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小説:バンビィガール<5-4>夏のイベントはマシマシで #note創作大賞2024

 8月最終週。天気は晴れ。この土日の降水確率は0パーセント。
 絶好のバサラ祭り日和だ。

 振り返ってみると、衣装を貰ってから皆の気合いが一段と増した気がする。練習に出られない人は自主練を頑張っていると聞いた。私たちセンター三人衆もやれるだけのことはやってきた。その成果を発揮する日。
 昔は審査があってバサラ大賞なるものが存在していたらしい。賞レースの恐ろしさは自分が身をもって経験しているだけに、今年は審査がないと聞き心からほっとした。

 我々月刊バンビィチームは「バンビィ踊り組」というチーム名でエントリーしている。総勢20人の踊り隊に、サポ隊と呼ばれる水分補給などのサポートをしてくれる人たちが10人。地方車じかたしゃと呼ばれる先導する軽トラックを運転する人、そしてアイ先生が「口上」を任せた人がなんと月刊バンビィを出版している会社の社長。勿論社長も衣装を着ている。

 男性女性に分かれて着替える場所が違い、奈良市内の公民館や公共施設で着替えからメイクを仕上げることになっている。
「あおいちゃん! メイク薄すぎ!」
「え! これでも随分塗りましたけど……」
「甘い! 私がやったる!」
 アイ先生が手際良く私のアイライン、アイシャドウ、口紅を仕上げていく。化粧ができた顔を見てびっくり。
「舞台女優さんみたい!!」
「派手な祭りやからねー。目立ったモン勝ちやで!!」
 まるで某歌劇団のようなメイクに驚きながらも、このくらいは当たり前なのか、と納得もした。何故ならば同じ公民館で着替えをしていた他のチームの皆様のメイクが、とてもとても派手だったからだ。
「アイ先生、ちょっと写真撮ってもらっていいですか?」
「あ、SNSやな? オッケー任して」
 アイ先生に撮影してもらって、はいチーズ。
「これでどない?」
「ありがとうございます! いい感じです」
 私は早速写真SNSに投稿する。

【20XX/08/25
 おはようございます! 紺野あおいです。
 今日はずっと練習してきた成果を発揮するお祭り、バサラ祭りに出ます!
 今日と明日二日間ありますので、是非遊びに来てくださいね!
 私は「バンビィ踊り隊」というチームで演舞いたします。
 メイクしてもらったら気合い入りました!
 衣装も超かわいいですよね!
 ではでは現地でお待ちしています♪
 #紺野あおい
 #バンビィガール
 #月刊バンビィ
 #奈良
 #バンビィ踊り隊
 #バサラ祭り】

 今日のバサラ祭りは奈良公園ステージと、春日大社の一の鳥居内での演舞があり、明日は平城宮跡や東大寺前でも舞を披露することになっている。人前で踊ることは小さいときに経験したけれど、ストリートは本当にお客さんが近いので笑顔必須だ。
「一番盛り上がるのは三条通りのストリートやで!」とアイ先生が言っていた三条通りのストリートは二日間連続で踊ることになっている。
 衣装とメイクが終われば男性陣女性陣が奈良公園の特設ステージ前で落ち合い、まずは開会宣言を聞く。Youtubeで生配信もするらしく、カメラ機材もたくさんある。
 開会宣言が終わったのを見計らって、アイ先生が皆に円陣を組むよう促す。
「みんな、ようここまで頑張ってきた! 私はそれがいっちゃん嬉しい! 今日と明日暴れまくるで! お客さん巻き込んで楽しもう!」
 ――バンビィ、最高! の言葉が奈良の空に響いた。

 まずは奈良公園ステージでの演舞。
 舞台フォーメーションになり、お客さんたちに手を振る。
 社長がマイクを持ち、ご挨拶。
「皆さんこんにちは、バンビィ踊り隊です。我々は普段、奈良の情報誌『月刊バンビィ』の編集部で働いており、奈良の活性化のお手伝いをしております。バサラ祭りは初参加ですが、楽しむ気持ちは他のチームにも劣らない自信があります! 応援どうぞよろしくお願いします!」
 よろしくお願いします! と全員で礼をする。とうとう本番だ。
「構え!」
 社長の声に、全員が所定の位置で構える。

 曲が流れ、鳴子を音に合わせて鳴らす。
 重心を低く、足を伸ばし、左手を地面につける。
「はっ!!」
 皆の声が揃い、鳴子がカチンと鳴る。
 ステップを踏み、フォーメーションが細かく変わる。
 苦戦していた三人での振り付けも今までで一番良くできた。
 カメラを構えた人たちが私たちを撮ってくれる。
 頑張っている私たちをもっと撮って! という気持ちが表情に出て、自然と笑顔になっていた。
 最後は空へキックし、その勢いでラストポーズ。

 ――拍手が聞こえる。
 その瞬間、呼吸が荒くなる。今日の最高気温は34度。汗が首を伝う。
 それでも笑顔はキープされている。
「ありがとうございました!」とアイ先生の声の後、私たちも「ありがとうございました!」と一礼。
「アオー!!」の声がする方を見ると、ミクとミヤコが自作のうちわを持参して振っている。
『アオ、可愛いよ!』『アオが世界で一番!』の言葉を読んで、思わず吹く。
 ありがとう! の意を込めて、退場する時に大きく手を振った。

「皆、水分とりやー!」
 舞台からはけた後、アイ先生が叫んでいる。
 2リッターペットボトルのスポーツドリンクをサポ隊から受け取り、のどを潤す。
 やった、踊れた、ちゃんとできた! と、嬉しくて仕方がない。
「紺野さん、やれましたね!」
「泉原さんとアイ先生のおかげです!」
 泉原さんと笑顔でハイタッチを交わす。まだ1ステージ目だけれど、ちゃんと踊り終えたという自信はものすごく大きい。周りを見渡せば、皆ニコニコで楽しそうだ。
「昔はもっと大規模やってん。西大寺と郡山でも踊ってたからな」
 アイ先生の言葉に「えー! そうなんですか!」と驚く。規模は縮小されたけれど、それでも踊れる場所を提供してもらえるのは凄くありがたいことなんだな、とも思えた。
「それにしても、あおいちゃんの声、よう通るなあ」
「それ私も思いました!」
 アイ先生と私の隣にいた永井さんが頷いている。そんなに大声だったのだろうか。
「多分アナウンススクールに通っていたからじゃないですかね?」
「それだけちゃうで、声の質ってあるからなあ」
 私は声あんま通らへんねん、とアイ先生が眉を顰めたので「冗談キツいですよ」とツッコミを入れた。

 三条通りでの演舞はお客さんとの距離が30センチから1メートルくらい。本当に間近で踊るので、ミスしたら苦笑い、がモロバレという恥ずかしい思いをしたり。アキヒロたちバスケットサークルのメンバーも観に来てくれたり。
 体力はアドレナリンで補充した感がある。こんなにも楽しいことってあるんだな、と踊りながら感謝していた。

 二日目は平城宮跡で演舞を披露した後、衣装のまま電車に乗り東大寺まで移動という、非日常にドキドキワクワクしたり、大勢の観光客の前、東大寺に奉納演舞したりと古都ならではの場所での演舞が続いた。
 一日目、二日目合わせて9ステージを踊り切った時、涙が溢れた。永井さんも泉原さんも泣いている。三人で肩を抱き合い「よかったねえ」と泣いていると、アイ先生が「私も混ぜて」とワンワン泣くのを見て、更にもらい泣き。それをバンビィの動画班・椿さんがきっちり動画に収めていて慌てたり。
 メイクが崩れても汗が目に入って痛くても、それでも楽しかったバサラ祭り。夜になるとフィナーレの総踊りが待っていた。これはバサラ祭りに出た全員で踊るものだ。
「あ、バンビィのモデルさん!」と気づかれることが多くなったのは、メイクがほとんど落ちてしまったから。
「一緒に写真撮ってもらっていいですかー!?」と男性の踊り子さんたちに言われた時には驚いたけれど、一緒に踊ればもう仲間。みんなで写真の撮り合い。
 皆でハイタッチ、皆でリズムを刻んで、もう最高!!

「あー!! ビールが沁みますねえ!!」
 21時。予約していた焼肉屋さんで打ち上げ。踊りに踊って、水分が足りていないのかビールが本当に美味しい。
 月刊バンビィの編集部を始めとする方たちや、営業さん、事務方の人も一緒になってお酒を飲みながら楽しんでいる。
「あおいちゃん、ようやった!!」と隣に座っていたアイ先生が褒めてくれる。
「いえいえ、体力がどうなるか心配でしたが、踊り切れて良かったです」
「そうやんなー。一時はどうなることかと思ったけど」
「その節は本当に申し訳ございませんでした」
「ええのええの! 終わりよければすべてよし、やで」
「そうそう! ほんまよかったわー」
 乱入してきたのは、ほろ酔い気味の矢田さん。ジントニックの入ったグラスを向けてくるので、私は持っていたビールジョッキをカチンと合わせる。
「矢田さんも踊れたら良かったんですけどね」
「まあ仕事上厳しかったから、サポ隊でお手伝いできてよかったわ」
 サポ隊も炎天下の中ずっと私たちのお世話をしてくれていたからこそ、私たちは安心して踊れた。この二日間は本当に全てのことに感謝できている気がする。
「矢田さん、ありがとうございました」
「なーに、これからが大変やで、バンビィガールさん! 今回の絵日記も頼むでー」
「あー、そうか!! 金魚すくい大会にバサラ祭り……」
 締め切りに追われる! と叫ぶと「私らは日々締め切りに追われてんで!」と矢田さんからツッコミが入る。
「あ、そうだあおいちゃん」
 後ろの席に座っていた渚さんから声をかけられる。
「どうしました?」
「沢渡さんから伝言、最高の表情いただきましたーって」
「沢渡さん来てたんですか!」
「うん、みたいよ。総踊り前にカメラ持ってフラッと現れてね。仕事の合間に色々撮ってたんだって。あおいちゃんって声かけたけど、全然気づいてもらえなかったって」
 おかしそうに渚さんが報告してくれるので、私も笑ってしまう。あれだけ沿道に人がいれば、気づかないこともあるだろうなと納得する。

「あ、やば。終電」
 気が付けば時計の針が23時前。私の家までの終電がなくなってしまう。「シンデレラみたいやねえ。じゃあまた一緒に踊ろうな」
「アイ先生、本当にありがとうございました! 皆さんもありがとうございました!!」
 気を付けて帰ってねー、と皆から見送られ、私は急いで近鉄奈良駅まで走る。「明日からも頑張ろう」そう呟きながら。


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