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サイバーとフィジカルが交錯する2030年のユーザーエクスペリエンスとは?

このnoteはマーケター向けに書きました。2030年のユーザーエクスペリエンスとは?日本のマーケティングはどのように変わっているか?そうした視点を共有し、マーケターとして今後何をしていくか?どのようなキャリアを描くか?そうしたことを考える有料のオンラインワークショップを6月26日金曜日に開催しますのでその宣伝告知を兼ねるものとなります。筆者は最先端のデジタルマーケティングやデジタルトランスフォーメーションに関わる立場にあるため、そうした経験を活かして培った視座を共有するものです。

自己紹介

株式会社秤 代表の小川と申します。セールスプロモーション業界で4年、電通グループなど広告会社の営業とプランナーとして10年、データ分析を軸にしたコンサルティング支援3年強。マーケティング戦略から戦術まで幅広く関わり、2018年11月に「Excelでできるデータドリブン・マーケティング」という書籍を出版しました。複業でデジタルマーケティング会社のマーケティングストラテジストやPR会社のフェローなどの活動もしています。

マーケティングにおけるデータ活用の期待と現実

マーケティングで活用が期待されてきた主な「データ」は主にスマホなどから得られる行動データです。それを分析し顧客の理解を促進しながらコミュニケーションを図ることや、新たなビジネスやサービスを創出することに多くの企業が期待し様々なプロジェクトが行われてきました。しかし、POC(Proof of Concept=概念実証)で終わってしまったり成果につながらなかったプロジェクトも散見されます。

行動データ活用マーケティングの本質を見失ってしまったケースもあったのではないでしょうか?戦いの原則は行動データ量のパワーゲームです。年商1,000憶円のECであれば、1%CVRを改善すれば10億円のメリットが生まれますが、年商が10億円のECは1%の改善で1,000万円しかメリットが得られません。A社とB社ではデータ活用の基盤や分析などに投資できる金額が100倍違います。

パワーゲームのトッププレイヤーがAmazonです。Amazonの研究開発費はおよそ2兆5,600憶円。2017年と2018年の2年連続で世界1位です。日本企業で1兆円を超える研究開発費を捻出できているのはトヨタ(1.1兆円)だけです。気付けば世界一の利用者がいるタクシー会社はUber、宿泊会社はAirbnb、映像配給はNetflix、小売はAmazonです。利用者数世界一のプレイヤーは海外のプラットフォーマーばかりです。

本質はデータを活かして有意義な体験を提供するサイクル

こうしたプレイヤーが戦いの原則において勝者になった理由は「行動データを集めた」からではありません。テクノロジーにより「突出した体験」を提供したことで行動データが集まるようになり、そのデータを活かして有意義な体験を顧客に還元することで顧客満足度が上がり、さらに顧客が増えて行動データも集まり続けるサイクルができたからです。

テクノロジーを活かした「突出した体験」こそが行動データ活用マーケティングの本質であると考えます。

これは、Amazonの「フライホイール効果」を示したスケッチです。

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出典:https://www.slideshare.net/AmazonWebServices/amazon-culture-of-innovation

もとになったのは、ジェフ・ベゾスによるスケッチです。Amazonは商品の低価格化を実現し顧客の満足度を高め、顧客満足度が高まると、リピート購入により取引量が増え、売りたい企業も増えて品揃えが充実し、さらに顧客満足度は高まります。カスタマーエクスペリエンスがより良いものになっていくサイクルがぐるぐると回る、これがAmazon成長の原動力であることを示しています。

行動データ活用マーケティングの本質はフライホイールのようなサイクルを作ることです。


テクノロジーの進化に対して、それを統制する仕組みの整備が追い付いていない


失敗した行動データ活用プロジェクトでは、こうした本質を見失い、データを活用して消費者に有意義な体験を還元することをおろそかにしてしまったのではないでしょうか?昨年、ある企業が学生に不利益なデータを企業に販売したことが問題になりました。日本の行動データ活用は大きなゲームチェンジに向かっています。個人情報保護法の改正など、法整備も進んでいく予定です。

われわれが普段使っているスマホではほとんどの行動履歴が記録できる状態です。メールやLINEやSNS利用や移動や買い物などのログデータが全て第三者の手に渡れば、どこに住んでいてどんな人でどんな生活をしているのか?丸裸にできます。音声データをたくさん集めれば音声合成技術であなたになりすまして誰かをだますこともできます。行動データの活用と悪用は紙一重です。あらたな倫理観やそれを統制する仕組みが求められる段階になっていますが、テクノロジーの進化のスピードに対して、そうした仕組み作りが追い付いていません。

2020年5月21日よりアップルとグーグルは共同開発によりウイルスの感染追跡用のAPIの提供を開始しました。APIとはソフトウェアやアプリケーションなどの一部を外部に向けて公開することで第三者が開発したソフトウェアと機能を共有できるようにするものです。各国の公衆衛生機関が開発するアプリにこのAPIを実装することで濃厚接触の検出や追跡ができる様になります。日本でも内閣府のテクノロジーチームが開発を進めるアプリに同APIの活用が検討されています。ライバルの2社がタッグを組み、各社が保有してきたデータと技術を持ち寄ることで社会課題を目指す取り組みですが、ここでも運用におけるプライバシーへの配慮に懸念がもたれています。こうした局面において、マーケターがポジティブな未来を描けるか?が重要だと考えています。

これからの行動データ活用マーケティングのゲームチェンジをポジティブに捉えたものが「 全てのデータがつながるD2C(Direct to Consumer)」です。

その世界観を共有するため、注目している3つのスキームを紹介します。

①情報銀行

いちはやく個人データ活用のガイドラインを設けたEUのGDPRでは「個人に決定権を持たせる」基本理念をもとに個人の権利を強化し、データを扱う企業への制裁とその執行を厳格化し、個人が簡単にデータを預けてそれを取り戻すことができる状態を作ることを義務づけました。一方、中国では国や企業が大量の個人データを集めて保持しても良いという考え方が軸となっています。「サイバーセキュリティ法」という法律もありますが、個人情報の保護というより、中国国家の安全保障が目的となっています。ネット検閲やGoogleやFacebookへの接続規制など、インターネット情報に関しても規制と制御を行ってきました。キャッシュレス先進国でデジタルテクノロジーを活用したイノベーティブなサービスもたくさん生まれています。アフターデジタルという書籍は主に中国モデルを中心にしたイノベーションについて言及されたものです。


日本では独自のモデルとして「情報銀行」という機関が個人データを預かり運用していく仕組みがあります。多くの企業が情報銀行事業に参入し実証実験が行われていますが、社会に認知され浸透していくのはこれからだと思います。「情報銀行」でググると出てくる文献にはよくこの図が出てきます。

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出典:「AI、IoT時代におけるデータ活用ワーキンググループ中間とりまとめの概要」(内閣官房IT総合戦略室)

カタい感じです。おそらく「個人情報を預けて得られる便益」と言われてもピンとこない方が多いと思います。既存の消費者調査パネルデータやカルチュアコンビニエンスクラブのモデルのように、個人情報を提供する見返りとしていくばくかの報酬をもらえるだけのモデルでは情報銀行の浸透は成り立たないと思っています。一般的に個人情報=洩れるというリスクのイメージのほうが強く、リスクと報酬を天秤にかけた際にそれを上回る金額を提示できるか疑問です。

たとえば私が過去にどんな病気になり、普段何を食べてどう体重が変化しているか?こうした個人データを第三者に晒したくはありません。しかし、仮にこうした個人データを情報銀行が強固なセキュリティによってAIで管理分析し、人の目に触れずに、AIが私にだけ運動や食事の最適なアドバイスをしてくれたら話は別です。

盤石なセキュリティで、ありとあらゆる購買や行動データが管理され、それによって「突出した体験」の恩恵を受けることができると分かれば、個人情報を預けようと思えるかもしれません。情報銀行が社会に浸透していくためには、情報銀行事業者と企業が連携し魅力的なサービスをデザインできるかが焦点になります。情報銀行によって素敵な体験が得られるという世の中の空気を作ることも必要です。いずれパーソナルデータ活用について消費者への啓蒙が必要になります。

国がデータを管理する中国のようなモデルでも、企業側の規制が厳しいヨーロッパ型モデルとも違う日本独自の第3のモデルとしての情報銀行に将来性を感じています。学ぶためのオススメの一冊は「情報銀行のすべて」です。


②スマートシティ

今年3月にトヨタとNTTのスマートシティビジネスの事業化に向けた業務資本提携が発表されました。

上記の記事から引用します。

「スマートシティでは、人やクルマ、企業・自治体など、街に存在する全ての領域への価値提供を行なうとし、静岡県裾野市東富士エリアのWoven Cityを皮切りに、東京都港区品川エリア(品川駅前のNTT街区の一部)に実装。その後、連鎖的に他都市へ展開を図るとしている。スマートシティープラットフォームは、住民・企業・自治体等向け価値提供のセキュアな基盤として、スマートシティのデータマネジメントと情報流通、これらに基づくデジタルツイン(まちづくりシミュレーション)と、その周辺機能により構成。デジタルツインでは、実在する街をリアルタイムに仮想空間で再現し、試行結果をフィードバックする機能などを実装する。
(中略)
両社はオープンマインドを掲げ、他社の参入も歓迎。同様の研究を行なっているGAFA(Google、Amazon、Facebook、Apple)については、「申し出があれば歓迎するが基本は競争になるだろう」と語った。

デジタルツインとは、そのまま「デジタルの双子」を意味します。フィジカル空間の情報をIoTなどを活用して、ほぼリアルタイムでサイバー空間に送り、サイバー空間内にフィジカル空間の環境を再現します。このサイバー空間上に物理世界の情報を全て再現することから“双子(ツイン)”と表現されているというわけです。」

参照引用:いまさら聞けない「デジタルツイン」 (1/2)


GAFAとは競争になるだろうと語られていたことも印象的です。

例えば自動運転技術一つとっても、それを実際にみなが活用したらどうなるか?既存の交通ルールを逸脱した実証実験が必要です。スマートシティはテクノロジーを活用した革新的な体験を社会実装するための実験場となるはずです。

日本企業はグローバルなデジタルプラットフォーマーとしてインターネット上の個人データを収集するパワーゲームでは勝者になれませんでしたが、トヨタとNTTはフィジカルな体験をサイバー空間のデジタルツインと連動して提供する基盤づくりという新たな戦いに勝機を見出しているのかもしれません。


③デジタルツインコンピューティング

NTTが2030年に向けて推進する次世代光通信基盤のIOWN構想の3本柱のうち一つにデジタルツインをさらに発展させたデジタルツインコンピューティングがあります。

デジタルツインコンピューティングとは、これまでのデジタルツインの概念を発展させたものであり、多様なデジタルツインを掛け合わせてさまざまな演算を行うことにより、実世界の「再現」を超えたインタラクションをサイバー空間上で自由自在に行うことが可能な、新たな計算パラダイム」のことです。

参照引用:書籍「IOWN構想-インターネットのその先へ」 P39

そう聞いてもなんのこっちゃだと思います。

デジタルツインコンピューティングのコンセプトムービーがあります。「人が想像できることは、必ず人が実現できる」SF小説の生みの親、ジュール・ヴェルヌの言葉からはじまるこの動画では、登場人物が自分の代わりにサイバー空間で仕事をするアバターと会話する様子が描かれています。



皆さんはどんな印象を持たれましたか?2030年に果たしてこんな世界は実現するでしょうか?

IOWN構想は現実に取り組まれています。2019年10月にNTTとソニーと米インテルでIOWNグローバルフォーラムの設立計画が発表され、2020年1月に米国で法人登録され、スポンサー会員として台湾の中華電信、米シエナ、富士通、米マイクロソフト、NECが加入し、一般会員として三菱ケミカルホールディングスが加わっています。

参考文献:NTT・ソニー・インテル主導の次世代光通信基盤、「IOWN構想」実現への道筋

IOWNの推進において、リアルとバーチャルが融合する新たな世界観の構築を目指すため、NTTと京都大学が提携し領域横断的な知としての哲学が導入されています。

参考文献:京大とNTT、IOWN構想が実現する世界に向けテクノロジーの進化と人が調和する新たな世界観を構築するプロジェクトを発足


マーケティングのゲームチェンジとは?

考えをまとめます。マーケティングのゲームチェンジとは?

それはおそらくスマートシティのように、GAFAとトヨタNTTが競い合うような次の時代のイノベーションでありフィジカルな体験設計です。スマートシティのように街や社会を作るインフラという規模で創発されるもので、それを支えるスキームとして、複数の企業や団体が保有する全ての個人行動データをつなげる情報銀行や、フィジカルな空間とサイバー空間をつなげるデジタルツインがあります。社会実装するためには新たな倫理観の形成が必要となります。たとえばIOWN構想では人文学者も入れた議論が始まっています。

マーケターの皆さんはこうしたゲームチェンジを到底実現しそうにないものとして静観しますか?あるいは積極的に関わり未来を予見しますか?

企業目線で考えるゲームチェンジ後の新たなマーケティングが「 全てのデータがつながるD2C」です。これはいわば次世代の社会インフラと連動した体験設計です。

企業が消費者とつながるだけでなく、情報銀行やスマートシティなどの枠組みの中で、同時に複数の企業が保有するデータや社会インフラとつながっている状態において、顧客に対して、それぞれの企業はどんな体験価値を提供できるかを考えてみませんか?

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