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小説:バンビィガール<7-3>年末年始のご予定は #note創作大賞2024

「あら、きれいねえ」
「何かの撮影かしら」

 うどん屋さんで美味しいきつねうどんをいただいて、すぐにスタジオへ戻り着付けし直し、東大寺へ向かった。
 ベージュ地の振袖は本当に可愛くて「今は重ね襟にもフリルなどつけたりするんですよ」と石田さんから教えてもらい、イマドキの振袖事情に少々詳しくなったり。髪飾りはうんとゴージャスにゴールドの大きなリボン。
 一人ではすってんころりんこけてしまいそうなので、渚さんの手を握りながら歩く。
 南大門前では、外国人観光客が私にカメラを向けて撮影したり「Beautiful!」と言われたりして、少し恥ずかしかった。

「じゃあ、大仏殿前で撮影しよう」
 観光客への配慮とレイアウトの関係で、私たちは大仏殿前で撮影することに。
「あおいちゃん、おしとやかなお嬢様妄想、できる?」
 渚さんから妄想オーダーが入る。
 おしとやかなお嬢様……もしここが何かのパーティ会場だったとしたら、きっと私はいつものおしゃべりを封印して微笑みながら参加者に挨拶するだろうな。
「あおいちゃん、右手で大仏殿を案内する風にあげて」
 沢渡さんからもポージングのオーダー。そっと右手を大仏殿へ向ける。その間も微笑みは絶やさない。
「うんいいね。今度は着物を主役にしよう。コラボページの撮影だよ」
 着物を主役にするのは、かなり難しいけれど、振袖が可愛く見えるように努力する。少しだけ左右に揺れてみたり、ちょっとだけ身体を回転させて動きをつける。
「オッケー!! あおいちゃんお疲れ様!」
 沢渡さんの声で、私はふう、と一つ深呼吸した。
「お疲れ様です。ホンマに着物を綺麗に着こなしてくれはって、ありがとうございます」
 石田さんが深々と頭を下げるので「おやめください! 私の仕事なので当たり前のことをしただけです」と慌てる。
「今日のあおいちゃんは、いつも以上に気合いが入っててよかった! 素敵だったよ」と渚さんが褒めてくれる。
 そりゃそうです、なぜならばと思い出す――。

 時はうどん屋さんに向かう沢渡さんの車の中まで遡る。
「図星なんだね」
「……はい」
「でも、別にクリスマスを絶対に誰かとお祝いしなくちゃいけないってことはないし、第一あおいちゃんの認知度は上がっているから誰かの行動が非常識だった場合、あおいちゃんの品位を下げるかもしれないんだよ?」
「なるほど」
 目から鱗だった。私ってちょっとだけ有名人だったんだ。
「ファミリークリスマスでいいと思うよ。今年はきっと投票とかでお世話になっただろうし。ケーキ買ってあげて楽しく過ごせばいいよ」
「そうですね、初詣は毎年ミクと行くって決めてるし。そんな年があってもいいですね」
「それにあおいちゃんはモデルとして随分成長してると思うから、クリスマスの件は些細なことじゃないかもしれないけど……モデルっていう仕事に真っ直ぐ向き合って欲しい。これはおじさんの願いかな」
最後の方は、沢渡さんが自虐的な笑いを見せながら教えてくれた。

「と、いうことがあったんよ」
『なるほどな、難しいな。アオはもう有名人やしなあ。まあアキヒロくんちは近いからバレるとかはないだろうけど、恋愛感情ないのに一緒に過ごすっていうのも……』
 ミヤコとの長電話。ミヤコは意外にもクリスマスは出勤でデートは前倒しらしい。
『それにしても沢渡さんってカメラマンさんは、色々とニクい人やね』
「え? 別に嫌いじゃないで?」
『そっちの憎い、ちゃうよ。隅におけないねーいいねー、ってほうな』
「あ、そっち」
『その沢渡さんには、恋愛感情はないん?』
 ミヤコに訊かれて、考える。うーん、そもそも年齢が離れているし、私なんてお子ちゃまだろうしね。好きだった人に似ているっていっても、シュークリームが苦手っていうだけだし。
『随分と間あくやん』
「改めて考えたことがなかってんもん。それに私、沢渡さんのことよう知らんし」
『え、電話番号も?』
「あ、そう言えば名刺もらってそのままやった」
『あはは、何かあった時は連絡したらええやん』
 ミヤコがおかしそうに笑う。名刺どこにしまったっけ? と手帳のポケットを見ると、渚さんや矢田さんの名刺に混じってあった。
「でもまあ、今は恋愛はええかな。仕事楽しいし」
『せやな。周りは結婚していくけど、自分が楽しいと思える時間を大切にしたほうがええよな』
 私は12月12日で28歳を迎える。絶妙に微妙な年齢だけれど、私はこれでいいと思った。毎日に感謝しながら、お仕事ができることがこんなにも幸せなのだから。

 5日後。
 私の誕生日。朝からスマートフォンが賑やかに「お誕生日おめでとう」と祝福メッセージを受信している。
 あの日以来、メッセージをしていなかったアキヒロからも「お誕生日おめでとう。この間はごめん。素敵な一年になりますように」とメッセージが来ていて、ちょっとホッとした。
 そんな中、唐突に電話の着信音。相手は矢田さんだ。
「はい、もしもし。紺野です」
『あおいちゃん、ハピバー!』
「ありがとうございます!」
『ちょっと待ってな、代わりたい人がおるんよ』
 代わりたい人って、どういうこと? 一瞬考える。誰のことだろう。
『沢渡です。お誕生日おめでとう』
「さ、沢渡さん!?」
『初めてだよ、モデルちゃんに名刺渡して連絡来なかった子』
「す、すみません」
 電話口の沢渡さんは、さも可笑しそうに笑っている。
『でも、勝手に塔子ちゃんとかに電話番号尋ねるのも失礼だから、こうやって連絡つないでもらった』
 後ろのほうで矢田さんが「貸しイチですよー、おいしいもの頼みます!」という声が聞こえてくる。その声にクスクス笑ってしまう。
『よかったら、この電話の後にでもショートメッセージ送ってくれたら嬉しいな』
「わかりました! 本当にすみません」
『気にしないで。じゃ、また』
 そう言って、電話は切れた。
 確かに一緒に仕事しているのに、全然連絡していなかったのは私のミスだ。
 失敗した……と肩を落としながら、ショートメッセージを送る。
『紺野あおいです。先ほどはありがとうございました。
 メッセージアプリのIDは……』
 送信完了。沢渡さん、本当にごめんなさい。
 なんだか色々ありそうな28歳の幕開け。

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