうしてもカメラに向かって顔を作れない彼に、困り果てた私は、カメラを彼に押し付けた。「ご自分で撮ってみてはどうでしょう?」。それでやっと、カメラ目線の一枚が撮れた。「自撮り」なんてワードが生まれる、ずっとずっと前のことだ。
今、私は、演劇から完全に手を引いてここにいる。演劇から完全に手を引いて、一ファンとして「いだてん」を観ている。森山未來の持てるポテンシャルが全面的に生かされている。阿部サダヲだって、何度となく取材した俳優さんのひとりだ。ドラマが始まった頃は、取材できない歯がゆさに地団駄を踏む自分がいなくはなかった。でも最終回を前にして、なんだろう、気持ちはとても安らかなのだ。
私は、私の人生を生きている。演劇界でもライター界でもない、どこにも帰属しない、私の人生を。そんなふうに思えるようになっていったグラデーションが、まさに、2019年まるごとなのだ。こないだの「THE MANZAI」の「千鳥」みたいなことを、今、私は、思っている。
開いとる店は開いとるし、閉まっとる店は閉まっとるんよ。
縁がある人には縁があるし、そうでない人は、そうでないんよ。
私が20年間、メアドを変えられずに来たのは「今は疎遠になってしまった人と、連絡の手段が完全に途絶えてしまうこと」を極度に恐れてのことだった。
でも今は、それが、まったく怖くない。
疎遠な人は、その必要がないから、連絡してこないだけ。
それだけのこと。ほんと、それだけのことなのだ。
これからの私に、何が待ち受けているんだろうなと思う。かつて取材を重ねていた華やかな人たちと、もう二度と会えないのかもしれない。でも、そのぶん、あのままでは決して出会うことのなかった人たちと、これから出会うことができるのだろう。
その出会いの価値に、是非はない。どちらが上でも下でもない。
今回のメアド変更で、お別れになってしまう方たち。どうかそれぞれの場所で、元気でいましょう。そして、新しいメアドで出会う、あなたへ。爆発的に、面白い出会いにしましょうね。(2019/12/11)
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