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小説:バンビィガール<4-2>生放送とイベントとアクシデントと #note創作大賞2024

【20XX/06/02
 おはようございます、紺野あおいです!
 今日は「奈良うまうま市」です!
 イベントステージにもお邪魔しますが、私を見つけるといいことあるかも?
 現地でお待ちしております♪
 #紺野あおい
 #バンビィガール
 #月刊バンビィ
 #奈良うまうま市
 #奈良】
 
 本日は晴天なり。
 今日のコーディネイトはつばが短めの麦わら帽子。
 インナーはパープルのTシャツ、カーキのショートパンツにブラックの透かし編みロングニットジレを合わせて。
 足元は流行のベージュの厚底スポーツサンダルにした。
「お父さん、ごめんな」
「なんで謝るんや」
「仕事あるのに」
「今日はたまたま事務仕事やから平気やぞ、社員もおるしな」
 お父さんにお願いして、自宅から車でJR大和路線やまとじせん王寺おうじ駅まで送ってもらう。バスが出ているのがJR奈良駅からなので、正直奈良市内に出るにはこのルートが一番早かったりもする。
 電車に揺られ、法隆寺、大和小泉、郡山とのどかな風景を満喫しながら電車の旅を楽しむ。今日の旅のお供は、とある男性シンガーのアルバム。旅に出るっていいよね、と曲を聴きながら思う。
 あっという間にJR奈良駅に到着し、西口へ。西口ロータリーから出ているバスに乗り込み約15分。今日のイベント会場の最寄りのバス停に着いた。
 
「おはようございます!」
「あ、あおいちゃんおはよー!」
「おはようございます」
 スタッフテントに向かい元気良く挨拶すると、矢田さんや三橋さんが忙しそうに動き回っていた。
「あおいちゃんは、ここで座っといてー。段取りはあとで説明するから。一応進行表も渡しとくー」
 言われるがままにパイプ椅子に座り、渡されたA4サイズの進行表をザッと見る。
「わかりました、ありがとうございます」
「お水どうぞ」と編集部の男性スタッフさんにミネラルウォーターを渡され、私は遠慮なく一口いただく。

 テントには、私一人だけになった。
 進行表を眺めながら――進行表の隅っこにイラストをイタズラ描きしたり――メイク直しでもしようかと思っていた、その時だった。
 ん? 何だか肌が痒いな、と腕を見たら、真っ赤になっている。腕だけではない、ショートパンツからのぞく両足も真っ赤になっている。
 ――じ、蕁麻疹!? どうして急に!?
 ステージに上がるまで、あと30分。どうしよう……ドラッグストアなんてこの辺にないだろうし……。
 落ち着け、私! なんとかしなくちゃ、と言い聞かせるけれど、どんどんひどくなる痒みと肌に広がる赤みに動揺を隠せない。いよいよ顔まで痒くなってきた。熱を帯びた痒みは耐えられそうにない。本当にどうしよう。
 そんな時だった。
「お疲れ様、あおいちゃん」
「え? 沢渡さん?」
 スタッフテントに入ってきたのは沢渡さんだった。
「僕は仕事……ってどうしたの、その肌! 脚、腕、首が真っ赤じゃないか!!」
「分からないんですけど、蕁麻疹が出てきて……」
「ちょっと待ってて、ドラスト行ってくるよ」
「え、でもお仕事」
「いいから! とりあえずゆっくり座ってて!!」
 あっという間に沢渡さんの姿が小さくなる。
 痒い、つらい、違うことを考えなくちゃ……。肌が熱い。顔も火照っている気がする。
 ものの5分もしないうちに、沢渡さんが戻ってきた。
「蕁麻疹の飲み薬、買ってきた。飲んで。お水ある?」
「はい」
 さっき貰ったミネラルウォーターで薬を飲む。
「緊張からくるストレスが原因だろうね、とにかくステージに上がるまではおとなしくしてて。塔子ちゃんや渚ちゃんにも話してくる」
 緊張からくるストレス? カメラテストから今まで一度もこんなことになったことないのに。私の身体、どうしちゃったんだろう。
 しばらくして矢田さんに三橋さんが血相を変えてスタッフテントに入ってきた。
「あおいちゃん、大丈夫!?」
「無理しなくてええよ! 場は何とかつなげるから」
「申し訳ありません、でもほらこの通り」
 やや痒みは残っているけれど、すっかり肌の色は元通りになっていた。
「あれ、大丈夫そう?」
「落ち着いた、みたいです」
「おおー、沢渡さん様様やねー」
 矢田さんが肘で沢渡さんを小突いてる。
「まあ、無理せんと出番までここで休んどいて」と二人に言われ、テントの中は私と沢渡さん、二人きりになる。
「うん、そんなに目立たなくなったね」
「ありがとうございます、どうしようかパニックになってました」
 沢渡さんがいなかったら、本当にどうなっていたか分からない。
「よかったね、大事に至らなくて」
「ありがとう、ございます……」
 最後の方は声にならない状態だった。気が付けばポロポロと涙がこぼれていた。
「ちょっとちょっと、泣かないで! 目が真っ赤になっちゃうよ」
「すみません、安心して……」
「そうだよね、不安だったよね」
 沢渡さんが子供をあやすように、優しく背中をポンポンと叩いてくれる。
「もう大丈夫だから、涙を拭いて。せっかくの可愛いメイクが崩れちゃうよ?」
 その言葉に涙をグッとこらえる。メイクが落ちるのは嫌だ!
「あおいちゃん、その顔……」
 沢渡さんがクククと私から目を逸らして笑いを噛み殺している。涙がこぼれないよう唇を噛み、眉間に皺をよせて我慢していた顔がよっぽどおかしかったらしい。
 私はヤケになり、沢渡さんの前なのに持っていたポケットティッシュで音を立てて鼻をかみ、鏡で自分の顔を確認した。マスカラはウォータープルーフなので無事だったけれど、アイシャドウは見事に落ちていた。ファンデーションは鼻をかんだ部分が落ちて、ティッシュの摩擦で鼻の頭が赤くなっている。
「これはあかんやつ!」
 軽く叫ぶと、沢渡さんがもうだめだとばかりに吹き出した。
「失礼ですよ、沢渡さん」
「ごめんごめん、この間の撮影のあおいちゃんと違って、素がでまくりだから、つい」
「それにしても笑いすぎです。でも許します。お薬買ってきてくれたから」
 私がぶうたれると、更に笑う沢渡さん。
「はいはいはい、もう私は大丈夫ですから、お仕事行ってきてください!」
「了解」
 沢渡さんがそう言いながらスタッフテントから出ていく背中を見て、あー、やっちゃった……と長机に突っ伏す。
 こんな扱いしたら、嫌われちゃうよ。自分の性格がつくづく嫌になる。
 買ってきてもらった蕁麻疹の薬の箱を指で軽く弾いて、ため息一つ。
 とりあえず、メイク直そう……とメイクポーチを開けてお直しすることにした。

 10時、イベントスタートの開催宣言を矢田さんが行っているのが聞こえる。
 とうとう始まった、と私はもう一度ミネラルウォーターを飲んで気合いを入れる。
『みなさんこんにちはー! 月刊バンビィ編集長の矢田でーす』
『こんにちはー、編集部の三橋でーす』
「あ、紺野さん、そろそろ舞台袖にお願いします」
 進行役の編集部の男性が、私を呼びにテントに入ってくる。
 メイクも直した、目も赤くない。そして肌も大丈夫。日焼け止めも塗った。
「今行きます!」

「この中でバンビィナの人手ぇ上げてー! おおーほとんどの人が入ってくれてる!」
「嬉しいですねー」
「まだ入ってない人は、今すぐ登録してー! 今日の屋台で使えるから!」
 矢田さんと三橋さんの掛け合いは抜群で、見ていてワクワクする。
「今日はなんと、32店舗の屋台が出店しています! 拍手っ!」
「すごいですよね」
「がっつりメニューからスイーツまで、奈良のうまうまを集結させました」
「そしてイベントステージでは、クイズ大会から昨年のバサラ祭り優勝チームの舞など、ワクワクが止まらないステージとなっております!」
 ばさら、まつり?
 初耳だったので、何のお祭りか分からないけれど、舞と言っていたから踊りのことかな? と考え込む。
「さて、月刊バンビィと言えば! バンビィガールコンテストが先日ありましたね」
「白熱しましたねー、皆さん投票した?」
「今日はスペシャルゲストとして、第8期バンビィガールに選ばれたこの方をお呼びしております! どうぞ!」
 私は事前に持たされたマイクのスイッチをオンにして、笑顔で舞台へと上がっていく。
「みなさん、こんにちはー!!」
「第8期バンビィガール、紺野あおいさんでーす!」
 思った以上に拍手が響いて、ちょっとびっくりしている。ステージ前には沢山の人、人、人。
「見て! この色の白さ! 足の長さ! ありえなくない?」
「それは褒めすぎです、矢田さん」
「スラッとしてるし、何より可愛いでしょ! モテるんとちゃう~?」
「だといいんですけどねー、これっぽっちもモテません!」
 私の返答にお客さんたちが笑っている。
「それにしても、もう本当にすごい戦いやったよね」
「見ているこちらがハラハラしていましたね」
「最終選考は私も寿命が縮む思いをしました」
「あはは! でもこうやってステージに上がってみて、どう?」
「嬉しいですね、ますますバンビィガールの活動を頑張ろうという気持ちになりました」
 その言葉にお客さんから拍手が沸き起こる。
「じゃあ、これからもあおいちゃんの活動は要チェック! というわけで、ここからはあおいちゃんに関するぷちイベント情報でーす」
 三橋さんがポケットから「ばんちゃんステッカー」を取り出し、説明を始める。
「このステージが終わった後、あおいちゃんは会場のあちこちを周ります。あおいちゃんには『ばんちゃんステッカー』を預けておくので、あおいちゃんと一緒に写真を撮って、SNSに投稿してくれた方に、この『ばんちゃんステッカー』を差し上げます」
 これは事前打ち合わせ通りのことで、私と写真を撮ってSNSにアップしたらステッカーを進呈するということが決まっていた。
 勿論私の自由にしていいので、貰える人はラッキー。
「ハッシュタグどうしよ」
「矢田さん、今すぐ決めてください!」
「じゃあ、ハッシュタグ『奈良はうまうま』! これでいこ」
「皆さん覚えましたか? ハッシュタグ、奈良はうまうま、です! 投稿時、あおいちゃんにスマートフォンの画面を見せて、ステッカー貰ってくださいね」
「では、ワタクシ、行ってまいります!」
「あおいちゃん、いってらっしゃい!」
「はーい、いってきまーす!!」
 私は手を振りながら、上手のテントにハケる。
「じゃあ我々も、一旦戻りますか」
「バンビィのブースではわたあめ作っているので、是非遊びに来てくださいね!」
 じゃあねーと矢田さんと三橋さんがテントに入ってくる。
「あおいちゃん、お疲れ! これからどこ行くか決めた?」
「まだなので、パンフレット見ながら探します」
「そっかそっか……ん?」
 矢田さんがイタズラ描きした進行表を凝視している。あわわ、怒られると思い焦る。
「すみません! ちょっとヒマを持て余していた時に落書きしちゃって」
「いや、そういうことじゃなくて。これ、あおいちゃんが描いたん?」
「はい」
「めっちゃうまいやん! 渚さんも見て!」
「あら、本当」
 三橋さんも覗き込んで感心している様子。
「本当に趣味の域を出ないものですが……」
「ふぅん」
 意味ありげな矢田さんの「ふぅん」は何かを企んでいる時だ。
「じゃ、じゃあいってきまーす!!」
 私は逃げるようにスタッフテントから飛び出した。


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