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小説:バンビィガール<7-2>年末年始のご予定は #note創作大賞2024

 治すのに3日かかったけれど、撮影には間に合った。
 風邪の間は気合い入れなおし! と食べ物取材のイラストを仕上げ、バンビィガールの連載記事を仕上げ、とにかく余計なことを考えないようにした。
 もしかしたらこれからアキヒロとは普通の関係には戻れないかもしれない。そんな不安を抱えすぎないよう、自分にできることをこなす。当たり前だけれど、それがアキヒロへの恩返しでもあると思ったから。

【20XX/12/07
 皆様おはようございます! 紺野あおいです。
 先日風邪を引いて高熱が出ましたが、何とか復活です!
 今日は朝から撮影です。素敵な1月号を作るべく編集部の皆様と協力して、楽しいものを創り上げていきますので、応援よろしくお願いいたします!!
 #月刊バンビィ
 #バンビィガール
 #紺野あおい
 #奈良
 #皆様の年末年始のご予定は?
 #コメントで教えてくださいね】

「よし」
 自分に気合いを入れる。
 動かなくても汗をかくだろうと、薄手のインナーを着ていくことにした。
 髪型を気にしなくてもいいように、前開きのシャツワンピース、ニットカーディガンをチョイス。

 今日の撮影場所は、いつもの撮影スタジオと東大寺。
 勿論東大寺は普通なら撮影禁止なので、事前に撮影申請をしている。
 肝心の着物撮影は呉服店さんが直々にスタジオまで来てくださるらしい。ありがたい。
 大和八木やまとやぎ駅で渚さんと待ち合わせ、バンビィ号でヘアサロンに向かう。
「今日は今までと違う大変さがあるかもね」と運転している渚さんに言われたので「そうですよねえ、覚悟しとかないと」と気合いを入れる。
 ヘアサロンは車で5分もかからないところにあり、確かにこれなら大和八木駅の隣の新ノ口にのくち駅から近いかも、と思える距離感だ。
「おはようございます、バンビィです」
「おはようございます」
 渚さんと私が挨拶すると、そこには何故か沢渡さんが店長さんらしき人と一緒にいた。
「おはよう」
「あれ? 今日って大田おおたさんがカメラマンなんじゃ……?」
 大田さんとは人の良いおじさんカメラマンさんのこと。予定では大田さんが撮影してくれるはずだったのだけれど。
「今朝、風邪引いて熱がすごいから、申し訳ないけど代わってくれって連絡があったんだ。最近流行ってるもんな、風邪」
 大田さん大丈夫かな、私も風邪引いたから分かります。お大事に……と心の中で大田さんの回復を祈る。
「あおいちゃんは僕だと不満かな?」
「いえいえ! 不満なわけないじゃないですか」
 ちょっと拗ねながら言う沢渡さんが大人気おとなげなくて、心の中では大爆笑。顔には出さないようにしていたのだけれど。
「今、心の中で笑ったよね?」
 ひえ、ばれてるー。苦笑いを浮かべてごまかすことにする。
 今日はスケジュールがバタバタなので、雑談はそこそこに早速ヘアメイク。目次用の写真はストレートヘアにナチュラルメイク。そこから着物用のヘアメイクをしてもらう。
「何だか変な感じですね、髪の毛だけめちゃくちゃ派手」
 私が笑うと、渚さんが「可愛いわよ、お着物に映えるわ」と優しく肩をポンと叩かれた。
 ヘアサロンのスタッフの皆さんにお礼を言って、今度はバンビィ号を北上させる。
「今朝ちょっと元気なかったっぽいけど、今は大丈夫?」
「へっ? あ、はい。大丈夫です」
 私の頭の中は4日前のアキヒロのことが頭からこびりついて離れない。
 ここは人生の先輩に相談してみることにする。
「あの……例えばなんですけど、仲の良い男性が友達じゃなくて異性として自分を見ていたって分かった時ってショックでしょうか」
 渚さんはちょっと考えて、言葉を選ぶように話し始めた。
「うん、ショックだろうね。でもそれはお互いにショックだと思うの。相手は自分を異性として見て貰えてなかったことが分かるわけだし。でもね」
 そこで渚さんは言葉を区切った。
「でも?」
「人間として大好きなら、今は気まずくてもきっとまた笑い合える日がくる。私はそう思うな」
「人間として大好き……」
 そうだ、私はアキヒロのことが人間として好きで、恋愛感情はなくとも大好きだ。口は悪いけれど良い奴なのは分かっているし、大切にしてくれている。
「今は仕方ないから距離を置くのは大前提なんだけどね、難しいよね恋愛って!」
 渚さんの最後の語気はちょっと強かった。
「渚さんはお付き合いしている方、いるんですか?」
 私の問いかけに、渚さんは「さあ、秘密」と軽く流した。

「おーい、おっはよー」
「矢田さん、おはようございます!」
 スタジオには矢田さんが待機していた。そのお隣には淡い水色の着物のご婦人が。
「こちらが石田呉服店の店主の奥様、石田さんです。石田さん、こちらが編集部の三橋みつはしと、モデルの紺野あおいさんです」
「わざわざご足労いただき感謝いたします。編集部の三橋です」
「はじめまして、モデルの紺野あおいです」
 渚さんと一緒にお辞儀すると、石田さんはにっこりと優雅な笑みを見せる。
「あら、実物のほうが本当に可愛らしいお嬢さんやね。うちのお着物を素敵に着こなしてくれはりそう。石田です。よろしくお願いいたします」
「元々、石田さんは京都で反物たんものの製造に関わってはってね、ご主人とご結婚されたことを機に奈良に来はったんよ」
「そうなんですね」
 渚さんが驚いている。
 確かにちょっと京都訛りがあるなと思っていたら、本当に京都出身の方だったんだ。京都の大学出身の私としては馴染み深い訛りなので、石田さんの京都訛りはホッとするものだった。
「さあ、早速着物を選んでもらいましょか」
 石田さんの後ろに控えていたスタッフらしき人たちが、着物が収納された袋を前もって敷いていたビニールシートの上に運んでいく。
「身長が高い方向けのお着物も最近はお仕立てしてまして、うちで取り扱っているもので人気の柄をお持ちしたんですよ」
 そう言いながら石田さんが着物の入った袋を丁寧に開けていく。
「うわあ……きれい」
 思わず感嘆の声が漏れる。華やかな大柄のお着物が沢山ある。しかも色のバリエーションも豊富で、更にモダンレトロな柄が多い。
「このあたりが20代の方に人気でして、お気に召しはりました?」
 私が目を奪われたお着物がわかったようで、石田さんに見抜かれる。流石老舗呉服店のご夫人。
 そのお着物は、ベージュ地に白や茶色のお花が描かれているものだった。ザ・和モダン。
「こちらは差し色に黒を使うんですよ。帯揚おびあげとか重ねえりに黒。いわゆるバイカラーの配色になります」
「素敵やん! あおいちゃんの好みセンスええな!」
 じゃあ、この着物は特集記事のトップに使うから一番最後でー、と矢田さんと石田さんが話をしている。
 お着物にも流行はあるようで、全体的にモダンなものはくすみカラーが多い。私は更に石田さんと同じような色味のお着物、そして石田さんが仰っていた「王道柄」のモスグリーンのお着物を選び、早速着付けをしてもらう。

「ウエストが細い方はボリュームを出すためにタオルを何枚か巻いて、着物のシルエットをきれいに見せます」
 私の胴全体をタオルで覆い、そして着せてもらう。
 最初に着たのは王道柄モスグリーンの振袖。髪型はあまりいじらず、髪飾りで変化をつける。
「まあ、素敵!」
 石田さんがとても褒めてくださったので、ものすごく照れてしまう。
「なんやろ、何故かあおいちゃんをお嫁に出す気分になった」
「矢田さん、分かります。私もです」
 矢田さんに渚さんがそんなことを言うので「どういうお気持ちなんですか!」と突っ込みをいれる。
「よし、じゃあ楚々そそとしたあおいちゃんを撮っていこうか。あおいちゃん、ゆっくり無理せず歩いて」
 沢渡さんの指示が飛ぶ。
「今度は振り返って。そう、綺麗だよ」
 シャッター音が、私の現実から「モデルの私」へと導いてくれる。あれだけカメラが苦手だったのに、今は心地良くて、何度も聞いていたい音に変化した。
「よし、オッケー。次の着物を着せてもらって。あと水分ちゃんと摂ってね」
 沢渡さんがノートパソコンをチェックし、オッケーサインを出した。
 撮影は順調。石田さんも優しく、着物の着方をレクチャーしてくれる。次いつ着られるか分からないけれど、すごく参考になるお話が多いので、心のメモ帳に書き込む。
 次の水色のレトロなお着物での撮影も終わり、一旦昼食休憩に。
 石田さんがおすすめのうどん屋さんがあるというので、皆で車に乗り――私は振袖を着る前のワンピース姿で――うどん屋さんへ向かう。
 私が乗り込んだのは、沢渡さんのランドクルーザー。もうこの車に乗るのも3回目か、と不思議な気持ちになる。
「今日は何だか不思議な気分だなあ」
 沢渡さんがそう言うものだから、私はまた心読まれた!? と驚く。
「え、何でですか?」
「いや、あおいちゃんがいつも以上に撮影に熱心でさ、現実のあおいちゃんがあまり感じられないというか。それはそれでアリなんだけどさ」
「振袖マジックですよ、きっと」
「じゃあそういうことにしておこうか。でも、何かあった? そんなに没入するなんて」
「秘密です」
「へえ、当てようと思ったのに」
 当たるはずないもんねー、と心の中で思っていたら
「クリスマスの過ごし方、でしょ」
「はっ!?」

 ――沢渡さん、恐るべし。


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