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【No.18】水の声 水泳部員をぶっち抜く帰宅部員の奇跡の物語

告白

次の瞬間、クラスメートが俺を迎えてくれた。
一際物凄い勢いで、それは訳がわからないほどだった。
その中に中田もいた。
久しぶりに見る中田の笑顔。
中田も笑顔だったが少し泣いているようにも見えた。
俺はこの時はじめて胴上げというものをされた。

空中に浮く感じの、かなりおっかなかった胴上げ。
その後に拍手が巻き起こり、中田や他の連中たちと抱き合い、喜びを共にしていた。
俺はクラスメートからクラスの一員として初めて認められたような感じだった。

新木が俺の目の前にきた。
というよりは、他の女子に無理やり手を引かれ連れてこられた。
『めぐみ早く言いなよ』
女子が言う。
新木は顔を真っ赤にしながら恥ずかしそうにしていた。
新木『あのね…』
俺まで顔を赤らめていただろう。
自分自身が熱いのだ。
新木『小川君…』


次の瞬間だった!
後ろで茂野の大声が聞こえた!
茂野『やめろー!!』

振り向こうとしたその瞬間、俺の頭に何かが当たった感じを覚えた。
『キャーーー!!』
クラスの女子達が大声で悲鳴を上げた。

目の前に小松の姿が見えた。
手には棒のようなものを持っていて息を荒くしていた。
この時、俺自身痛みを感じてはいなかった。
まずは、何が起こったのか理解できないでいたのだ。
小松は俺を見るなりニヤリと笑い、白い前歯を見せていた。
その後ろから、茂野が走ってくる様が見えた。
俺は小松に捧で頭を叩かれたのだと思い、頭の中で何かがプツッとキレる音がした後、一気に逆上し、小松を殴ろうとした。
俺『てめぇ、この野郎!!』
腕を振り上げたその瞬間、フッっと意識がなくなった。
目の前が一瞬で暗闇と化した。
気絶したのだ。
その時の記憶はここまでしかないのだ。

その時に自分の意識が何処にあったかなどわからない。
以前の鈴木との対決の後に倒れた時のように水の声が俺に語りかけてくれる事もなかった。

ふと目の前が明るくなった。
俺が目を開けたのだ。
病院の救急に運ばれた俺は頭に包帯を巻いていた。

幸いにも俺は頭部を打ったのみで、傷も小さく、出血もそんなにあったわけではなかった。

目を開けた先には父親と母親とがいた。
瞬間、母親が多くの涙を流しながら『よかった、よかった』と何度も言っていた。
目を覚ました事を看護婦に告げた父親は俺にこういった。
『いい加減、不良やめろ。ろくな事がおきねぇ。俺らの命がもたねぇ』

父親と母親はこの事についての詳しい内容を担任の教師から聞かされていた。
担任はさっきまでいたという。
父親は怒り狂っていたが、母親がそれを宥め、何もなかったことにしようとしていた。

俺はその日、病院に泊まる事になった。
検査やら何やら、翌日に色々と行う為だった。
その夜、俺は病院の救急でその日の事を思い返すように考えていた。
一番に思ったことは、あの後、クラスはどうなったのかって事だった。
中田や鈴木、そして新木はどうしたのだろうと…。
そして、水泳大会の事を思い返していた。

水泳部をほとんど相手にしなかった俺は今後何をどうするべきなんだろうと…。
清水のオッサンは本当は俺に水泳の選手になってほしいんじゃないのか?
水の声…坂本久美子は俺から離れていないだろうか?
その夜考えたことはいくつもあった。

翌朝、担任の教師が俺の所に来てこの事はどうか口外しないでほしいといってきた。
どうせ、学校の体制やら面子やらそう言ったものだろうと思った。

大人は汚い。

それしか思い浮かばなかった俺は、好きにしていいとだけ言って、検査に向った。


なんだかわからない機械に通されたり、医者に損傷部分を見られたり、お昼位まで掛かった俺の検査は無事に終わり、医者が言うには『デカイたんこぶができた程度』で済んだ。
その他の脳波やら何やらは全く問題なかったらしい。

何かのドラマや漫画のように、強打によって悪い頭が天才的に劇的に変化する事もなく、俺は母親の運転する車で病院を後にした。


家に帰るなり、そのまま学校に向かう事を言うと、父親は俺に言った。
『お礼参りとか考えてんじゃねぇんだろうな?』

正直その考えはあったが、ぶり返してもしょうがないし、雑魚を相手にしても意味がないとも思っていたからそんなことはしないという事を硬く約束した。

俺が気になっていたのは新木だった。
大丈夫な姿を見せたい。
それだけだった。
そして、あの時、俺が小松にぶったたかれる前に言おうとしていた事が聞きたかったのだ。
今考えれば、実に若い考えだ。

学校に着いたときにはその日の午後の授業が始まったばかりの頃だった。

授業中に教室のドアを開け、クラス全員が俺を見るなり驚く。
俺はその驚きの中を、自分の席に着き、一目散に新木を見た。

ん?

新木の席が空いている?
新木はいなかった。

教師が俺にもう大丈夫かと聞き、ハイと俺は答える。
そして普通に授業が再開した。

俺は新木がいないことがちょっとショックだった。
学校に来た意味がないではないか…。
しかしそれは、徐々に言いようもない不安に変わっていった。
何か、胸騒ぎがしていた。

授業中、隣の席の女子が俺にノートを破った紙をそっと手渡した。
校内水泳大会の最後のあのときに、新木を無理やり手で引っ張ってきた子だった。
『いいから見て』

俺は何かと思い、その紙の中身を見る。

中にはこう書いてあった。
『めぐみは転校することになったんだって』

目を疑った。そんな話は何も聞いていない…。
俺は手渡してくれた女子の顔を見ながら小さい声で聞いた。
『なんで?』

その子はまたもノートに書き続けた。
その時間の長い事…
そしてまた手渡された。

『今朝お母さんと一緒にきて、最後の挨拶をしていったの。担任は知っていたんだけど、めぐみのお母さんから言わないでほしい事を言われていたみたいだよ。めぐみの家、離婚して、お母さんに引き取られるんだって。そして、お母さんの実家の横浜に引っ越すらしいよ』

ん…?
意味がわからないぞ?
離婚?
母親の実家の横浜?
ん?

頭を強打したから理解できないわけじゃない。
そんな事何も聞いていないから何も理解できないのだ…。

そんな俺の姿を見てか、隣の女子が俺に小さな声で言った。
『めぐみ、今は家にいるはずよ』

俺はその子と顔見合わせるのをやめ、黒板の前に立つ教師を見た瞬間に手を挙げた。

教師『なんだ小川? 質問か?』
俺『あの、病院での検査がもう一つありました。だから帰ります。』
教師『はぁ?』
俺『命に関わる重要な検査ですので、急ぎます。』

隣の女子は俺に笑顔ついでにガッツポーズをしてくれた。
俺はまさに飛ぶように教室から外へ駆けた。

中履きから外履きのリングブーツに履き替え、一気に学校の校門を飛び出した。
新木の家は、学校からそう遠くない場所にあった。
その場所は新規にできた分譲住宅地で、新しい家が立ち並んでいた。

俺は一気に走った。
走りながら、なんで言ってくれなかったのかと思い、それに少し腹を立てながらいた。
新木の家が離婚?
あんなに幸せそうな顔をしているヤツの家が離婚?
意味わかんねぇ!!
何がどうなってるんだ?

今のように携帯電話などなかった時代。
勿論、メールなどあるわけもない。
とにかくこの当時の通信技術は電話かFAXか手紙。
それ以外の急ぎの用件は、中学生はただひたすら走るしかなかった。

夏の熱い日差しが俺を照りつける。
その暑さは体中に溶け込み、汗となって吹き出てきた。
目に汗が入るほどの全力疾走。

俺はそれまでしたことがないような走りでやっとの思いで新木の家の前に着いた。

そして、すぐに玄関前のインターホンのボタンを連打した。

この当時ではインターホンも珍しかった。
今でこそカメラつきは当たり前だが、新木の家のインターホンは声だけのもので、その上に監視カメラのようなものがあった。

声『はい。どちら様でいらっしゃいますか?』
俺は息を切らせながら言う。
俺『お…小川って言います。あの…新木のクラスメートです』
声『小川君…』

声は新木だった。
俺『新木か? 俺だ。何だよ突然に転校って?』
新木『…』
俺『何か答えろ! ってか、玄関から出て来い!』
新木『今はダメなの…』
俺『何でだ?』
少しの間が空いた後にインターホンから聞こえくる。
新木『後で…6時に…この前の喫茶店に行くから』
俺は何がなんだかわからなかったが、新木のその悲しそうな声に何かを感じ、答える。
俺『…わかったよ。6時な』
新木『…うん』
走って疲れた俺はしばらくその場にしゃがんでしまった。

俺は立ち上がり、新木の家を見上げた。
照り付ける太陽の光が、新木の家の真っ白い家の壁を一段と光らせていた。
こんなにも綺麗な家なのに…何故だ?
なんで、横浜になんて行っちまうんだ?
そう思ったら悔しいのと悲しいのが入り混じってとめどなく涙が出てきた。

俺は新木の家を後にし、そのままゆっくりと家路に向った。そのまま進めばあの喫茶店に向える道だった。

時間はまだ午後2時位。
約束の時間までかなりあった。
今行くには時間的にもまだ早い。

そのまま家に帰り、俺は一度汗を洗い流し、めぐみお嬢様に合わせるような服装…といっても変形制服の違うものだが、真面目な方の真っ直ぐなズボンに開襟シャツを着て、自転車であの喫茶店に向った。

喫茶店には5時半に着いた。
少し、早かったけど、俺は中に入って待つ事にした。
ドアを開けるとマスターがいつもと違う顔で俺を迎えてくれた。

そして、親指をクイクイと店の奥の方にさせるとその先に新木が背を向けて一人ぽつんと座っていた…。
その後姿に、俺は近づいていいのかという思いがするほど、それは悲しい後姿に見えた。

つづく

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