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三溪園(紀行編)――ついに横浜に行ってきました!

暑い日が続いている。「年々暑くなっている」とは毎年耳にするセリフで、信憑性にはいささか疑問があるものの、今年の夏こそは今までで一番暑い夏とみてまず間違いないだろう。この日もあいかわらず太陽が照りつけてはいたが、私たちは横浜にいた。目的はやはり庭園を鑑賞するためだ。横浜庭園の代表格、三溪園に行くのである。私たちのような無類の庭園好きにとって多少の暑さなんかは関係ない。暑さに負けるな!という強い意気込みで、私たちは待合(待合:茶庭において茶会に参加する人々が待ち合わせるところ。要は集合場所。)に指定した元町・中華街駅で合流した。

山下町バス停でバスに乗り三溪園に向かう。車内での話題はもちろん庭園の話である。お互いに持ってきた庭園に関する本や雑誌を見せあいながら、「次はここに行こう」「そろそろ枯山水が見たい」などと早くも次回の予定を立てる。

三溪園は三溪園入口バス停から少し離れた場所にあった。私たちは上品な家が建ち並ぶ住宅街を歩いた。住宅のベランダにはハイビスカスなどのカラフルな花が綺麗に咲いており、この一帯では園芸が盛んに行われていることも確認できた。私たちは歩きながらもあいかわらず庭園の話をしていた。だが、徐々に話題がそれ、ちょうど現在放送中の坂元裕二脚本ドラマ『初恋の悪魔』は見ているかという話に変わり始めたところで三溪園の受付にたどり着いた。

入口の門をくぐるや否や見えてくる景色に私たちはさっそく心をつかまれた。広大な池に雲一つない空。池に浮かぶ舟は風情があるし、奥に咲くピンクのサルスベリが色彩のアクセントとなっているのもとてもいい。借景は三重塔だ。暑い中頑張って来たかいがあった。庭園の中でも、広い池の景色に弱い我々は、歩を進めながら徐々に変化するその景色に何度もいい意味のため息をこぼすのであった。

大池
サルスベリ

広大な池の反対側には蓮池と睡蓮池があった。蓮と睡蓮は、カレイとヒラメのように「似てるけど別人」案件なのだが、その区別がつかない人はぜひ三溪園を訪れてその違いを確認してみてほしい。蓮の葉は円形で水面から離れた高い位置についているのに対し、睡蓮の葉は切れ込みがあり水面に近い位置で浮くようついている。こうした区別が同じ場所で一度に確認できるのも三溪園のおもしろいポイントであると私たちは思った。

睡蓮
あいにく開花はしておらず。

三溪園はとにかく建物が多かった。それもそのはず、この庭園を造園した実業家・原富太郎(のちに三溪)は造園時、京都や鎌倉などからなんと17棟の建造物をここへ移築したのであった。例えば大池の借景にもなっていた三重塔は京都木津川市の燈明寺(廃寺)にあったものであるし、天授院という建物は鎌倉建長寺近くの心平寺跡にあったものだそうだ。中でも来園者が内部に入ることのできる建物として旧矢箆原家住宅がある。これはかの有名な飛騨の白川郷にあった建物で、合掌造りである。屋内では飛騨地方で使われた民具の展示のほか、いろりで薪がくべられていたりと、当時の民家での生活を存分に味わうことができた。原三溪はその他にもたくさんの重要で美しい建造物を集め、三溪園の敷地に見事に調和させた。それらの建物があった場所が廃寺になったりしているところから見ると、移築して新たな場所で美しく保存した原三溪の功績は大きいと考えられる。私たちは現在に残るこれらの重要文化財をひとつずつ丁寧に見て回りその姿を目に焼き付けたのであった。

旧燈明寺三重塔
天授院
旧矢箆原家住宅

そんな私たちであるが、17か所の建物を一気に見て回ったわけではけっしてない。この日の最高気温は35℃。おまけに三溪園はかなりの起伏があり上ったり下ったりを繰り返す。私たちはさすがに限界に達していた。よって何度も休憩をとった。ありがたいことに日本庭園にはところどころに「東屋あずまや」という来園者の休憩を目的とする建物が存在する。東屋は壁でふさがれていないので風通しがよく、なによりも日陰になっているのが最高だ。私たちは東屋を見つけては必ず腰掛け、割と長めの休憩をとった。また、庭園内に売られているかき氷も食べた。そこで食べたずんだミルクのかき氷の味は正直今でも忘れられない。その中でも私たちが最も長居した施設がある。三溪記念館である。原三溪の業績やゆかりの資料・美術品が展示されている。この偉大な庭園を造った原三溪の写真を初めて見た。じゅんいちダビッドソンに似ていた。ひねらない「無回転なぞかけ」でおなじみのR-1ぐらんぷり2015の優勝者である。だが、けっして本田圭佑に似ているというわけではなかった。そんなどうでもいい話をしながら私たちは大きな窓のそばにあるふかふかの椅子に腰かけた。そこからは先ほどまでいた庭園を望むことができる。もちろん屋内施設ということでクーラーはガンガンだ。結果的にここでとった休息が三溪園のどの場所にいた時間よりも長かった。年々暑くなっている近年の地球。現代の東屋はクーラーガンガンであるべきなのかもしれない。

東家①
東家②
三溪記念館からの景色。
冷房はガンガンである。

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