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小説:バンビィガール<6-5>食べ物取材はいばらの道 #note創作大賞2024

 あれから食べ物取材は月2回、お店は2件と決まり、私も徐々に慣れてきた。
 渚さんにも謝罪され、何故か沢渡さん、椿さんにも謝罪され、困惑する一コマもあったけれど、今は編集部との関係性も良好だ。

 10月の初め。
 とあるショッピングモール。私とミクは「食べ放題」の取材で和洋折衷のビュッフェレストランにいた。
 渚さんと椿さん、そして沢渡さんがバンビィのスタッフとして来ている。
「ここ、めっちゃ気になってたところやねん! 嬉しい!」とミクが喜んでいる。
「坊城さん、よく食べるとお聞きしてますよ。がっつり食べてくださいねー」
 渚さんがいつもの笑顔でミクに話しかける。
「でもまずは表紙撮影だからね、ちょっと我慢してね」
 沢渡さんは料理を取り分け、綺麗にテーブルに配置していく。それをお手伝いする私と渚さんと椿さん。
「よし、椅子に腰かけて」
 私とミクは、指示された椅子に腰かけてフォークとナイフを持ち、様々なポーズをする。
 シャッター音がBGMみたいで、ワクワクする。
「顔が引き攣る……」
 ミクの笑顔が硬直してるので、私が「最初私もそうやったで」と耳打ちする。
「こういうお仕事、私には向いてへんわ。やっぱアオすごいわ」
「そんなことないって」
 ミクの心底感心したような声に、私が照れてしまう。
「ほらほら、おしゃべりしてないでカメラに視線ちょうだーい」
 沢渡さんのこっち向いての手振りが来る。お椀を持ってみたり、二人で食べさせ合いの真似事をしてみたり、思いつく限りのポージングを取る。
「いいね、今の表情! 可愛いよ! 美玖ちゃん大きく口開けて笑おうか」
 イケオジ沢渡さんに可愛いと言われて照れているミクが可愛い。
「オッケー! 最高な表情いただきました! ありがとう」
「え、え、終わったん?」
 沢渡さんの合図に、戸惑うミク。
「表紙はな。あとは食べてる時の動きも撮るから、いっぱい食べられるのはもうちょっと後やな」
「早く食べたいー」
 そりゃあなた、おかずがあればご飯5杯食べますからね、はらぺこでしょうね。ミクの食欲を理解しているのは私だけなので、このおあずけが辛いことも良く分かる。
「あ、チョコレートフォンデュがある!」
「じゃあその前でも写真を撮ろう」
「春巻きおいしそー」
「それをお皿に乗せて視線もらえる?」
 ミクの欲望のままに、私たちは店内を行ったり来たり。沢渡さんが、椿さんが動画を撮影していく。
 気が付けば沢山のお皿とおかずたち。
 渚さんがニコリと笑い「お待たせしました! もう食べていいわよ。雑談しながらどうぞ」と勧めてくれた。
 このシーンも動画に収めるらしいけれど、音声はオフにするらしく、遠慮なく私たちは雑談する。
「白ご飯が進むー! おいしい!!」
「あはは、ミクらしくてええな」
「おいしいものは裏切らんからな」
「まあ、それは言い得て妙やわ」
 私もお皿に取ってあったテリーヌを一口食べて「おいしー!」と味わう。
「それにしても、沢渡さんめちゃくちゃイケメンちゃう?」
 急にミクが小声で私に『内緒話』。
「うん、モデルやっててもおかしくないよな」
 次にミク大絶賛の春巻きを一口食べ「これもおいしい……」と舌鼓を打っていると、ミクがしみじみと語り始めた。
「アオがさ、バンビィガールになりたいって教えてくれた時のこと覚えてる?」
「ん?」
 随分と昔のことなので、正直覚えていない。
「アオがキラキラしたで、私もいつかこの表紙に載りたいんやって教えてくれたの、めっちゃ覚えてて。それで夢叶えて、私まで表紙に載る未来は想像できんかった」
「確かにミクが表紙っていうのは私も想像してなかったわ」
 この未来は確かに予想できんよな、と笑う。
「アオの夢と一緒にいられるのが、私は嬉しい」
「ミク……」
 思わず涙がほろりとこぼれそうになる。
 こういう人たちに支えられて、今の私がいる。本当に貴重でありがたい。胸の奥がじんわりと温かくなる。
「こんな風に美味しい料理をタダでごちそうになる日が来るなんてな」
 ミクのその言葉に二人して吹き出す。
「ミク、言い方言い方」
「あかん、これじゃあいやしい女になってしまうな」
 その言葉に更に大笑いしてしまう。
「やめてや、ミク! わらけて食べられへんやん!」
「ホンマのこと言うただけやろ?」
 二人の笑いはしばらく続いた。

「よっしゃ、パワーチャージできた。仕事頑張ってくるわ!」
「ありがとうな!」
「坊城さん、ありがとうございました!」
「美玖ちゃん、いい笑顔サンキュ!」
 午前休を取っていたミクを見送り、次のお店に行く前に私たちはブレイクタイム。
 何故ならば、次の食べ放題は――。

「せんぱい、おなかすきました」
「後輩よ、我慢だ。我慢こそ美味しくいただくためのスパイスだ」
「そう言われましても、食べるために昼食抜いたんですよ!? 学生の昼食抜きがどれだけ辛いか分かりますよね!?」
「まあまあ落ち着いて女王……」
「えっと、北島きたじまさん。もうすぐ着くから我慢してね」
 渚さんが苦笑しながらバンビィ号を運転している。
 北島、は女王の本名。下の名は七菜香ななかという可愛い名前だ。
「あ、すみません。大丈夫です。文句を言うのはせんぱいにだけなので」
「私は文句回収係かい」
 思わず女王の頭をチョップする。
「痛いー、おなかすいたー、せんぱいのばかー」
「ばかは当たってるから、もうなんとでも言ってくれ」
 車中賑やかなバンビィ号が辿り着いた場所、それは「焼肉の名店」だった。

「こんな高級店に食べ放題があるとは……」
「意外と知られてないのよね。それで今回お願いして、取材オッケーもらったの」
 わくわくした様子で渚さんが話してくれる。
「え、ここそんなに高級なんですか!?」
「うん、普通の食べ放題より高いと思う……」
 驚く女王に、ざっと計算して震えが止まらない私。
「それがね、意外とお得なのよ。でも普通の食べ放題よりかはお高いかもね」
「女王、空腹がいい仕事するぞ。きっと」
「本当ですね!? 信じますよ!?」
 女王は相当お腹が空いているらしい。私を詰めてくる圧が凄すぎて対処するのに苦労した。
 遅れて椿さん、沢渡さんも到着。
「全員揃ったし、行きますか。あ、今回は撮影のため個室予約していまーす」
「こ、し、つ!」
 女王のテンションが最早どこにいっているのか分からなかった。その様子に渚さんは苦笑していた。

「はい、まずはぶつ撮りー」
 沢渡さんが、美味しそうなお肉が沢山並んだ銀のお皿を一生懸命撮影している。椿さんも同じく店内動画を撮影中。
「女王、ここからは空腹との勝負やで。モデルはにっこり笑ってナンボ。ええな?」
「はーい」
 口をとがらせて返事をする女王。それだけで私は愉快な気分になる。女王のマイペースさは、ミクのそれとは全然違うもので、味わい深い。
「じゃあモデルお二人、お肉のお皿持ってこっち向いて笑って」
「はーい」
 沢渡さんの声掛けに、笑顔で答える私たち。
 肉のお皿を並べた状態で私たちが手を広げてみたり、驚いてみたり。女王に至っては皿を持つより、白ご飯の器を持って待機しているので私とのコントラストが違いすぎて「こら女王!」とたしなめると「いや、それはそれでアリ!」なんて言うから、まんまと沢渡さんも女王のペースに乗せられたな……と小さくため息。
「よし、撮れた! 食べていいよー!」
「焼きます!」
 早速上カルビを焼き始める女王。意識はお肉にしかない。
「いいお肉だな、綺麗」
 私も嬉しいので、お肉の感想を述べると「あおいちゃんはここ来たことあるの?」と渚さんに訊かれた。
「はい、たまーに家族で」
「美味しいよね、寿楽じゅらくの焼肉」
「高級すぎず、美味しいお肉食べるならここですよね」
「いただきま」
 す、ぐらい言いなさい! と心の中で突っ込み入れる前に女王が肉オンザライスをかっ込む。
「おいひい……」
「よし、私も食べるぞ! っていう写真要りますか?」
 沢渡さんに確認すると「あ、じゃあそれはもらおう」と撮影モード。私は焼けたネギ塩タンを箸でつかみ、ご飯茶碗を持ちカメラ目線。
「オッケー! おいしそうな顔だったよ!」
 オッケーをもらえたので私も遠慮なくネギ塩タンに食らいつく。
「うまうま……牛さんありがとう」
「じゃあ大体のものは撮影できたので、我々も頂くとしましょう」
 渚さん、椿さん、沢渡さんが席について、私たちの焼肉パーティが始まる。
「七菜香ちゃんはあおいちゃんの大学の後輩?」
「そうれふ。せんふぁいはそふひょーひへはほへ、かふっれあいれふら」
「口いっぱいに放り込んでしゃべらないの」
 沢渡さんの質問に精一杯答えるのはいい、だがほおばりすぎて何を言っているのかわからないから、と呆れながら女王を見る。
「先輩後輩で仲良しっていい関係だね」と沢渡さんが微笑むのを見て、確かにこの関係性ってちょっと特殊で面白いし、楽しいなと思う。
 この日の焼肉は人生で一番楽しくて美味しい焼肉だった。

 10月25日。月刊バンビィ11月号発売日。
 書店には私とミクの笑顔が大きく掲載されている表紙のバンビィが平積みに。
「なんかアオが恥ずかしいって言ってた理由がわかる気がするわ……」
「やろ?」
 イオンモール橿原かしはらの書店で、私たちは苦笑いを浮かべながらその光景を見ていた。


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