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エッセイのご紹介421 ヤンコの綱引き(小黒恵子著)

 こんにちは。小黒恵子童謡記念館です。

 今までは、神奈川新聞のリレーエッセイをご紹介してきましたが、今回は、神奈川新聞のサンデーブレイクに掲載されたエッセイをご紹介いたします。

 記念館には、多くの自筆の原稿が残っているのですが、今回のエッセイは掲載文しか残っていないので、掲載文をご紹介します。また、この作品名は、下記のタイトル一覧には載っていません。この作品がサンデーブレイクの原稿の最後になったようです。
 詩人の書いたエッセイ、独特の言葉選び等を感じていただけると幸いです。

エッセイ タイトル一覧(小黒恵子自筆の原稿より)

「ヤンコの綱引き」
                                     神奈川新聞 平成6年11月27日 サンデーブレイク
                     詩人・童謡作家 小黒恵子

 横浜の公園通りの銀杏(いちょう)並木の黄葉が美しい日曜日、私は久しぶりで山下公園に行った。
 その日“赤い靴をはいてた女の子”の像が十五歳の誕生日を迎え、像の前で同じく十五回目の赤い靴児童文化大賞の授賞式があった。
 そのあと、子供たちの恒例のヤンコの綱引きがあって、大人たちを笑わせ楽しませてくれた。綱引きの時、赤い靴ジュニアコーラスによって、ヤンコの綱引きの合唱が楽しさとにぎやかさを一層増していた。
 “ヤンコの綱引き”の由来は、エルドラドの時代に中国の金持ちが船を仕立てて、アメリカ西海岸に一攫千金の夢みて金鉱探しに遠征し、その帰途は水と食料調達のため横浜に寄港したそうだ。
 その時、船火事を起こして金塊もろとも海の藻くずと消え去った船があった。
 後日、入札にかけられヤンコという人が落札し、大がかりな引き上げ作業をして大成金になったそうだ。そのヤンコにあやかろうと、浜辺の村人たちが船のロープで綱引きをしたということだ。
 この話を、“赤い靴文化事業団”の松永春団長から伺い私は早速、作詞して高木東六先生作曲の合唱組曲「港横浜若いカモメたち」の中の一曲となった。
 人々の喜びや悲しみを包んで、港や山下公園周辺や歴史的建造物、そしてベイブリッジや近代的ビルが、港の風景になじんで美しい。
カモメや鳩(はと)の乱舞がひときわ美しく印象的だった。

1994(平成6)年11月27日 神奈川新聞サンデーブレイク掲載の掲載文

 最後までお読みいただき、ありがとうございました。
 次回は、読売新聞に掲載された小黒恵子の原稿をご紹介します。(S)


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