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「徳島密航記1999」の前に説明しておくべきこと

すっかり放置してしまっていたnote。ほんとすみません。この一年、琵琶教室を開いたり、新しい人に出会ったり新しいことに関わったり、どうにも濃いい生活をして参りましたが、その中で、個人的に「うわああああどうしよおおおおお」な出来事がありましたので、ひとまずそれを説明いたします。

前回の投稿(1年以上前ですが…)で、俳優・ののあざみさんと結成した琵琶×朗読ユニット「御伽比丘尼」の公演の案内をしましたが、その「御伽比丘尼」、昨年も活動しておりました。
同じく琵琶×朗読の公演を手掛けてきた、佐賀在住の鶴田流薩摩琵琶奏者・北原香菜子さんと、演劇家・青柳達也さん、そして「御伽比丘尼」の2人、合わせて4人で、公演を行うことになったわけです。
で、宣伝チラシを作成する段で、リクエストがありました。
「〇〇〇〇な薩摩琵琶奏者」という、自分自身のキャッチフレーズを付けてほしい、と。
例えば、北原さんは「お寿司と甘酒をこよなく愛す薩摩琵琶奏者」。
青柳さんは「筋トレとダイエットにドはまり中の演劇家&准教授」。
ののさんは「鳥と旅をこよなく愛する俳優」。
さて、私は私を何と定義すべきか、と数日考え、提出したのが、

「プロレスを人生の指針とする薩摩琵琶奏者」。

思えば高校時代、クラスメイトに見せられた「週刊プロレス」によって、プロレスの世界に引き込まれた私。以来、ブランクを挟みながらもかれこれ四半世紀以上、その混沌に熱狂し続けているわけであります。

それでですね、佐賀市でこの公演が行われた際、お客様からこんな質問を頂いたんです。
「好きなプロレスラーは誰ですか?」
うん、たくさんいます。今最も見ているのは新日本プロレスで、その中にも好きなレスラーが何人もいるし、プロレスを見始めた頃から折に触れて追いかけている選手もいれば、昔の映像から改めて偉大さを知る選手もいるわけで。
でも、敢えて言うならば。私はこう答えました。
「長年の推しは、みちのくプロレスの新崎人生選手です」

そして、公演終了後、美味しい佐賀の焼き鳥を頂きながら、私は共演者たちに、プロレスの虚実清濁ごたまぜになった魅力及び、新崎人生選手の稀有なキャラクターとこれまでの活躍を、実に暑苦しく語ったのであります。
それを受けて、北原さんがTwitterにてつぶやいたのがこちら。

何と恐れ多い。

しかしながら、この呟きにこんなリプライがつき、一同、震撼します。

ご本人からのリプライ……!!!!!

これをきっかけに「新崎人生選手の入場曲を作ろうプロジェクト」が地味に発足し、我々、目下黙々と製作中なのであります。

そんな中。
ある日、何年もほったらかしにしていた自室の棚を整理していた私は、何か妙に派手なクリアファイルを見つけました。
中に入っていたのは、一組の原稿。
一読して、思わず悲鳴が上がりました。
何とこれ、当時大学生だった1999年3月6日に、徳島市立体育館で行われた、みちのくプロレスの大会を観戦した時に書いたルポだったんです。
この時のメインイベントは「巡礼八十八番札所(時間無制限一本勝負)新崎人生vsアレクサンダー大塚」。
この試合を見たいがために、ひとり、高速バスに乗って、大阪から徳島へ行ったのでした。

古いプロレス用語で、試合観戦のための遠征を「密航」といいます。
ネットもまだそれほど普及せず、ましてやスマホなんてなかった頃、まだ世間をほとんど知らなかった21歳の私にとって、その初めての一人旅はまさに「密航」でした。

来たる2023年3月5日、徳島・とくぎんトモニアリーナにて、みちのくプロレスの興行が「新崎人生デビュー30周年記念」として行われます。
実に遡ること24年前、同じ徳島の地に降り立った、承認欲求強め、自己肯定感低めな女子大学生による生意気極まりないルポ、恐らく親しい友人以外は誰にも公表していないルポを、次回より「徳島密航記1999」と題して公開してみようと思います。
当時のプロレス界を取り巻く状況、ひょっとしたら今ではアンタッチャブルかもしれない出来事や登場人物、また自意識過剰な若者のイタさも楽しんで頂ければ、幸いです。

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