ー 3 ー

 俺はようやく我に返って、ラークを灰皿に押し付けて消した。コーヒーのお代わりを持って来て、一葉(かずは)を真っ直ぐに見た。一葉が顔を上げる。
「どういう意味だ。説明してくれるか?」
 一葉が僅かに頷いた。
「中学三年の時の誕生日にね、アタシと二葉(ふたば)はファミレスで二人きりの誕生会をしていたの。アタシにはもちろん自由に使えるお小遣いなんてなかったら、二葉がおごってくれたんだけど。二人でふざけあったりお喋りしたりして、すごく楽しかった」
 一葉の目が遠くを見る。過去を見ているのだろうか。
「アタシね、それまでに親父から貰った小銭程度のお小遣いをはたいて、二葉にプレゼントを買ってたの。ちゃんとブランドのロゴの入った、一枚千円くらいするハンカチを、二枚も。アタシにとっては大きな買い物だったし、二葉のことを考えて一生懸命選んだ。二葉にね、おめでとう、って渡したの。二葉は喜んで受け取ってくれた。アタシもすっごい嬉しかった。もっと嬉しかったのは、二葉もアタシにプレゼントをくれたこと。二葉はペンダントをくれたわ」
 一葉がテーブルの上でぎゅっと拳を作った。俺には一葉が泣いているように見えたが、そうではなかった。
「しかも、自分とおそろいのペンダントなんだよ、って。小さなブルーの石のついた、かわいいペンダントだった。……嬉しかった半面、二葉が羨ましかったわ。そのときのアタシには逆立ちしたって買えないようなペンダントを、一度に二つも買えるんだから。それからしばらくお喋りしてたんだけど、ふと二葉が腕時計を見たの」
 楽しく一緒に過ごしている相手が時計を見る。それはその楽しい時間が終わりに近いことを告げる行為だ。俺もなぜか切ない気持ちになって、一葉を見つめる。
「まだ早いじゃない? ってアタシ言ったの。そしたら二葉は首を振ってね。こう言ったのよ! わたしのお誕生日で外食するから、早めに帰って来い、ってお義父さんに言われたのよ、って!! 嬉しそうに!!」
 一葉が興奮して声を荒げた。俺は一瞬驚いて背筋が伸びた。一葉は頭を抱えるようにテーブルに伏せた。一葉の腕の隙間から、くぐもった声が漏れ出た。
「……アタシがどれだけ悲しかったか解る? アタシの親父はアタシの誕生日を祝ってくれたことなんて一度もなかった。あたしだってそう。何で生まれてきたんだろう、そんなことばっか考えてた。――中学三年の誕生会は、初めてアタシが楽しいと思えた誕生会だった。それが一瞬にして惨めで悲しい誕生会になったのよ――」
 沈黙が辺りを支配した。俺は言葉もなく新しいラークに火を点けた。
 一葉は不幸な少女だ。
 ささやかで当たり前の幸せさえも、一葉にはなかった。初めて知った家族の温かさが無残に砕けるのが、目に見えるような気がした。しかもそれを砕いたのは、温かさを与えてくれた本人――二葉だ。しかも二葉は、そのことを知らない。
「……それからはね、アタシ、考え方を変えることにしたの。二葉はアタシが持ってないもの何でも持ってる。だから分けてもらえばいいんだ、ってね。さすがにお金をせびったことはないけど、何でもおごってもらったし、靴とか服とか買ってもらった。二葉の持ってるものを無理やり貰ったことだって何度もある。でも二葉はいつも『一葉ちゃんになら何でもあげるわ』ってにこにこしてた。二葉にたかったのよ、アタシ」
 一葉の腕の間から、かすかな笑い声が聞こえた。胸をえぐるような、深く響く気味の悪い笑い声だった。
「最初は胸がすっとしたわ。……でもね、二葉に対する憎しみはちっとも薄れないの。何もかもが憎くて、惨めな自分も憎くて、これ以上二葉に会わない方がいい、って思うようになった。生き別れになった時点で、もうアタシには双子の妹なんていなかったんだ、って思うようにしたの。そしたらちょっと楽になった。二葉が連絡してきても、わざときつく当たったり冷たくしたり。そのうち二葉も諦めるだろうと思って」
 一葉が深く息を吸う音が、俺の耳に届いた。一葉はそうして二、三度深呼吸をしてから、こう言った。
「今でもね、時々考える。もしアタシたちが逆の立場だったらどうなっていたんだろう、って。でも惨めな気持ちになるだけ。双子だからこそ、余計に憎くて――惨めだった。それを全部忘れようと思って、アタシには妹なんていないんだ、って思うようにしてきたのに……まさかこんなことまでしてくるなんてね――ばかな娘」
 一葉の最後の言葉は、不思議な温かさに満ちていた。
「ほんっっっっっとに、ばかなんだから」
 一葉が顔を上げた。一葉の顔は涙でぐちゃぐちゃになっていた。一葉は自分の心を曝け出した恥ずかしさからか、俺とは目を合わせずにトイレに立った。
 俺は手持ち無沙汰で、一葉を待つ間にもう一本、新しいラークを喫い始めた。
 俺には、なんとなくだが一葉の気持ちが解った。自分にないもの――お金も、温かな家庭も持っている二葉。一葉は二葉にたかりながら、心のどこかでそれに負い目を感じていたはずだ。それで結局、惨めな自分を思い知り、二葉を憎む一方で自分自身をも憎んだのではないか。生臭い感情をずっと抱えて生きてきた一葉。俺の脳裏には、膝を抱えてうずくまる一葉の姿が浮かんでいた。
 俺がラークを消して、冷め切ったコーヒーを飲み干したところで、やっと一葉が戻ってきた。戻ってきた一葉は、穏やかな表情で俺を見ていた。
「……これ以上二葉を憎みたくないし、アタシも惨めになりたくない。だから二葉には会えない。二葉にも迷惑かけちゃうし」
 一葉はまるで別人のような柔らかな口調で言った。
「アタシにできるたった一つのことは――二葉にアタシの気持ちを悟られないようにすることだけ。気が変わったとか、何かあったとか、そういうふうに思われても仕方ないけど、アタシが二葉を憎んでいた、なんて、多分二葉を傷つけるでしょ。あの娘がアタシを一時期助けてくれたのも事実だし、できることなら傷つけたくないんだ」
 そうして一葉は、俺を見つめて笑った。
「……傷つかずに生きていくことなんて、無理だって解ってるんだけどね。わざわざ傷つけることないじゃん?」
「――そうだな」
 俺はたったそれだけを言うのが精一杯だった。ある意味で、一葉は人生の中の「真実」を知っている。俺がごまかしや嘘を言ったところで、一葉にはばれてしまうだろう。今まで傷ついてきて、やっとそれを自分の力で乗り越えようとしている一葉を、深い意味もなく傷つけるのは嫌だった。
「アタシにできるお姉さんらしいこと、って、もうこれしか残ってないの」
 一葉が寂しそうに呟いた。二葉に真実を悟らせないこと――そのために自ら二葉から遠ざかること、それが今の一葉の精一杯なのだ。多分それが奇麗事に過ぎないことは、一葉が一番よく知っているはずだった。
「……だから、二葉には言わないでね」
「解った」
 俺はそう答えると、伝票を掴んだ。
「――すまなかった」
「何が?」
 少しだけ赤い目で、一葉がじっと俺を見る。
「無理に話させたことだよ」
 俺がぶっきらぼうにそう言うと、一葉は目を丸くした。
「いいよ! これくらい平気! アンタ探偵のくせに、変なとこに気を遣うのね?」
 そう言って、さも可笑しそうに笑う一葉の開襟シャツの胸元で、小さなペンダントが揺れていた。


 俺は事務所のソファで、そろそろやって来るであろう二葉を待っていた。
 一葉には全てを内緒に、依頼は突っぱねる、と約束したが、俺は二葉に一葉の状況を出来るだけ細かく語るつもりでいた。――もちろん、一葉が二葉に憎しみに近い感情を持っている、ということは除いて。その感情にしても、深い愛情の裏返しであることは解っていた。俺に解るくらいなんだから、一葉もそれにとっくに気付いているに違いない。それでも一葉は二葉と離れることを望んでいる。――今の一葉には、それ以外に自分の感情をコントロールする方法がないのだろう。
 もし仮に今までどおり二葉と仲良く出来たとしても、ふとしたきっかけで瞬間的に一気に膨らむのは、憎しみや怒りといった負の感情だ。今までそれを抱えながら生きるしかなかった一葉の傷は、深く重い。二葉がどれだけ努力したところで、二葉には一葉の気持ちを解りようがない――そういった経験をしていないのだから。それでは結局、一葉の抱える傷は癒えないし、二人の間の溝は埋まることはないだろう。
 やがて二葉が事務所にやって来た。俺は二葉に茶を煎れてから、一葉の状況を事細かに報告した。二葉はじっと聞いている。
 最後に俺は、こう言って話を締めた。
「……ですから一葉さんは、これ以上あなたに迷惑をかけたくないから、傍にいない方がいい、そう判断されたんです。あなたのような名門校に通う生徒が、不良と付き合いがあると解ってしまったら、あなたの評判まで悪くなってしまう、そう思ったんだそうですよ。何より世間の目がありますからね」
 あまり説得力のない言葉だが、この際は仕方がない。後は二葉がどう思うかだ。二葉は俺を真っ直ぐに見つめて、こう尋ねた。
「……嘘は言ってないですよね?」
「もちろんです」
 俺は胸を張って答えた。隠していることはあるが、それは嘘とは言わない。
「本当に、本当に一葉ちゃんはそう言ってるんですか?」
「ええ。あなたと自分には大きな隔たりがあるんだから、と。一葉さんの気持ちを汲んで、もうこれ以上はやめましょう」
 俺は二葉を説得にかかった。二葉はしばらく何かを考えているようだった。そして思い切ったようにこう切り出した。
「解りました。もう調査していただかなくて、結構です」
 俺は内心ほっとして、胸を撫で下ろした。
「でも、ひとつお願いがあります」
 お願い? なんだろう、そう思って俺は問い返した。
「何ですか? お願いって」
「一葉ちゃんと直接話が出来るように、交渉してもらえませんか?」
「……はい?」
 俺はそれきり、しばらく言葉も失って、穴があくほど二葉の顔を見つめた。二葉は強い目で俺を見返していた。
「……わたしには今さら、気にするような世間の目なんてないんです。――でも、一葉ちゃんが本当にそう思っているなら、直接そう言ってもらいたい。何とか直接話が出来るように、一葉ちゃんに聞いてみてもらえませんか? もちろん、その分の報酬はお支払いしますから」
 俺は頭を抱えるしかなかった。
 どうしてこの娘は、そんなにこだわり続けるんだろう。俺は大きくため息をついて、それでもこう言ってみた。
「多分無理だと思いますよ。一葉さんはあなたに迷惑をかけたくないから、自ら引こう、そう思っているんですから」
「無理かもしれなくても! お願いです、これで一葉ちゃんが取り合ってくれないなら、わたし、諦めますから! お願いします!」
 二葉が深く頭を下げる。
 仕方がない。とことんまで付き合うか。
 俺は腹を括った。別に報酬が貰える、というのも、ある意味では俺にとっては魅力的な殺し文句
だった。
 俺は三日後の夕方六時に、二葉と駅で待ち合わせることにした。それから一葉のバイト先のファストフード店に行けば、バイトが終わって帰る一葉を捕まえられると踏んだからだ。二葉は俺に深々と頭を下げてから、帰って行った。
「……やれやれ」
 また一葉にどやされることを思うと、少しだけ憂鬱になった。が、それも仕方がない。俺の依頼主は二葉なんだから。二葉の意向に沿って行動することが、俺の仕事だ。
 俺は自分にそう言い聞かせると、なんだか急に疲れを感じて、そのままベッドに直行した。


 俺が待ち合わせ場所である駅の改札口につくと、二葉は既に俺を待っていた。
「……随分早いですね」
 俺がそう声をかけると、二葉は俺を見上げて、笑った。
「一葉ちゃんと会えると思ったら、なんだか落ち着かなくて。さ、行きましょう?」
 俺は二葉と連れ立って、電車に乗った。たった四駅――時間にして二十分弱の距離は、二葉にとっては遠かったのだろう。それを超えて今、一葉に会えるという気持ちが、二葉を興奮させているようだった。
 電車が目的の駅に着いたのは、六時半を少し回ったところだった。一葉は確か七時にバイトが終わるはずだ。ここから一葉のバイト先であるファストフード店までは十分もかからない。まだ早いが、遅れるよりはいい。歩きながら、俺は二葉にそう説明した。二葉はいくらでも待ちます、と強く言って、俺について来た。
「ほら。あそこだよ」
 道路を挟んだ向こうに、一葉のバイト先があった。二葉は食い入るようにファストフード店を見つめる。
「今から俺は店に行って一葉さんを連れてきますから、二葉さんはそこの本屋ででも待っていて下さい」
「わたしも一緒に!……」
「いや、もしかすると一葉さんは、あなたを見たら逃げるかもしれないですから。会いたくない、と言っていたんですからね。いいですね?」
 二葉は何か言いたそうに俺を見上げたが、何も言わずに本屋に向かった。俺は二葉が本屋に入るのを確かめてから、ファストフード店に足を運んだ。
 店内に入ると、顔見知りになってしまったバイトの女の子が話しかけてきた。
「あれ? 久しぶりですね」
 女の子は屈託なく笑った。俺も笑顔を返す。
「また一葉?」
 俺が頷くと、女の子はまた笑う。
「マジで一葉に惚れてんの?」
 俺ははは、と笑ってごまかした。それを照れ笑いと勘違いしたのか、女の子はこう言った。
「一葉もうすぐ上がりだから、ちょっと待ってて。……その間にコーヒーでもどう?」
 女の子は抜け目なく言って、軽くウィンクした。俺はコーヒーを頼んで、傍の椅子に腰掛けた。すぐに女の子がコーヒーを持ってきたので、俺は代金を払う。
「ごゆっくりどうぞ」
 女の子は意味ありげに微笑んで、消えた。俺はラークを取り出して、ゆっくり喫った。七時まであと十分ほど。一葉は店の奥にいるのだろう、姿が見当たらなかった。
 しばらくすると、「お疲れ様でしたー」という声とともに、一葉が奥から姿を現した。一葉は俺の姿を見て、ぴた、と足を止めた。
「なんなの、アンタ? もう来ないんじゃなかったの?」
 一葉の冷たい言い方に、俺は苦笑するしかなかった。
「悪ぃ。……ダメだったんだ」
 店を出ようとする一葉の後について、俺は一葉にそう言った。
「ダメって何が――」
 そこで一葉が足を止める。一葉の視線の先に――二葉がいた。反射的に走り出そうとする一葉の腕を取って、俺は二葉に声をかけた。
「待っていてください、そう言ったでしょう?」
 二葉は何も答えずに、ただじっと一葉を見つめていた。一葉は俺が掴んだ腕を必死に振りほどこうとしながら、俺を睨みつけている。
「約束が違うじゃないっ! どういうことよ!」
「……どうしても君と直接話がしたい、そう言って聞かないんだよ」
 俺は肩をすくめてみせた。一葉は暴れるのをやめた。二葉が俺たちに駆け寄ってきた。
「一葉ちゃん……ずっと会いたかった――」
 二葉はうっすらと涙ぐんでいた。一葉は二葉と視線を合わせずに、冷たく言う。
「アタシはアンタに会いたくないって、そう言ったはずよ!」
「うん。……でも、どうしても会いたかった。これで最後でいいから。お願い、一葉ちゃん、少しでいいから、話をしよう?」
 二葉は懇願した。一葉は大げさにため息をついて、それでもやっとこう言った。
「……もう二度と会わないから。これで最後よ。いい?」
「うん」
 一葉の言葉に、二葉は瞳を輝かせた。俺たちは三人で連れ立って、あのファミレスに入った。相変わらず混雑したファミレスでは、禁煙席しか空いていなかった。俺は煙草を諦めて、とにかくすぐに座れる方がいいから、と禁煙席に向かった。
 たまたま禁煙席の一番奥に案内されて、俺は少し安心した。これなら一葉と二葉が言い争いを始めたとしても、それほど回りの迷惑にはならないだろうと思ったから。もちろんこの二人にだって、場をわきまえることぐらいはできるだろうし。
 一葉が一番奥に座り、二葉はその向かい側に座った。俺は一葉が逃げ出すことができないように、用心のために一葉の隣に座る。取り合えず夕食を取ることにして、それぞれに思い思いの食事をオーダーした。食事をしている間は、恐ろしいほど穏やかだった。もっぱら二葉が一葉に話し掛け、一葉も多少素っ気無いとはいえ、二葉に答えていた。二葉は明らかに嬉しそうで、俺は心が痛んだ。
 食事が終わると、一葉はすぐに帰ろうとした。二葉はそれを引き止めた。そして、一葉を真っ直ぐ見つめながら言った。
「迷惑をかけるから会いたくないって、本当なの?」
 一葉はちらっと俺を見た。俺はただ頷いた。一葉はそれで悟ったようだ。
「そうよ。アタシとアンタじゃ世界が違いすぎるのよ」
「迷惑だなんて、思ってないよ? いいじゃない、前みたいにお喋りしたりショッピングに行ったりしよう?」
「……今はそうかもしれないけど、これからいろいろあるでしょ。きっと迷惑だ、って思うようになるよ」
 一葉はわりと落ち着いた様子で答えていた。俺はそれにほっとして、それでも気を抜かずに二人を見守っていた。
「そんなことないよ! 一葉ちゃんはわたしのたった一人の姉妹なんだよ? 会えないなんて辛いし悲しい」
 二葉はそう言って俯いてしまった。一葉は二葉を黙って見つめた。俺はポケットの煙草を探って――ここが禁煙席なのを思い出した。
「……いい加減にしてよ」
 一葉が抑えた口調で言った。自分で自分を抑えているのだろう。
「もう限界。アンタ、アンタがアタシにどれだけ惨めな思いをさせてるか、解ってて言ってるの?」
 二葉が驚いて一葉を見た。俺も息を呑む。
「アンタ、アタシに同情してるんでしょ。『たった一人の姉妹』? 冗談じゃないわよ。アンタには両親も弟もいるじゃない。いい学校に行かせて貰って、お金もたくさんあって、だからアタシを憐れむの? やめてよ。迷惑なのは、こっちなの!」
 一葉の言葉に、二葉は何も言い返せなかった。ただ、一葉をじっと見つめている。
「アンタはいいわよね、恵まれてるんだから。それをアタシに見せびらかして、それで自己満足してるだけなんでしょ? 何で双子なのに、アタシだけこんな惨めな思いをしなきゃならないの? 世の中不公平だわ! アンタの『姉妹ごっこ』には、もううんざりなのよ!」
 一葉はまくし立てると、二葉を思い切り睨みつけた。二葉はがっくりとうなだれると、肩を震わせている。泣いているのか。しかし俺には、一葉も泣いているように感じた。結局二葉を傷つけることしかできない自分を、一葉は責めているに違いない。
「……『姉妹ごっこ』なんて言わないで……。ほんとよ、わたしには、もう一葉ちゃんしかいないの――」
 二葉が搾り出すように言った。一葉はそれを冷たい瞳で見ている。
「適当なこと言わないでよ。そんな言葉にだまされるほど、アタシはお人好しじゃないんだから」
 一葉はそう言うと、俺にどいて、と言った。俺は二葉がまだ何か言いたいのではないだろうか、そう思って動かなかった。
「どきなさいよ! 帰るんだから、アタシは!」
 一葉が怒鳴る。俺は二葉を見たが、二葉は何も言わず、ただうなだれて肩を震わせるだけだった。俺は仕方なく立とうとした。
「待って」
 二葉が顔を上げて、立ち上がりかけた俺と、鞄を抱えた一葉を見た。
「わたしの話、聞いて? 嘘なんか、言ってないから」
 二葉の蒼ざめた顔には悲壮感が漂う。俺は再び腰を下ろした。一葉も戻る。しかし一葉は、まだ二葉を信じていない顔つきだった。
「……さっさと話しなさいよ」
 一葉がぽつりと漏らした言葉に、二葉は嬉しそうに頷き返した。一葉が自分の話を聞いてくれる、それだけが救いだったのかもしれない。それでも、二葉の顔色は驚くほど白くて、俺にはなんだか死人のように見えた。
 実際に二葉は、死んでいたのかもしれない。二葉の話の内容は、俺が想像もできないような内容だった――。


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