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《調査企画》木の船の浮かぶころ、人々が見ていた京都の風景を思う

今回の取組みは、高瀬川、伏見港、淀川航路と、京都周辺で使用された木造船を調査し、実際の造船に必要な図面を作成するものである。図面作成に要した資料は記録保存する。〔調査期間:2020年7・8月〕

私は芸術家として風景を主題に作品を制作している。その傍ら、数年前より伝統的木造和船の技術習得や調査にあたっている。これまで実制作した船については追って別の記事でご紹介したいが、今回はこのnoteを前述の調査過程の公開に活用しようと思っている。
後日続くレポートに先立ち、まずは調査のねらい・展望を書いていく。

京都〜淀にかつて浮かんだ船を調べる

現代においては陸上交通が優位であるが、近代以前の京都の暮らしにおいては高瀬船に代表されるように、船運が物資輸送と文化の行き来には重要な役割を果たしていた。
大阪から順番に見ると、淀川−伏見港周辺−高瀬川を経て物資の輸送が行われていたが、この間に使われていた木造の和船は、
• 淀川→三十石船 / くらわんか船
• 伏見港周辺→十石船など
• 高瀬川→高瀬舟
が代表的なものとして挙げられる。
他に、巨椋池(おぐらいけ)での漁業と遊興で使われた船があったが、これらを写真や絵画に描かれた資料をもとに、実際の造船に使える程度の図面を制作したい。
実施方法は、図書館での資料探しと歴史資料館、博物館等での調査を基本とし、実物の存在の可否を探り、現存する場合は実測と写真撮影を行いたいと考えている。実物が現存しない場合は、資料を基に推測をしながら作図することとなる。

特に巨椋池の蓮見船に関しては、往時の水面の広がりや、一面に広がる蓮を現存する写真から想像すると非常に強い興味を覚える。蓮見に使われた船は、三十石船、十石船、高瀬船に比べると産業への関与が少なかったせいか資料が豊富でないように思うが、かつての巨椋池周辺の集落では、写真、思い出語りなど様々な形で記録されているのではないかと想像する。
可能な限りそれらを紐解き、蓮見船の資料を収集し、そこから得られる情報を基に実際に船体の制作を想定した図面を制作したいと思う。

船を調査することの意味

上に挙げた船は、船大工らが注文に応じて制作していたのだろう。船といってももちろんFRP(強化プラスチック)や鉄でなく、伝統的技法で主に木材からできている、いわゆる和船だ。

設計は口伝や実物の参照に負う要素と、使い方と使われる状況に負う要素がある。
ここから、個々の船を仔細に調査することで、
• それぞれの船の出自と制作方法の伝播の状況*
• 使用されていた環境の往時の姿
を考察する材料になる。
 * 一例として。過去に制作した但馬、丹後地方の「丸子舟」は、船型や細部に出雲地方の刳船(丸木船の一種)の名残があったと私は考えている。

伏見港から物資を運ぶ「高瀬舟」、大阪−京都間の往来に欠かせなかった「三十石船」と乗客に食べ物を販売した「くらわんか船」、そして見渡す限りの蓮の花畑の中を静かに滑る「蓮見船」。これらにはそれぞれの設計がなされていた。これらの船の、おぼろげなイメージを超えた細部に至るまで姿形を明らかにすることで、それぞれの時代の京都周辺の人の暮らしと、人々が見ていた風景を改めて思い起こして見るというのがこの調査の意図するところである。
私自身の美術作品制作において、目に映る風景をただ眺めるのではなく、意図的に、様々な「風景の眺めかた」の可能性を拓くことを目指している。伝統工法で作られた船の制作や研究はこの点で自らの美術活動と通じている。

京都は内陸にあるが、船との関わりは深い。一方、長い歴史があるにも関わらず、伝統的な船を網羅する資料が少ないとかねてより感じていた。これまでに広がっていたであろう様々な京都の風景の、とある一瞬を想像する手がかりとして、京都周辺で活躍した古い船の姿を明らかにしたい。

調査後の展開:実制作、進水、そして展覧会

実制作に役立つ図面を作成し、将来的には実際の船体の制作へと進めたい。

伝統工法による木造の和船は、作り手の減少と工法の継承が困難であることから姿を消しつつあるが、神事や観光産業では必要とされる場面もあり、見直される可能性が高いと思っている。今回の調査で、環境を少しでも整えておきたい。材料制作費の調達などの問題があるが、教育機関との協働など開拓したいと思う。

また、実制作の機会に恵まれた場合は、公開制作として広く周知したい。新型コロナウィルス感染拡大防止の観点から公開制作も難しい場合は、動画等を公開したい。また、状況が許す限り、これに関係したワークショップも行いたいと思う。

できれば実際に舟を浮かべて乗船し、その体験を手掛かりにしながら京都の失われた風景に分け入っていくような展示ができたらと思う。

*新型コロナウイルス感染症の影響に伴う京都市文化芸術活動緊急奨励金 対象事業


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