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徳島密航記1999(2)

※この記事は、1999年3月に、当時大学生だった筆者が、大阪から徳島へプロレス観戦に出かけた際に記したルポです。掲載に至ったいきさつは下記のリンク先の記事をご参照下さい。

(1)はこちら。


 長い長い前節であったが、ああ、やっと戻って来れたと思ったら、おい。まだ大阪 駅にいるじゃないか…。早くしろよ、ここからまた試合開始まで長いんだから、というわけで、7時50分。阿波エクスプレス号到着。1列のB席。残念ながら、通路側だ。隣は、やたら小さな胸をいくつも下げたおバさん。何だか車内が妙に静かなので、食べようと思っていたチップスターをそっと靴の中にしまう。烏龍茶だけはちゃんとホルダーに乗せておいた。
 8時、大阪駅出発。酔い止めの薬を飲んでいたせいか、すぐに眠くなってしまい、 程なく爆睡状態。目が覚めると、高速道路を走っているらしく、「洲本 10km」なんて書かれた緑の看板が目に入って来る。何、洲本だと? しまった。明石海峡大橋を見そびれてしまった。しかし、淡路島である。海を渡って、いつも住んでいる島とは別の島に上陸しているのである。これは、21年間の殆どを本州の太平洋側を生息地 としてきた私にとっては、かなり刺激的な出来事であった。私は今、本州じゃない所 にいるんだぞ、と思うだけで、それだけで血沸き肉踊る体験なのである。高校生が参 学旅行に海外へ行ったりするこのご時世に、何と安上がりな異国情緒の味わい方であろうか。そんなしょうもないことを考えているうちに、また眠くなってきて、次に目を覚ましたのは大鳴門橋にさしかかったあたりだった。
 
 遂に四国上陸。最初の印象は「山が見えない…」ということだった。高速道路からの眺めでは、街中に立ち並ぶビル(それもあまりでかいものは見当たらない)以外に、視界を遮るものがないのである。いいなあ。昔住んでいた愛知の広い平野地帯を少し彷彿とさせる光景であった。
 高速を下りても、なぜかやたらと広い道が続く。そうこうしているうちに徳島市に突入。見慣れない名前のホームセンターや、突然大きく展開している中古車の展示場なんかを眺めつつ、いよいよ市街地へ。景色の中の田んぼの割合がまたたく間に減っていく。学習塾の看板が多い。その中に「東進衛星予備校」の名を見つけて、懐かしくなる。でも、これがあるということは、ここもやっぱり地方ってことになるんだよなあと、大阪の地方出身者は素直にそう思うのである。
 10時30分、徳島駅前着。ここからは、本当に一人だ。さて、どこをどう行けば良いのかな、と辺りを見回してみると、いきなり宿泊先の徳島国際ホテルを発見。バスの停留所のすぐ前にあった。これで宿を探して迷うことはなくなったのだが、あまりの偶然に少し拍子抜けする。
 気を取り直して、会場の徳島市立体育館を探すことにする。駅の隣にある、何だか かわいらしい交番で道を聞く。おまわりさんは面倒臭そうに、でも懇切丁寧に道を教 えてくれた。 素直にお礼を言って交番を出る。
 思ったよりも大きな町だ。県庁所在地なのだから大きいのは当たり前なのだが、駅とバスターミナルを中心に店が展開されているので、2日間、ここで生活する分には 困ることはなさそう。おまわりさんに教えてもらったとおりに行くと、細い商店街に出る。そこの一角にあった古着屋で、紺のものすごくかわいいワンピースを見つけてしまった。値札をみると…7800円。うーん。貧乏旅行の身には少し厳しい。明日、帰る時に決めることにする (結論からすると、結局買わなかったのだが)。
 商店街を抜けると、おまわりさんの言ったとおり、広い道路に出た。「徳島市立体育館」の矢印が見える。踏切を渡り、矢印とおりに角を曲がると、駐車場の入口に出てしまった。立ち止まって少し考えたが、そのまま車道を歩いて侵入。でも、警備のおっちゃんも何も言わなかったし、いいか。やっとたどりついたはいいが、掃除のおばちゃん以外、だれもいない。「本日の予定」のホワイトボードには「第一競技場 1:00~ みちのくプロレス」と書いてある。ただ今、11時過ぎ。ああ。またしても暇になっちまった。どうも、私はこういうイベントになると、予定の時刻より随分早く来てしまってひたすら暇を持て余す、というパターンを繰り返す運命らしい。仕方がないので一旦引き返し、さっきの細い商店街の喫茶店でコーヒーを飲む。
 今回持ってきた本は、椎名誠の「パタゴニア あるいは風とタンポポの物語り」 と「携帯版 99年プロレスラーカラー写真名鑑」の2冊。旅先で旅の本を読む、というのを一度やってみたかったのだ。 で、煙草など吸いつつ、「パタゴニア」を読む。 南米大陸の最南端への旅の直前に、妻がノイローゼにかかって殻に閉じこもってしまったのに気付き、その妻を残して日本を発つ椎名誠…という書き出しのこの本は、シーナ好きの私の中でもかなりお気に入りの一冊である。しかし、あまりにも暇な時間が増えてしまったので、はたしてこの一冊だけで場をもたせることができるだろうか、と早くも不安になる。
 喫茶店を出て、ローソンを探す。バスの中から看板が見えたし、ローソンの袋を下げた女の子を目撃しているのだ。近くにあるはずだ、と看板を見た方向に向かうと、 ちょっと路地に入ったあたりにひっそりと建っていた。 ひょっとしてまだチケット置いてあるかな、と一応チェックしてみるが、あるわけないよな、当日なんだから。仕方がないので、先に帰りのバスの切符を買い、郵便局を捜し当ててお金を下ろし、近くにあったロッテリアでしばし一服(何か、暇を持て余すあまりに散財してるような気もするのだが…)。土曜の昼だからか、制服姿が多い。そんな中、隣の席の女子高生が、ルーズソックスにキティちゃんの健康サンダルを履いているのに思わず目を見はる。イボイボがピンクだ…。それでセブンスターなど吸っている。ある意味シブい。少し話しかけてみたい衝動にかられたが、静かに本を読み続ける小心者の私。そのうち女子高生たちは店を出ていってしまい、私も行動を再開する。
 再び体育館へ。やっぱり誰もいない。広い道路の向こう側にコンビニらしき店を発見したので行ってみると、店の前の街路樹にみちプロのポスターが。じゃあ直接みちプロにかけてみよう、とポスターに書いてあった電話番号にかけてみるが(だから大阪にいる時点でそれをやっとけよ、とどこからか声が聞こえる…)、土・日は休みとのこと。うーむ、と駅のほうに引き返しかけたところへ、体育館の入口に止まる一台のトラック。車体には「盛岡」の文字が。これは…間違いなくみちプロの人だ! よし、この人に聞いてしまおうと、トラックの運ちゃんと話していたジャージの丸坊主に突撃。
「あのー、みちのくプロレスの方ですか?」
「ええ、そうですが」
「あの、当日券って、何時ごろ発売になるんですか?」
「えーっと…当日券ですか? 試合開始が6時だから、多分…4時ごろになると思うんですけど…体育館の正面入口で販売すると思います」
この人、ひょっとしてレスラーなんじゃないか、と思って後で名鑑を見てみたが、愚乱・浪花かもしれない…! 目の感じが似ていた、ような気がする。
 
 またもや暇になっちまったので、体育館周辺をしばし散歩。踊りだしそうなくらいに暖かな日差しの中、絵に描いたように体育館裏で煙草をふかす学生服の野郎ども。 観察してみたかったが、やっぱ怖いのでそのまま通りすぎる。少し歩くと、大きな川 にぶつかった。近くのベンチでひと休み。それにしてもぬくい…。眠い…。睡魔に襲われる私を救ったのが、川の方から吹いてくるまだ冬の名残らしい強風。おい。寒い じゃねえか。悪態をつきつつ移動。妙に古めかしい建物を見つけたので覗いてみると、武道館だった。入口の正面に柔道場があって、柔道着姿の若者たちがウォーミングアップをしている。面白そうなのでしばらく眺めていると、あっという間に一時間経過。紺のブレザーを着た役員らしいおっちゃんが怪訝そうにこっちを見ていたが、気にせず見学し続けた私。いい暇つぶしになった。
 一旦駅のほうに戻ろうと体育館前の道を歩いていたら、体育館の正面入口に立ち並ぶ一群が目に入る。何! ひょっとして当日券の列か? 予定変更して、その列に加わることにする。しかし、ここからの2時間が非常にきつかった。途中「みちのくプロレス」と書かれたバスが入口の前に止まって、選手がぞろぞろと降りてきたが、私はサインだの写真だの興味がなかったので、当然色紙やカメラなんて持っている筈もなく、ただ「きゃー、サスケだサスケだ」とか「うわ、コンビクトも出るんだあ」とか口を開けて見ているしかなかった。しかし、こうやって俯き加減でバスから降りてくる選手というのは見ていてあまり恰好のいいものではないな、と正直に思った。その選手たちの周りに群がる色紙やカメラを持った連中も、多分私と気の合う人種ではないだろうな、とも思った。でも…以前に同じように全日本の試合の当日券を求めて並んだことがあるのだが、その時に遭遇した、横断歩道を向こうから渡ってくる小橋健太は、非常にかっこよかった。同じように色紙やカメラを持った連中が彼を取り囲んでいたのに。その違いは一体何なのだろう? そんな事をいつまでもぼんやりと考えていた。
 
「パタゴニア」 も読み終わってしまったし、選手も会場に入って行っちゃったし、近くで仲間と喋っているおっさんの情報では、人生とアレクはとっくに会場入りしているらしいし…根性もそろそろ限界に近づいている。この無意味な時間を何とかしてくれいといい加減不機嫌になっている所へ、ガラス扉の向こうで何やら机の準備など始めるお姉さんの姿が。おお、やっと買えるぞ! わらわらとそのお姉さんの方に集まる私たち。その私たちの目の前に…何と。黒いTシャツを着て、結構怖い顔したスキンヘッドのおっさんが。
 おい、アレクだよ…!!
 一瞬にして、私は完全にミーハー化してしまった。当日券担当のお姉さんに怖い顔のまま何やら話しかけて、すぐに立ち去ってしまったが、その姿は、いつか見た小橋健太同様、非常にかっこよく私の目に映った。さっきまでの不機嫌はどこへやら、おまけに運良く指定席(2階ではあったが、1階の自由席は段差がないので、背の低い私には不利だと判断)まで手に入れた私だが、風邪気味だったせいもあって、この時点でかなり足元がふらついていた。で、とりあえずホテルにチェックインして、部屋で休憩。
 頭が痛い。6時15分にアラームをセットし、ベッドにひっくり返る。テレビをつけると、女子バレーボールの試合をやっていた。見ているのかいないのか、ひたすらボーと画面を眺めつづける私。お湯を沸かし、置いてあった緑茶のティーバッグと共に湯飲みに投入。 ついでに俺に放り込んだままのチップスターを開けてぼりぼりと食べる。合間に煙草を吸う。ひとしきり食べたり飲んだりした後、再び転がって半睡眠状態に入る。それを繰り返しているうちに、だんだんと元気が戻ってきた。アラームが鳴る。髪をとかし、化粧を直して、完全復活。よーし、行くぞーと気合を入れて、部屋を出る。

(3)へ続く

【24年後の筆者より】
・この文体、当時ハマっていた椎名誠さんの影響を分かりやすく受けまくっていますね。そして世間知らずが偏見丸出しで各方面に失礼を働いていますね。だいぶ年を取った今の方が、物の見方は柔らかくなっていると思います。多分。
・当時は喫煙者でした。大学卒業を機にぱったりやめました。
・計画性のなさは当時とあまり変わっていません。

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