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小説:バンビィガール<7-4>年末年始のご予定は #note創作大賞2024

 クリスマスはおうちで過ごし――とは言ってもケーキとチキンぐらいしか用意していないささやかなものだけれど――誕生日祝いとクリスマスプレゼントを兼ねたお祝いをお父さんから貰い、それなりに満足したクリスマス。

 一昨日から「地獄の忘年会ラッシュ」を過ごしている。一日目はバスケットサークルの忘年会。アキヒロもいたけれど、無視されたりすることなくいつも通りの口悪で、色んなお酒を飲みながらワイワイ過ごし、昨日は連合軍の忘年会。今回は私とミクが幹事を引き受け、大和八木駅近辺の隠れ家的居酒屋を発見。そこを予約し、前回よりは規模は小さく行った。勿論女王は参加している。
 そして、今お昼の2時。
 女王が帰り支度をしている隣で、私はバンビィ編集部の忘年会に着ていく服で悩んでいた。
「せんぱいも大変ですね、忘年会三連チャンは肝臓悲鳴あげますよ」
「今日はセーブするよ。だって一昨日のお酒がまだ抜けてない気がするもん」
「ですよねー。体育会系飲み会は私も経験ありますけど、あれは地獄でしかないですね」
 確かに体育会系の飲み会はストッパーがいないと大変なことになる。基本的に私がストッパーを担うのだけれど、飲むスピードも速いし、酔うスピードも速い。そしてグロッキーになった人間の面倒を見る、というのが大体の流れだ。

「じゃあ、せんぱいお世話になりました。よいお年を!」
「よいお年を、後輩。気を付けて帰りや」
 女王を無事駅まで送り届け、さて私もメイクとか準備しないと、など考えていたら、スマートフォンがポケットの中で震えた。
 メッセージの送り主は沢渡さんだった。
『お疲れ様。今日の忘年会参加だったよね? 香芝の近くで仕事してて、もうすぐ終わるから一緒に行く? 迎えに行くよ』
 うーん、とちょっと悩む。
 最近何だか沢渡さんとの距離が近い気がして、意識しすぎなのかもしれないけれど編集部の人たちに誤解されないかな、などと心配する。
 そこへ、沢渡さんからの追撃。
『僕との関係が近すぎるって悩んでいるのなら心配無用だよ。あおいちゃんは可愛いモデルさん。僕はカメラマンです。それ以上の関係は、お互いの気持ちがないと無理でしょ?』
 うわあ、見透かされてる……。私、思わず苦笑い。
『お疲れ様です。お言葉に甘えて送ってもらいます。何時頃にロータリーにいればいいでしょうか?』

 沢渡さんとの約束が17時に決まったので、私は慌てて支度をする。
 相変わらず大好きなジルスチュアートのクリームアイシャドウでちょっと華やかさを出して、リップもジルスチュアートでうるうるの唇に仕上げる。
 汚したら一巻の終わり、のオフホワイトのニットワンピースを着て、髪の毛はゆるふわ巻きをしてセットスプレーで固定。
 お父さんから貰った誕生日プレゼントは某ブランドのバッグだった。それに必要最低限のものを入れて、スタンバイOK。
 ブラウンのショートブーツを履いて、「いってきます」と家を出た。
 駅のロータリーで待つこと5分。沢渡さんのランドクルーザーが私の目の前できっちり停まる。
「お待たせ、ギリギリ間に合った」
 沢渡さんは今日はちょっとモードな装い。黒のタートルネックセーターにダークグレーのジャケットを羽織っている。
「すみません、お邪魔します」
「いいのいいの、気にしなくて。結局同じところに行くんだから、折角だしね」
 沢渡さんはどこか楽しそうだ。
「今日はご機嫌ですね?」
 私がそう尋ねると、沢渡さんが「僕も今日で仕事納めなのです」とグッドサインを出す。
「あおいちゃんは? 楽しい年末過ごしてる?」
「一昨日からアルコールまみれになっております……それゆえ、本日はアルコールはお断りしようかと」
「なるほど。でも多分それ無理だと思うよ……」
 沢渡さんが困った顔をしている。何故無理なのだろう。
「今日は社長もいるし、営業社員も多い。バンビィの華が放っておかれるわけないだろう?」
「……想像もつきませんでした」
 そうか、断れないお酒もあるのか。私の肝臓大ピンチ。
「あまりお酒に強いアピールはしちゃだめだよ、思う壺だから」
「どういうことですか?」
「そりゃ、妙齢の可愛い女の子がいたら、狙ってくる男もいるからさ」
「そんなそんな」
 私が「ないない」と手を仰いで否定する。すると沢渡さんがチラリ、と真剣な眼差しを送る。
「僕があおいちゃんのことを好きだったら、絶好の機会だと思うよ?」
 その声は今まで聞いたことない、低いトーンで。そのトーンに私は少し身構えた。
「取って食おうなんて連中は結構いるから、お気を付けくださいお嬢様」
「何ですか、そのお嬢様って」
「大人の男はオオカミだってことを知らないお嬢様」
 まるで世間知らず、と言われた気がしたので、むくれて助手席の窓の外を見つめると沢渡さんが大笑い。
「ごめんごめん、別に馬鹿にしたわけじゃないよ。でもあおいちゃんって元々自分の魅力に気づいていない子だからね」
「魅力……?」
「まあ、自分の容姿に自信満々な子は苦手だけど、あおいちゃんはもう少し自分の魅力を認めた方がいいよ」
 褒められているのか、何なのか。沢渡さんは良く分からない人だ。

「あおいちゃん、こっちこっちー」
 会場近くのコインパーキングに車を停め、沢渡さんと並んで歩いていると、遠くから矢田さんが軽くジャンプしながら両手を振っていた。
「お疲れ様です」
「お疲れ様、塔子ちゃん」
「レアキャラ沢渡が来るって知って、女子の参加者が増えたからねえ」
 ニヤニヤしながら矢田さんが沢渡さんに近づく。
「え? レアキャラ?」
 私がポカンとした表情で沢渡さんを見ると、少しだけ沢渡さんの耳が赤くなっている気がした。
「元々沢渡さんは、大勢の集まりが得意じゃないんよね。だから今までも忘年会は不参加やってんけどな。今年はあおいちゃんがおるからかなあ?」
「塔子ちゃん!」
 さも可笑しそうに語る矢田さんに掴みかかりそうな沢渡さん。
「はいはい、そういうお話は中でお願いしますねー。往来の皆様にご迷惑ですから、会場に入ってくださいねー」
「あ、渚さん、お疲れ様です!」
「お疲れ様、あおいちゃん」
 グレーのシンプルなニットワンピースを着ている渚さんが微笑む。嗚呼、私、渚さんの笑顔好きだなー、などと呑気なことを考えていた。
 その幸せな時間は長くは続かない。
 会場は立食形式だったので、皆それぞれ思い思いの場所でくつろいでいる。立っているのに疲れた人用のソファコーナーもあるので、私はそこでこっそりと参加しようと思っていたのだけれど。
「紺野さんだ!」という声と共に押し寄せる男性社員の皆様。
「いつも誌面見ていますよ。実物も可愛いです!」
「お前、抜け駆けズルいぞ! 僕はこういうものです」
 などと、名刺が私の手にどんどんたまっていく。
 社長の「乾杯!」の合図で、始まるお酌合戦。
「紺野さん、一杯どうぞ」
「あ、私そんなにお酒強くなくて……」
「じゃあノンアルコールのカクテル持ってきましょうか?」
 とにかく私の周りに男性が沢山いて、全然知り合いがいない状況に。
 さ、沢渡さんはどこ? と何故か私は沢渡さんを探していた。すると男性社員たちの隙間から女性社員に囲まれている沢渡さんの姿を見つけた。
 あちらもこっちと同じ状況か……、と私は「すみません、ちょっとお手洗いに行ってきます」とそそくさとお手洗いに逃げた。

「あれ? 紺野さん」
「永井さん!」
 知っている人がお手洗いにいたので、私は少し泣きそうな気持ちになる。
「どうしました? 何かされました?」
「いえ、ちょっとホッとしてしまって……」
「矢田さん、呼びましょうか? もしくは三橋さんを……」
 永井さんが心底心配してくれているので、私はかぶりを振った。
「大丈夫です」
「わかりました。それなら一緒に編集部の集まりの方へ行きましょう!」
 永井さんは小さな身体で、私の手を握り先導してくれる。
「紺野さん!」
「はいはい、見世物じゃないですからねー、皆さんどけてどけて」
 新卒さん、たくましい。あっという間に私はいつもの編集部のメンバーがいるテーブルまで来ることができた。
「よかったですね! お料理美味しいのでぜひゆっくり味わって下さい!」
「永井さん、ありがとうございますー」
 私、本気で泣きそう。
「ごめん、あおいちゃん! 他の部門のお偉いさんと喋ってたら、あおいちゃんがえらいことになってるって沢渡さんから今聞いて」
「あおいちゃん、大丈夫だった? 何かされてない?」
 自社の社員が何かしてたら大問題だろうけど、実際はお酒を勧められたり、お話ししただけなので、大丈夫だという意味を込めて頷く。
「でも、その沢渡さんはしばらくこっちにくるのは無理だろうね……」
 女性社員たちが熱い視線を送る、独身貴族・沢渡洸平氏。
「モテますねー、沢渡さん」
 ローストビーフを堪能しながら、横目で沢渡さんとその他女性を眺める。
「いやいや、あおいちゃんが言うセリフちゃうし」
 今日は飲酒解禁やねん、という矢田さんがビール片手に私へ突っ込む。渚さんは車だからとノンアルコールのカクテルを飲みながら「毎年恒例ですしね」としみじみ語る。
「でも、紺野さん本当に困ってらっしゃったんですよ!? よくないです!」
 永井さんがぷりぷり怒っている。流石新卒、ド正論。
「毎年モデルちゃんには群がるけど、すぐに諦めるんよ。うちの営業男子そこまで度胸ないしな」
「それでも、怖い思いさせたんですから、ちゃんと守ってあげないとですよ!」
「それは同意」
 永井さんの言葉に椿さんがハイボールを飲みながら頷いている。
「悪しき習慣は次の方への配慮も含めて、来年への反省と教訓にしましょ!」
「そっか、来年は私、もうここにはいないんですね……」
 しみじみと私がそう言って、今度はほうれん草のムースを食べると、何故か編集部のメンバーが悲しそうな表情を浮かべている。
「え? なんか私まずいこといいました?」
「いやあ、そう言われればそうやったなって」
「1年って任期は長いようで短いですね」
 矢田さんに渚さんが淋しそうに呟く。
「特にあおいちゃんは自然と編集部に溶け込んでたからなあ……いなくなることを忘れるくらい楽しいねん」
 そう言って矢田さんがグラスに残ったビールをくいっと飲む。

 ――そう、思ってくれていたんだ。
 私がやってきたことは無駄じゃなかった。ちゃんと実を結んでいたんだ。

「ちょ、ちょっと!? あおいちゃん何で泣いてるん!?」
「え、あおいちゃん!?」
「す、すみません。どうしてだろ……」
 涙が止まらない。どうしちゃったんだろう。その時だった。私の頭に大きな布が被さって、前が見えなくなった。
「僕たち、もう帰ります」
「沢渡さん?」
 編集部のみんなが同時に沢渡さんの名前を言う。
 布はどうやら沢渡さんが着ていたダークグレーのジャケットのようだった。
「人疲れ、ということでお許しください。彼女はちゃんと送り届けますんで」
「……うん、頼みます。あおいちゃん、ごめんな」
 矢田さんの声が小さく聞こえる。ジャケットを被っているだけでこんなにも遮音効果があるなんて。今まで賑やかだった周りの音がかすかにしか聞こえない。
「とりあえず、静かに帰るんで。さっきの女性方には『仕事らしい』とでも言っておいてください」
 沢渡さんは私の手首を優しく掴み、外へ連れ出してくれる。
「外すよ」
 手をほどいて、ジャケットを外される。
「あーあ、可愛いメイクが……」
 苦笑いの沢渡さんを見て、私は胸が痛くなる。前にも感じた、この痛みは何なのだろう。
「ハンカチ、綺麗だから使っていいよ」
 沢渡さんがポケットから紳士物のハンカチを取り出す。私はそれを受け取らず、沢渡さんを見つめていた。

「さわたりさんは、さみしいですか?」
「え?」
「わたしが、バンビィガールじゃなくなったら、さみしいですか?」
 また涙が溢れてくる。必要とされていたことが嬉しくて、いつまでも続くわけがないのに私は矢田さんと同じように忘れていた。

――バンビィガールこれは4月で終わってしまう夢なのだと。


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