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小説:バンビィガール<6-1>食べ物取材はいばらの道 #note創作大賞2024

 9月に入っても一向に涼しくならない奈良盆地。
『バサラ祭りの写真がたくさんできたで、あと話があるからできれば今日編集部に来てくれへん?』、と矢田さんからメッセージアプリに連絡があったのが午前中。
『15時に行きます』と返信する。
 おかしいな、先週10月号の表紙撮影したばかりなのに、何の話だろう? と考える。まさかバンビィガール、クビ!? と一瞬嫌な考えがよぎったけれど、それはないだろうと心を落ち着かせて、何かあってもいいように今日はきれいめのシャツワンピースにレギンスというスタイルで西大寺に向かった。

 編集部に着いて「こんにちは」と挨拶すると、珍しくデスクが書類で乱れていて、見慣れない光景だった。
 新連載などの計画書だと渚さんが言う。
「それでね、新連載。あおいちゃんにも参加してもらおうと思ってるの」
「どんな連載なのでしょうか」
「今までWebバンビィとは関わりなかったと思うけど、今までのイラストを掲載してたのは知ってるよね?」
「はい、私のコーナーが作られているのは知っています」
 Webバンビィの一コーナーとして「バンビィガールの日常」という、私の素顔に迫ったコンテンツがあり、今まで撮影したものは鞄の中身やイラストに金魚すくい大会の動画など、ちょっとした一コマを掲載してもらっていた。
「今回のはWebバンビィとの共同作業。動画はWebバンビィで、イラストは本誌で掲載するっていうものなんだけど、そのテーマがね、食べ物」
「食べ物、ですか?」
「食レポをお願いしたいの」
 そこまで渚さんが説明すると、矢田さんが編集部に戻ってきた。
「おお、あおいちゃん。おっつー」
「お疲れ様です」
「渚さんから大体は聞いてもろたかな?」
「はい、食レポをするというところまで」
「うん、せやねん。あおいちゃんの食べてる表情、めっちゃ美味しそうやんか。自覚ないかもしれんけど、他人にはそれがめちゃめちゃ魅力的に映るんよね」
「そうなんですか」
「ただ、食レポって結構難しいねんな……」
 矢田さんがそこで話を止める。渚さんも珍しく眉を顰めている。
「読者モデルの子らやったら、そんなにハードル高いところは求めへんねんけど、一日に何回も食べてもらわなあかんことも出てくるし、その時に美味しそうに食べられるかというと、また難しい」
「テレビでよく観る芸人さんの食レポは一日に何件も回って撮影してるからね」
「あー、そうですよね……」
 時々テレビで観る芸人さんたちの食レポは、恐らく一番組中5件くらいだ。5件ともなると、正直私の胃が悲鳴を上げる。でも「残すの禁止やからな」という母親のもとで育っているので不安がある。
「あおいちゃん、量が食べられんって言ってたやん?」
「はい、そうですね」
「だからフードファイトみたいになってしまうと、あおいちゃんの良さがなくなってしまうし……でもあおいちゃんしか適任が浮かばんし……って渚さんと相談してたところやねん」
「味には絶対の保障つき、のところしか行かないけど、月に2回はお願いしたいの」
「無理にとは言わんよ。身体壊したりしたら大変やし。ただ、あおいちゃんのあの美味しそうな笑顔はホンマ使えるんよね……」
 矢田さんと渚さんが同時に頭を抱えているのを見て、決める。
「やります」
「え?」
 矢田さんと渚さんの時が止まる。
「前日に断食して、やります」
「そこまでしなくてもいいのよ?」
 渚さんが気遣ってくれる。けれど。
「というか、元々断食すること多いんです」
 そうなのだ、私は食が細いのもあるけれど、大切な食事会や結婚式前は前日に断食する習慣がある。お医者さんが聞いたら怒りそうな内容ではあるけれど、水分だけはしっかりとっている。
「なるべく一日2件以内には抑えるから、検討してもらえる?」
 渚さんの言葉に「はい」と頷く。
 正直自信は、ない。
 だけどやる前からあきらめるのは嫌だ。
 ただ、引き返すことはできない。その覚悟があるかどうかを問われている気がした。

「じゃあ、その方向で話進めていくな。あ、そうや。写真写真。データ見る?」
「見ます見ます!」
 矢田さんが持っていたノートパソコンの電源をオンにして、ひとつのフォルダを開く。
「めっちゃよくない?」
「めっちゃ、いいですね」
 そこに写し出されていたのは、躍動感溢れる踊り隊の面々。
「私のお気に入りは、このあおいちゃんの空蹴り上げるやつ」
 矢田さんの推しは、最後のポーズ前のキックシーン。横から撮影されているので、私だとすぐ分かるもの。笑顔で足を高く上げている私が切り取られていた。
「これ撮ったの、だーれだ?」
 矢田さんがニヤニヤと特徴のある笑みを浮かべている。
 多分、沢渡さんなんだろうな、と直感で思った。ごめんね沢渡さん、気づけなくて。
「やってよかったなあ、バサラ祭り」
「そうね、私も楽しかったな」
「私もです!」

 私たちは、あの灼熱の中の演舞を思い出していた。
 まだまだ心は熱いまま。


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