村上春樹ライブラリーでの読書時間
昨年オープンした早稲田大学キャンパス内にある村上春樹ライブラリーに行きました。三度目の訪問です。
(オープン直後は予約枠の争奪戦が起こっていましたが、今はだいぶ予約が取りやすくなっています。)
滞在できるのは90分、図書の外部持ち出しは不可、ということで一冊まるっと読むことは難しいのですが、今回試し読んだ二冊の本の感想です。
クリエイティブな作家なら○○しない
一冊目は「ウンベルト・エーコ の小説講座」です。
彼はイタリア生まれの中世美学を専門とする研究者で、48歳で処女作「薔薇の名前」を発表。それが世界的なベストセラーとなった後、6冊の小説を生み出し、2016年に84歳でこの世を去りました。
その彼が77歳のとき、アメリカの大学で学生向けの講義を3日間行ったものをまとめた本がこちらになります。
副題の「若き小説家」はウンベルト・エーコ さん本人のことで、「自分は小説家の仲間入りをしてからまだ28年しか経ってない、将来有望な若手小説家だ」という内容を冒頭に伝えます。
「28年」と聞くと、おそらく一般的な日本人には大ベテランの印象を与えそうですが、ここまで自信たっぷりに「若手だ」と言われると、つっこむのも忘れて「え、ああ、そうなんですね」と同意してしまいそうです。
なかなか茶目っ気がある方のようですね。
さて、本の中身はどこを読んでも「こういうの村上春樹さんは好きそうだな」というエピソードがたっぷり詰まっていますが、短い試し読み時間の中で特に印象深かったのは「クリエイティブな作家は自分の作品について読者に解釈を与えない」「テクストは読者の多様な解釈を引き出すための装置」という部分です。
村上春樹さんも自身が生み出した小説に対してまさに同じ態度で接しているような気が私はします。
想像力の対極にあるもの
二冊目は村上春樹さんが著した「職業としての小説家」。
実のところ、私はこの本を2016年の発刊直後に読んだはずなのですが、当時は今のよりも読書量がうんと少なく、浅い見識しか持っていませんでした。それなりに読書量が積み重なった今読んでみると、以前は気にしていなかった細かな部分も心に響きます。
学校についての話の部分は、直近で教育関係の本(※)を読んでいたので特に気になりました。(※↓こちらに読書感想をまとめています)
村上春樹さんも、ウスビ・サコさんと類似の学校の問題点を指摘していましたが、問題の一部を端的に著した具体事例として1990年に神戸内で起こった「高校生校門圧死事件」に触れています。事件から30年以上が経過しており、詳細を知らない方もいると思うので概要を記載します。
(この概要の出典は村上春樹さんの本ではありません。個人的に調べました。万が一誤り等があればご指摘ください。)
事件の起こった高校では、遅刻の取締りを目的に登校門限時刻に鉄製のスライド式門扉を閉じる習慣があった。
この習慣を行なっていた39歳の男性教員は取締りが厳しかった。事件のあった日も、遅れまいと門扉に近づく生徒に対して時計を見ながらハンドマイクで「あと4秒」とカウントダウンをしていた。
門限の時間となり、同男性職員は駆け込む生徒の列が切れたのを見て勢いよく門扉を閉めた。
その際、校門に駆け込んだ女子生徒の頭が門扉に挟まれた。
男性職員は事態に気づかず、さらに門扉を押して締め切ろうとしたが、現場にいた別の生徒の叫びなどでようやく事態に気がつく。
女子生徒は頭蓋骨粉砕の重傷を負い、数時間後に死亡。
これだけでも十分酷いのですが、事件後の男性教員の主張も見過ごせません。
生徒を圧死させた男性教員は、刑事裁判の場で「僅かな隙間に生徒が頭から走り込んでくることは予見不可能だった」という見解から、過失責任はなく無罪であると主張。
さらに同教員は「十分な安全策もなく、教師に校門指導をさせた学校に責任があり、誤った教育理念を押し付けた学校管理者や兵庫県教育委員会、文部省の責任が問われるべき」とも言及。
採取的には禁錮1年、執行猶予3年の有罪判決が言い渡されたが、その後同教員は実名で今回の事件に関する本を出版。同書籍の中では「校門を閉鎖し生徒を取り締まることは正しいと信じていた。」と回想している。
…人命を失なわせてしまった後も、自分のせいではない、上司が悪い、自分は正しいことをしただけ、と主張する男性職員に恐怖を覚えます。
世界的に有名なアイヒマンの例は何度も聞いたことがありますが、もっと身近にこういう例があるなんて、信じたくないくらいです。
この具体例に触れた村上春樹さんは、想像力が欠如することの恐ろしさを述べています。印象に残ったのは短くまとめたこの一言。
効率よくできるような仕組みが、私たちが当たり前だと思っているシステムが、私たちを少しずつ蝕んでいるのかもしれません。
こと大企業は「効率」(同じ意味で「生産性」も使いますね)という言葉が大好きなようですが、組織の人間は「人として大事な想像力」を失わないよう意識しなければいけないと思います。(難しそうだけれど)
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最後は内容が暗くなってしまいましたが、ゆるりと脱力して読める本もたくさんありますし、何より村上春樹さんのレコードコレクションを聴きながら読書できるのはたまりません。
現在は予約なしでも人数に余裕があれば入館可能ですが、毎日入館できる訳ではないので公式サイトから開館日を確認のうえ、予約されるのをおすすめします。
私もまたそのうち行こうと思います!
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