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小説:バンビィガール<7-1>年末年始のご予定は #note創作大賞2024

 季節はあっという間に過ぎてゆく。
 月2回の食べ物連載にも慣れて、表紙撮影などもこなしていると、12月が来ていた。
 1月号は12月25日に発売されるので、巻頭特集は冬遊び、そして――。
「え!それって」
「そうやねん、向こうから是非って」
「わあ、めちゃくちゃ嬉しい!」
 矢田さんの言葉に私の表情筋が緩む。
 なんでも、バンビィを見てくださった老舗呉服店の方が「良ければ是非うちの着物を衣装としてお使い下さい」というありがたいお申し出があったとのこと。
「というわけで元々企画はしていたけど、がっつりやっちゃうで。『初詣特集』!」
 矢田さんの言葉に、編集部一同拍手。
「あ、でも私着付けできないんですが……」
「だいじょーぶ。着付けのプロも含めて先方さんがスタンバってくれるって」
 なんという神待遇。気前の良さに感謝する。
「先方さんのご厚意なので、こちらも大々的に呉服店さんとコラボしたいなと。なのであおいちゃんには一日に3回振袖着てもらうで!」
「えっ!」
 そんなに着せてもらえるだなんて! 体力勝負だな、と心の中で呟く。
「呉服店さんのコラボコーナーも載せる! あおいちゃん責任重大やで!」
 矢田さんの脅しにちょっとだけ怯むけれど、でも着物! 成人式の時以来の着物!! テンションは上がりっぱなしだ。
 早速初詣特集で行くべき寺社仏閣をリストアップする。何せ奈良県内、かなりの数の寺社仏閣があるわけで「どこも魅力的で決められへん……」と矢田さんが頭を抱えている。
 東大寺とうだいじ春日大社かすがたいしゃ薬師寺やくしじ橿原神宮かしはらじんぐうなどの知名度の高いところも載せつつ、ツウな寺社仏閣も載せたいというのが矢田さんの希望。
「あおいちゃんのお勧めってどこかある?」
 渚さんに訊かれて、少し考える。
「無難かもしれませんが、談山神社たんざんじんじゃとか? ですかね」
 談山神社は桜井市さくらいし多武峰とうのみねという山の中にある神社。初詣で二年参りに行った時、意外と空いていて風情もあって楽しめた場所だった。
「談山神社いいよね、わかる!」
「ただ、路面凍結ちょっと怖いですけどね」
「アクセスがよくないよね……」
 でも候補には入れておこう、と渚さんがパソコンに打ち込む。
「あ、そうだ」
 打ち込んでいた手を止めて、渚さんが私のほうを向いた。
「バンビィの忘年会があるんだけど、あおいちゃん参加する?」
「え? 忘年会ですか?」
「結構いい場所でやるの。忘年会なので会費は会社持ち」
 見せてもらったパンフレットには、美味しそうな料理と、モダンな内装のお店が写っていた。
「12月の28日が仕事納め、その後になるんだけど」
「じゃあ、参加したいです」
 スケジュール帳を確認しながら、何も予定がないことを確認して返事する。
「今年の功労者だからね、あおいちゃん」
「そんなそんな……」
 あ、私たち連合軍も忘年会やったほうがいいのかな。でも年末だし、みんなの予定もあるだろうし……。
 そんなことを考えていると、視界に飛び込んできたのは編集部にある大きなカレンダー。
 12月25日、バンビィ1月号発売日。うん。
 ……12月25日?
 クリスマスやーん! と気づくまでに随分時間がかかってしまった。

 家に帰ってメッセージを送信する。
『クリスマス? イブも含めて仕事や』
 デスヨネー。ミクからの実にあっさりとした返信にがっくし。
 ミヤコは多分彼氏さんと一緒に過ごすやろうし……。
 やばい、3週間しかないけれど、誰と過ごすとか考えていなかった。で、でも誰かと過ごさないといけないとかなんて法律で決まっていないしね! 別にファミリークリスマスでもええやんええやん!!――などと、お風呂に入りながら言い訳めいたことを考えて、脱衣所で着替え、私の部屋に入った時だった。ベッドに放りっぱなしのスマートフォンがブンブンと音を鳴らしていた。

『今、ちょっと出られるか』
 唐突なアキヒロからのメッセージ。どうしたのだろう。
『待ってて、すぐ行く』

 玄関先には、スーツ姿のアキヒロの姿。窮屈だったのか、ネクタイを緩めている。
「アキヒロ、お疲れー。どうしたん?」
「いや、ちょ、ちょっと大事な話があって」
 アキヒロにしてはしどろもどろな会話の仕方だ。視線も泳いでいる。
「大事な話?」
 何だろう、バスケットサークルの忘年会の話だろうか。もうそんな季節なんだなあ、とボンヤリ考えていたら
「クリスマス、一緒に過ごさへん?」
「クリスマス……? え、他には誰が来るん?」
 クリスマスの予定できた!? 他のメンバーの名前を期待して待っていた私に、アキヒロは静かに呟いた。
「いや、俺とお前……だけ」
「え」
 沈黙が流れる。
 ふたりっきりっていうことは……そういうことだよね。鈍感とよく言われる私でも、分かる。アキヒロの真剣な眼差しを、受け止められない。
 私は俯いて、小声で答える。
「ごめんなさい、アキヒロとは一緒におられへん」
「……やっぱそっか」
 その声は優しくて、今まで聞いたことのないアキヒロの声だった。
「嬉しいよ、ありがとう。でも……」
「うん、分かった。呼び出して悪かったな。おやすみ」
 私の目の前からアキヒロが去っていく。離れていく背中を見つめながら思う。
 アキヒロはなんだかんだ言って、私の味方でいてくれる。沢山応援してくれた。でも、アキヒロは「大切な仲間」であって、それ以上の仲には……。
 そう思っているのに、なぜ今私は泣いているのだろう。
 何が悲しいのだろう。全然分からないけれど、涙を止める術を知らない私はその場でしゃがみ込み、声を殺して泣いた。
 アキヒロ、ごめん。本当にごめんなさい、こんな私で。

 翌日。
「アンタ、ゆうべ濡れた髪で外でたやろ。そのせいやわ」
 お母さんがため息をきながら、体温計をしかめっ面で見つめている。
 色々考えすぎたのもあったけれど、冬の寒さをなめたらあかんでとばかりの高熱を出してしまった。
「何度も言うけど、病人はおとなしくするのが仕事! 風邪薬飲んで寝とき」
「はあい……」
 今日、撮影や取材が入ってなくて良かった。
 散々泣いたのもあるけど他人様ひとさまに到底見せられる顔ではなかったので、風邪に感謝しつつベッドの中に潜った。


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