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小説:バンビィガール<6-4>食べ物取材はいばらの道 #note創作大賞2024

「昔ね、あおいちゃんみたく頑張ってる女の子がいたんだ」
 涙を拭いながら、沢渡さんがぽつりぽつりと話し始めた。
「その子はね、頑張り屋だった。合唱部だったんだけど、歌うことが大好きで、僕たち仲間はその子を応援していた」
 でも、と沢渡さんが悲しげな表情を浮かべて、続けた。
「その子はね、歌えなくなったんだ。過度のストレスで声が出なくなった」
「え……」
「なかなか回復しなかった。僕はバンドをやっていたんだけど、文化祭の時に初めて彼女の歌声を聞いた。半ば無理やりステージに上げたんだけど」
「……歌えたんですね」
「でもね、彼女が歌いたい場所ではなかなか歌えなかったんだ。だから彼女は合唱部を辞めた」
「そんな……」
「僕はお飾りのあおいちゃんが撮りたいわけじゃない。これは勘違いしないでほしい。ただ、オーバーワークは何のメリットもないし、自分を追い込むだけだってことを伝えたかったんだ。あおいちゃんにはあおいちゃんの仕事がある。僕が渚ちゃんに言いたかったことは、もっとあおいちゃんの負担を減らして、いい笑顔のレポートを撮影したい。それだけ」
 沢渡さんは自嘲気味に笑いながら「おじさんのお説教というか、思い出話になっちゃったけど、無理は本当によくないよってことを教えたかったんだ」と前を向いて運転しながら呟いた。
 私、無理してたのかな。してたんだろうな。
 沢渡さんに「怖い」と思っていることを見抜かれている時点で、そうだったのだと思う。
 何が理想のバンビィガールなのだろう。車の中でずっと考えたけれど、答えはでなかった。

「僕も熱くなりすぎたな、渚ちゃんたちには話しておくから心配しないでね」と沢渡さんが私を駅のロータリーで降ろしてくれて、ハザードランプで3回「またね」の合図を出してくれる。
 今は薬が切れてきて、しんどさが先行している。早く家に帰って薬を飲みたいので、家がロータリーから近かったことをこんなにもありがたいと思ったことはない。
「ただいま」
 小さい声で挨拶をして、家に入る。
 洗面所で手洗いうがいを済ませて、リビングに入ると「あんた、帰ってくるの遅いで!」と少し怒っているお母さんと、そして
「矢田さん……?」
「ごめんな、お邪魔してます」
 何故か矢田さんがうちにいた。
「あ、ちょっと待っててくださいね。薬飲ませてもらっていいですか?」
「ええよ、ええよ、ゆっくりで」
「本当にうちの娘がいつもお世話になって……ご苦労も多いと思います」
 お母さん、私頑張ってるの。何も知らないくせに。
「いえいえ、あおいさんは本当に頑張ってくれてますよ。こちらが驚くぐらい何事にも全力ですから」
 関西弁じゃない矢田さんの話し方を聞くのは初めてで、私はキッチンでコップに水を注ぎながら驚いていた。ロキソニンを口に放り込んで水を飲む。飲んでしばらくしないと効き目は現れないのに、安心する。
「矢田さん、私の部屋へ行きますか?」
「うん、そうするわ」
 私は冷えた緑茶を二人分注いで、トレイ片手に部屋へ案内する。
「どうぞ」
 床にクッションを敷いて、矢田さんを座るように促す。
「ありがとう、長居はせんから安心してな」
「今日のことでしょうか……」
「うん、渚さんから聞いてな、これはあおいちゃんちにいかなあかん! って身体が勝手に車運転してたわ」
 そう言う矢田さんは苦笑いだ。
「あの、ご迷惑をおかけして」
「いやいや、ご迷惑というのならこっちやで。ホンマにごめんな。沢渡さんに言われんかったら、ホンマに大事なバンビィガールを潰すところやった」
「いえ、私が体調不良を渚さんに指摘された時に、無理ですって言えれば……」
「でも、仕事やから言えへんよな」
 矢田さんの言葉にコクリと頷く。
「お飾りのモデルさんは私、望んでへんねん。でもな、あおいちゃんやからこそやってもらえることが多くて、いっぱい頼んでしもうたことを反省してるんよ。ホンマごめんな」
「いえ……」
 何故か急に涙が溢れてきた。できない自分が悔しいのか、ホッとしているのか分からない。
「それで、色々考えてんけど、取材は一日一件。それを月2回にしようって。それやったらできるかな、あおいちゃん」
 私は涙を流しながらうんうんと頷く。
「せいいっぱい、やりたいです」
「うん、嬉しい。でもな、ちゃんと息抜きしながらやらなあかんよ。精一杯、全力、すごくあおいちゃんらしいけど、期待に応えすぎるところがあるからな」
 矢田さんが私の頭を優しく撫でる。
「編集長として失格やったわ。モデルの管理は私がしっかりせなあかんかったのにな」
「やたさん……」
「これからも、バンビィガール、続けてくれる?」
「はい」
「あおいちゃん以外もう考えられへんねん」
 そう言って矢田さんが私を抱きしめてくれる。聞こえてくる矢田さんの声は涙声だった。
「ありがとう……ございます」
 私を必要としてくれている場所。私が私でいていい場所。それがバンビィガールなのだと矢田さんは教えてくれた。

「コンコン、矢田さん、お夕飯どうです?」
 抱き合っているところに、母乱入。矢田さんと二人で驚いて、慌てて身体を離す。空気読んで欲しいし、ノックは口じゃなくて手でして欲しい。
「じゃあ、ちょっとだけいただきます。仕事まだあるんで」
「編集長って大変なお仕事やもんねえ。今日はカレーやから食べやすいと思うよ」
 じゃあ支度するわー、とお母さんがキッチンへ戻っていく。
「あおいちゃんの好きなお母さんのカレー、楽しみやわ」
「……はい、おいしいですよ!」
 精一杯笑って答える。私は、この人たちと仕事できてとても幸せ者だと思えた。


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