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小説:バンビィガール<6-2>食べ物取材はいばらの道 #note創作大賞2024

『食べ物取材とは別件ですが、11月の特集記事が食べ放題になりました。平日の午前中に1件、午後に1件。2人1組の撮影をしたいと思っているので、できれば午前と午後で別のお友達がいると助かります』
 3日後、そんなメッセージを渚さんから受け取ったので、私は久しぶりに連合軍コミュニティに書き込みをする。

【ちょっと皆さん、協力して欲しいことがあります。
 バンビィ11月号の特集が『食べ放題』です。
 我こそは胃袋強し! な方を午前で1名、午後で1名募集します。
 申し訳ありませんが、平日撮影です。
 バンビィに出ても大丈夫な方、いらっしゃいましたらこのトピックのコメント欄まで。】
 すぐ反応したのは、やはり女王だった。
「せんぱーい、私午後からの食べ放題に行きたいですー(その後は、わかりますよね?)」
 次に反応したのは、意外にも社会人ミク。
「私は、食べ物を、欲している!! 午前休取るので参加したいです」
 ミクは痩せの大食いということを忘れていたので、きっと食べ放題というワードにつられたな? と苦笑する。
 他にも柳先生が「うまいもんが食いたいのう」と書き込みしていたので「現役高校教師が無理でしょ」とコメント欄にレスポンスすると大人げなく拗ねていた。
 私の中で大切な二人。この二人なら、私も肩肘張らずにお仕事ができそうだなと思った。
 自分らしさはとても大切だと、撮影の度に思うから。

 月刊バンビィ11月号は、午前中の表紙撮影も兼ねて食べ放題取材をするらしい。
 つまり、私とミクが表紙に写ることになる。このことをミクに伝えると「え! 私モデルデビューなん!?」と大層驚いていた。慌てふためくミクに「大丈夫やから、私おるし、それにカメラマンさんも優しいから心配せんとき」と電話でなだめた。
「なななな何着てったらええやろか」
「普段着でええよ。私も普段着やで」
 食べ放題なので、衣装は普段着でという指令が出ていた。
「こんなことなら、あのブランドの服をバーゲンで買っておくべきやった!!」
「後悔先に立たずやな。まあ、撮影は先やし、服はゆっくり考えてー」と電話を切る。
 私も最初の撮影の時、大きなスーツケース担いで行ったもんな。ミクの慌てる気持ちが少し理解できるので苦笑いしていた。

 前日朝に矢田さんから電話がかかってきて、私の食レポデビューは粉ものとスイーツに決まった。
『粉モンは明石焼き、スイーツはシフォンケーキやけど大丈夫そう?』
 心配そうな矢田さんの声。企画としては6月号に通ずるものがあり「奈良の名店ぐるり旅」という仮タイトルがついていた。奈良で人気のある飲食店などをバンビィガールが巡る旅、というのがテーマらしい。
「ダブル粉ものですね」
『せやねん、時期的なものもあるけどな』
「大丈夫です。それでイラストはどのように描けばいいのでしょうか」
『もうホンマ自由にやってもらいたいねん。動画回すけど、動画で伝えられんものを補う感じやな。それ以外自由! あおいちゃんのセンスでやってもろて』
「わかりました。ダメ出しお願いします!」
『そんなことはないと思うけど、了解』
 この電話の後は一切ご飯を食べず。水分だけしっかり摂って、お風呂に入って、念入りにお肌のお手入れをして、就寝。断食以外はいつもの撮影の時と同じルーティーンだ。
 お腹が空いて眠れない、ということは一切なく、自然と睡眠に入れた。

 翌日。
『バンビィ号で迎えに行くからね』と渚さんに言われていたので、午前中は少しゆっくりできた。
 アイドルタイムに明石焼きを食べ、夕方にシフォンケーキを食べるらしい。時間間隔でいうと2、3時間といったところだろうか。
 私はお腹が膨れても大丈夫なようにウエストゴムのスカートにチュニックを合わせて、おなかぽっこり対策もバッチリだ。
 食べ物取材なので髪の毛は纏めてひとつにし、くるりんぱ。
 スマートフォンの写真容量も十分空きがあるようにした。家で食べ物を描くかもしれないので、写真とお話を聞くときの録音は必須だ。

『着きました!』と渚さんからのメッセージをスマートフォンが受信したのが13時。香芝から生駒市内に移動する。
「すみません、わざわざ来ていただいて」
「いいのいいの、お腹いっぱいになるだろうし、少しでも楽にしてもらいたいからね」
 動画担当の椿さんは現地集合、そしてカメラマンは沢渡さん。こちらも現地集合とのこと。
「きっとおいしいんですよね」
「そうね」
「食べ過ぎたらどうしよう……」
「あはは、それはあるかもね」
「渚さん、タオル託しましたよ?」
「オッケー、食べすぎ! って思ったらタオル投げるね」
 そんな冗談みたいな話をしながら、車は168号線を使い生駒方向へ北上する。

 ――その店は、国道沿いの店舗が並ぶ一角にあった。
丸源まるげん』と書かれた暖簾が風でぱたりぱたりと揺れている。
「お疲れ様です!」
「お疲れ様です」
「おつかれ、あおいちゃん」
 椿さんと沢渡さんは既に到着していた。
「我々も食べなくちゃねー」
 渚さんが張り切っている。そうか、一応確認もしないといけないのか。編集さんって本当に大変なお仕事だ。
「こんにちは、月刊バンビィです」
「いらっしゃい。お待ちしていました。奥のお席、あいているのでお使いくださいね」
 優しそうな奥様がゆったりとした所作で私たちを案内してくれる。
「ご主人は?」
「今、これ休憩してはるわ」
 これ――奥様が煙草を吸う仕草をする。そうか、朝から働きづめだと休憩するよね、と納得する。ご主人がいない間に椿さんや沢渡さんは店内の様子を撮影している。
 しばらくすると、ご主人が帰ってきた。柔道か何かをやっていたような恰幅の良い人だった。
「おつかれさん、うちの明石焼き食べたら他んとこ食えなくなるで。覚悟しときいや」
「分かっていますよー。私、丸源ファン何年だと思ってるんですか」
 渚さんが笑う。
「お、バンビィガールちゃんやな」
 ご主人と目が合ったので「初めまして! 不束者ふつつかものですがよろしくお願いいたします!」と挨拶すると、豪快に笑われてしまった。
「デビュー戦なんやろ? 食べ物取材。矢田ちゃんから聞いてるで。うちの明石焼きは腹にそんなたまるモンちゃうから安心しい」
 や、矢田さーん! と心の中で叫びにならない叫びを上げる。
 そうだ、と我に返り、自分なりに取材したいとメモしていた内容を奥様に訊くことにする。
「こちらは創業何年なんでしょうか?」
「えっとねー、もう40年くらいかしら。ね? お父さん」
「せやな」と明石焼きを作りながら答えてくれるご主人。
「特におすすめなのはどのようなメニューでしょうか?」
「一番売れてるのは丸源セット。と言っても明石焼き10個にお出汁と甘味がついたものやね」
 ふむふむ、と録音しつつメモも取る。甘味は小さめのアイスだったり、小さな水ようかんだったり季節により様々だと言う。
「今日はプチあんみつがつきますよ」
 聞けば甘味は奥様の手作りだそう。よだれがでてくる。
 そのタイミングでジュワっと鉄板に明石焼きの生地が流し込まれる音が聞こえる。その様子を椿さんが動画に収め、沢渡さんもカメラで何度もシャッターを押している。

「はいよ、丸源セットお待ち!」
 まずは私だけが試食することになっている。動画も、カメラも向けられるという異様な光景の中、あつあつの明石焼きを息で少し冷まし、頬張る。

「~~~~!! おいひい!!」
 生地、ふわっふわ。お出汁がめちゃくちゃ効いてて美味しい!
「口の中で消えちゃう感じがします! タコもぷりっぷり! めっちゃ美味しいです!」
 その様子を見て、カメラの死角にいる渚さんがグッドサインを出してくれる。
「これは女性でもペロリと食べられそうです」
 にっこり笑顔で動画を回しているカメラを見ながら言う。
「こっち、オッケーです」
「僕も大丈夫だよ」
 カメラマン二人がOKサインを出す。
「じゃあ皆でいただきましょうかね。奥様、お願いします」
「はーい」
 取材慣れしているのだろう。渚さんの声に、段取りを分かっていらっしゃる奥様はすぐに私以外のメンバーの分を用意してくださる。
「このお出汁、本当に美味しいです。秘伝だとは思うのですが……かつおだしですか?」
 私が質問すると「そうそう、かつおと昆布でね。配合は秘密だけど」と奥様。
「あの、渚さん」
「何かしら」
「全部食べても……いいですか?」
 ちょっと遠慮がちに訊く。
「え、ええ。大丈夫よ! あとでつらくならないようにね」
「はーい」
 私が何度も美味しい美味しいと連呼したせいか、ご主人が焼きあがった明石焼きを提供してくれた後、「ちょっと一服行ってくるわ」とお店を出て行ってしまった。
「あら、あの人照れちゃって」と奥様が面白そうに笑う。

「ごちそうさまでした」
 あー、美味しかった。心からのごちそうさまでしたが出た。
「こんなに美味しそうに食べるモデルさん、初めてちゃう?」
「ですね、我々もそれで抜擢しているもので」
 渚さんがニコニコで奥様と会話している。
「僕も思いました。紺野さん、マジでレポーターの才能ありますよ」
 え? そんなに? 椿さんの言葉に、少々照れてしまう。
 沢渡さんはと言うと、カメラの液晶画面を見て微笑んでいる。今日はいつもより言葉が少ない気がするけれど、それはきっと動画を回しているせいだな、と自分の中で結論付ける。

「ありがとうございました!」
「またいらっしゃいね」
 ご主人と奥様にお礼を述べて、私たち一同は車を橿原方面に走らせる。
「おなかいっぱいじゃない?」
「それが、胃が活性化されてお腹すいちゃいまして……」
「あらら。じゃあ今度はめちゃくちゃ美味しいシフォンケーキ、堪能してね!」
「はい!」

 ――シフォンケーキのお店も無事取材と撮影完了。
 終わった頃には辺りは随分と暗くなっていた。
「よし、これから私はあおいちゃんを送って、編集部に戻ろうかしら」
「あ、私電車で帰りますよ? 駅近いですし」
「それなら、また僕が送るよ。今日もこれで仕事終わりだし」
 沢渡さんが名乗り出てくれる。でも、ちょっと考えて「今日は一人で帰りたいんです」と言った。
 あくまでもモデルとカメラマンの関係。その関係を壊したくなかった。
「わかった。じゃあ気を付けて」
 沢渡さんは何かを感じ取ってくれたみたいだ。あっさりと引いてくれた。
 シフォンケーキのお店の前で三人と別れ、駅へ向かう。

 ――ちょっと淋しいな、と思ったのは私だけの秘密。


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