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復職日記14

風がびゅうびゅう吹いている日だった。
わたしたちの携帯は誰もJアラートがならなかった。


ひとの命を、なんだと思ってるんだろう。
ただの市井の人間のひとりとして、そう思う。
なんだと思ってるんですか?って、世界中の偉い人たちに、聞いてみたい。
フラットな感情のまま、人の命について、どう思われますか?どんな考えがありますか?と、聞いてみたい。そして、ただの市井の人間のひとりとして、答えてみてほしい。
偉い人としてではなくて、ただ生きて、ただ老いてゆくひとりの人間として、答えてみてほしい。
そんな妄想を、たまにする。


※※※


何日か前の勤務日のこと。
その日は週末で、終始館内は混んでいた。
その日のわたしは児童フロア担当で、大量に返ってくる絵本、児童書運びに追われて、館内をあっち行ったり、こっち行ったり。
ちいさな利用者さんも、その保護者の方々もたくさんいらして、その合間を縫って、本棚に返却された本をどんどん戻してゆく。


人に読まれてこその本、というか、本棚から、ちいさな利用者さんに選ばれて、ちょっと雑な扱いを受けながら運ばれて(こどもにとって絵本て結構大きい)、たどたどしい声で読み上げられる本たちは、活き活きして見えた。



そんな風にしてくるくる仕事をしていると、バタンッ、と大きな音がした。


音の方向に目を見遣ると、本棚のブックエンドが倒れており、支えられていた本たちが崩れて、バラバラと床に落ちてしまっていた。
ちいさな利用者さんが本を取ろうとして、ブックエンドごと倒してしまったみたいだった。


こういう時に心がけていることはただひとつ、ちいさな利用者さんに駆け寄って、


大丈夫?ケガしなかった?痛くない?


と聞くこと。


もちろんこちらは怒ってないし、それよりもなによりも、ちいさな利用者さんの安全が第一だからだ。


この時も、慌てて駆け寄って、大丈夫?ケガしなかった?痛くない?と、聞いた。


そうしたら、そのちいさな利用者さんは、びっくりした顔をしたあとに、なぜかニコニコー、と笑顔になって、わたしにぎゅっと抱きついてきた。




わあ、と思わずこちらも声が出て、ほんとにどこも痛くない?大丈夫?と再度聞くと、これまたニコニコして、ぎゅ、っと抱きついてくれる。


すぐに保護者の方がやってきて、すみません、と言ってくださって(こちらのほうがすみませんなのに)、その子の名前を呼んで、連れ立って行った。


たぶん、わたしが言った、大丈夫?ケガしてない?の意味は伝わらなかったんだと思う。
だけれど、この人いま自分に話しかけてる、ということは理解してくれて、そしてなぜか好意的に受け止めてくれて、ニコニコして、抱きついてくれたんだと思う。



コロナのこのご時世、人と距離を置くことが良しとされているのに、ハグされてしまった。
咄嗟の出来事だったのに、その子の体温や、ニコニコした顔が、なんだか忘れられないのだ。


こどもって、あったかくて、やわらかいんだなあと、思った。
うんと歳の離れた弟が小さかったときのことが、ババババババ、と頭の中に蘇って、そうだった、こんな感じだった。ちいさくて、あたたかくて、やわらかかった、と、思った。



その日の出来事は、こころのなかの、大事な思い出フォルダにしまうことにした。
あの子は覚えていないだろうけれど、わたしは覚えてる。
あのとき、ニコニコしてくれてありがとう。
ケガしなくて本当によかった。
またいつか、図書館にきてね。
いつでも待っています。


投げ銭?みたいなことなのかな? お金をこの池になげると、わたしがちょっとおいしい牛乳を飲めます。ありがたーい