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小説:バンビィガール<4-3>生放送とイベントとアクシデントと #note創作大賞2024

 さて、どこにいこう。
 朝ごはんをたべていないけれど、お昼ごはんの時間も近い。
 ちょっとガッツリしたものが食べたいなあ、とパンフレットを見ながらウロウロしてみる。すると目の前に「角煮亭」の文字。
 え、角煮。おいしそう……。メニューを見ると、豚角煮丼が一番人気らしい。
 よし、まずここで第一弾と決める。

「すみませーん、豚角煮丼ひとつ」
「はーい、あ! バンビィガール!」
 私の姿を見た店主らしき人のテンションが上がっている気がする。
「えへへ、お邪魔します」
「記念撮影とかできる?」
「勿論です! ハッシュタグつけてSNS投稿していただければステッカーも差し上げますよ?」
「ああ、さっきステージで言ってたヤツ。了解。じゃあうちのバイトと一緒に撮影してくれる?」
 お代を払い――ここだけの話、半額でどうぞとありがたい申し出があり、お支払い――、アルバイトの女の子二人に囲まれて、私は豚角煮丼を持ちハイチーズ。
 ハッシュタグ「奈良はうまうま」もチェックし、ステッカーを渡す。
「ありがとうございました!」
「うちの角煮、堪能してなー!」

 出店エリアとイートインスペースが分かれていて、私は隅っこのテーブルで豚角煮丼と、持っていたミネラルウォーターを机の上に置き、まずは撮影。
「いただきます」と手を合わせ、角煮を一口。
 ホロホロ~!! とろける!! おいしい!!
 わー、これ何杯でもいけちゃうかも。本当にうまうまー。
「いい写真いただき」
「沢渡さん!」
 どうやらブースやイートインスペースなどで人物撮影をしていたらしい。さっきのことが気まずいのだけれど、沢渡さんは全く気にしていない様子だった。
「何食べたらそんな幸せそうな顔になるのかな?」
「角煮亭の豚角煮丼ですー」
「うまそうだな、後で僕も行くか」
「是非、とろけます」

「あ、バンビィガール!」
 誰かが私を呼ぶ。その声に連鎖反応して、私の周りには沢山の人だかり。「バンビィガールおめでとー! 投票してたよー!!」
「あ、ありがとうございます!」
「めちゃくちゃ可愛い! 写真お願いしていいですか?」
「はい、いいですよ!」
 色々な人たちと撮影し、時には握手を交わしたり。
 そしてばんちゃんステッカーを配る。

「人気者だね」
「ばんちゃんステッカーのおかげですよ」
 ある程度撮影が終わり、私はまた角煮丼を頬張り「うまーい」を連呼。
 米一粒残さず完食。手を合わせ「ごちそうさまでした」と言ったその瞬間、シャッターの音がした。
「今の表情、最高に可愛かった」
「職業病ですね、沢渡さん」
「今のは僕の素直な気持ちだったんだけどな」
「え」
 耳が熱くなるのを感じる。それって本当に私を可愛いと思って?
「あ、ばんちゃんステッカー補充しないと、一旦テントに戻りますね」
 分別ごみ箱に器とお箸を捨てて、私は何故か走ってテントへ向かっていた。

 ――僕の素直な気持ちだったんだけどな。
 沢渡さんの甘くて低い優しい声が、リフレインする。
 変な妄想するな、あおい!! と自分に言い聞かせながら走った。

「あら、あおいちゃん。走ってきたの?」
 スタッフテントの中では、三橋さんが作業しているところだった。
「ちょっと人に囲まれまして……ばんちゃんステッカーがなくなったので慌てて補充にきました」
 もっともらしい言い訳をして、走ってきた口実にする。
「ばんちゃんステッカーは、この段ボールの中に沢山あるから」
「わかりました!」
「美味しいもの食べた?」
「まだ一店舗なんですが、角煮亭さん、めちゃくちゃ美味しかったです!」
「角煮亭さん美味しいよね! 私も大好き」

 その時だった。
 大きな太鼓の音がスピーカーを通して響く。

「あ、始まったね」
「これはなんでしょうか」
「バサラ祭りのジュニアたちの演舞ね」
「あの、バサラ祭りって何でしょうか」
「そっか、あおいちゃん香芝住みだから知らないか。厳密に言うと違うんだけど、奈良市内で毎年8月の終わりに行われるよさこい系のお祭りね。普通のダンスチームも出たりするんだけど、基本はよさこいが多いかな?」
「へえ、楽しそう!」
「じゃあ、出てみる?」
「え?」
「今年ね、私たち編集部でチーム組んで出るの。バサラ祭り」
「そうなんですか!」
「あおいちゃん、ダンス経験ある?」
「あります」
 実は幼稚園から小学6年生までジャズダンスをやっていて、基本的なステップはできるレベル。ただ、がっつりダンスやっていました! とは言えない。
「もしあおいちゃんさえ良ければ、だけど考えてみて」
「はい」
「夏はイベント目白押しだから、大変だけど。金魚すくい大会も出てもらう予定だし」
「え! めちゃくちゃ嬉しいです! 出てみたかったんです!」
 金魚すくい大会とは、「全国金魚すくい選手権大会」のことで、全国の金魚生産量日本一の大和郡山市が舞台の一大イベントだ。
「そうだったのね、じゃあ楽しみましょ」
 そう話す三橋さんも楽しそうだ。
 ステッカーを無事補充して、次はスイーツが食べたいなとパンフレットのマップを見ながら歩く。本当はビールも飲みたいけど、仕事中なので我慢だ。
 声をかけられて、撮影して、ばんちゃんステッカーを渡して、を何度か繰り返して、たどり着いたのは「フルーツかき氷のたかやま」。
 ふわっふわの氷にフルーツがぎっしり乗せられている写真を見て、デザートはここにしようと決める。
「すみませーん、旬のフルーツかき氷ひとつお願いします!」
「はーい、あら、バンビィガールちゃん! 来てくださってありがとうございます」
 優しそうなおばさんがニコニコ笑顔で迎えてくれる。
「いえいえ、とても美味しそうな写真につられました」
「旬のフルーツはメロンとマンゴーが乗ってますが、大丈夫ですか?」
「大丈夫です」
 お代を払い、じゃあ今からお作りしますねー、とおばさんが手際よくふわふわの氷を作っていく。フルーツも綺麗に乗せて、特製シロップをかけて出来上がり。
「はい、どうぞ」
「いただきます!」
 なんだこりゃ! メロンもマンゴーも甘くてうまうまー!!
 この組み合わせは冒険だったけれど、どちらの甘さもちゃんとしっかりしてる!
「おいひいれふー」
「ありがとうございます」
 気が付くと私の後ろに列ができてきたので、ありがとうございましたとお礼を言い、かき氷片手にステージの方へ向かう。

「続きまして、昨年度バサラ大賞受賞の『奈良屋』です! どうぞ!」
 タイミング良く、昨年の優勝チームの演舞が始まったのでステージ近くの場所で見ていくことにする。
 ――フォーメーション、きれい。全員の動きが揃ってる。
 衣装も和のイメージで、素敵。女性は優美で、男性は勇ましい。でも全員躍動感があって……。
 圧巻のパフォーマンスに、かき氷を食べるのを忘れてしまう。
 はっとして慌ててかき氷を食べる。慌てて食べたので、こめかみがキーンとする。

 胸のど真ん中を突かれた気がした。
 格好いい。
 私も、あんな風に踊ってみたい。
 心臓がドキドキしている。

「あ、バンビィガールちゃんだ!」
 その声に我に返る。ステージ見学の邪魔にならないよう移動して撮影に応えて、ステッカーを渡す。
 そうこうしているうちにステッカーがあっという間になくなってしまったので、再びテントへ。
「そういえば、わたあめ……」
 バンビィブースにお邪魔していなかったことに気づき、ステッカー補充をしてからバンビィブースへと向かう。

「はいはーい、おまたせしましたー」
 バンビィブースは三橋さんと編集部の何名かで、子供たちの期待に応えるべくわたあめと格闘していたところだった。
「三橋さん! お手伝いしにきました」
「ああ、あおいちゃん! そういえばちゃんと紹介していなかったよね。編集部の椿つばきくんに永井ながいさんです」
「紺野あおいです、お世話になっております」
「椿です。編集部でデジタル部門を主にやっています」
「永井です、編集部一年目の新人です!」
 椿さんに永井さんから名刺を受け取り、サコッシュに入れる。
「椿くんはあおいちゃんと初めましてじゃないのよね」
 わたあめと格闘しながら、三橋さんがそんなことを言う。
「え? えーと……」
 ド、ドコカデオアイシタコトアリマシタッケ?
「僕、バンビィガールオーディションのカメラテストで動画回していたんです」
「そうなんですね、緊張しすぎてて覚えてなくて申し訳ございません」
「いいですよ、あの現場は緊張しますよね」
 椿さんが苦笑いしている。つられて私も苦笑い。
「じゃああおいちゃん、わたあめ作れる?」
「任せてください!」
 実はわたあめを作るのは得意な私、普段は手先不器用なのだけれどクルクルと綺麗な丸いわたあめを作っていく。
「おおーすごい!」
「はい、どうぞ」
「ありがとう、おねえちゃん!」
 ちびっこたちが喜んでいるのを見ると、微笑ましい。
「結構手がべとべとしちゃいますね」
 連続で作っていると手にわたあめがまとわりついて取りづらいので、ウエットティッシュに消毒液で何度も手を清潔にしながら、無心でわたあめを作る。
「あおいちゃん、ここはもう大丈夫よ。他のブースに遊びに行っておいで」
 ああそうだ、ステッカーの件もあるしなと納得し、また編集部の皆様におまかせすることに。
 わたあめ見てたからか、ちょっとしょっぱいものが食べたいかも。と、パンフレットの裏にあるマップを眺めていると
「次は何を食べるんかな?」
「ひゃあ! や、矢田さん!!」
 背後からそっと矢田さんが現れたので、心底びっくりしてしまう。
「えっと……しょっぱいものが食べたいですね」
「唐揚げ串とかおすすめやで」
「あ、この『タツタの唐揚げ』ってやつですか?」
「むふふ、そうそう」
「じゃあ行きます!」
「ちょっと待ってくれへん?」
 矢田さんに引き留められ、何事だろうと歩みを止める。
「あのな、あおいちゃん。お願いがあるんやけど」
 キラキラとした丸い目。これは何かある。私の勘がそう言っている。
「なんでしょう?」
「今日のレポート、イラスト使って描ける? 絵日記みたいな。8月号に載せたいねん」
「え?」
 唐突すぎて、最初何を言われているのか分からなかった。
 私の、イラスト? 絵日記? 8月号?
「編集長命令、って言いすぎやけど。あおいちゃんの才能、欲しいねん」

 ――ええええええええええ!?


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