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小椋 杏
2015年3月26日 05:17
俺は寝不足で赤くなった目を擦って、油断すると漏れそうになる欠伸を噛み殺した。こんなことで依頼主の機嫌を損ねてしまっては、依頼料に響くかもしれない、そう考えたからだった。「……ここには嘘はひとつも混じっていないんですね?」 今日七度目の質問を、依頼主はまた口にした。そんなに俺を信用できないなら、自分で調べろよ――俺は内心でそう悪態をつきつつ、それでも満面に笑顔の仮面を隙間なくぴったりと貼り付け
2015年4月2日 12:30
俺は小さな喫茶店のテーブル席に、一葉(かずは)と向かい合って座っていた。 一葉は運ばれてきたチョコサンデーを美味そうに頬張っている。たまに思い出したように紅茶に手を伸ばす。俺は一葉の様子を、ただぼんやりと見ていた。何をどう切り出そうか、そんなことばかり考えていた。「ああ。美味しかった」 一葉がかちゃりとスプーンを置いたのをきっかけに、俺は口を開いた。「君に聞きたいことがあるんだけど」
2015年4月13日 19:40
俺はようやく我に返って、ラークを灰皿に押し付けて消した。コーヒーのお代わりを持って来て、一葉(かずは)を真っ直ぐに見た。一葉が顔を上げる。「どういう意味だ。説明してくれるか?」 一葉が僅かに頷いた。「中学三年の時の誕生日にね、アタシと二葉(ふたば)はファミレスで二人きりの誕生会をしていたの。アタシにはもちろん自由に使えるお小遣いなんてなかったら、二葉がおごってくれたんだけど。二人でふざけあ
2015年4月28日 13:23
「……わたしね、お義父さんにもお母さんにも愛されていないのよ」 二葉(ふたば)はそう話を切り出した。「お母さんは再婚するまで、いつも必死に働いていたわ。そりゃそうよね、女手ひとつで子供を育てるなんて、大変なことだもの。わたし、お母さんにあんまり甘えた記憶がないの。お母さんはいつもいつも、怖い顔をしていた。甘えちゃいけないんだ、って思いながら生きていたの」 二葉はゆっくりと、過去を遡るような目