書きたくなることがなくても(日記21)
書きたくなることがなくても、書いていくと何かができあがるのが、書くもののたのしいところ。
誰かを故意に傷つけるものはダメだけれど、そしてもし、自分の無知が誰かを傷つけてしまったら、誠実に向き合って謝罪するべきだけれど、その線引きさえ守れるなら、書くことは、どこまでも自由かもしれない。
うーん?
書くことだけに、限らないかなあ。
なにかをつくる、ということは、総じてそうなのかもしれない。
自分の線引きをしっかり守れれば、ゼロから1の世界は、どこまでも自由に自分を連れて行ってくれるのかもしれない。
今朝は起きたらなんだか胃がちくちくした。
昨日の晩から、微妙にちくちくを感じていたのだけれど、眠れば治るに一票いれて、薬も飲まずにおやすみしたのだった。
そうして今朝、起き出してみると、なんだかやっぱり微妙にちくちくする。
そういうわけで、今朝はお散歩には行かずに、様子を見ることにした。
お散歩に行かない代わりに、溜まっていた洗濯物を畳んで、トカゲちゃんたちの世話をして、バジルのばーちゃんに水をやって、朝の時間を過ごした。
胃が痛いというのに、それでもやっぱりコーヒーが飲みたくて、薄めに入れたコーヒーを、ちびちびとやる。
コーヒーを飲むと、朝が来たなあ、という感慨が訪れる。
そうしてコーヒーをちびちびしていたら、同居人氏2がもぞもぞ準備しだすので、見送りのかまえをする。
同居人氏2は、相変わらず、出し抜く。
今日も今日とて、
もう行くの?
と聞くと、
まだ行かないよ!
と言いながら、玄関に足早に向かって行った。
行くんじゃないかい、
と、思いながら、慌てて玄関で同居人氏2を捕獲して、いってらっしゃいをちゃんと伝える。
この、毎度の出し抜きはなんなのか、同居人氏1にも、わたしにも、理由がさっぱりわからない。
完全にわたしたちを出し抜いて、ひとりでこっそり出発できたとしたら、同居人氏2の「勝ち」なのだろうか。
でも、それで見送りに失敗すると、なんとなくこちらがもやもやするので(いってらっしゃいをちゃんと言えないと不安になりませんか)、この茶番に毎回律儀に付き合っている。
クセが多い、同居人氏2。
今日も元気にお仕事がんばって。
同居人氏1は、早朝から仕事を始めており、頭が下がる。
トカゲちゃんたちをお風呂に入れたら、珍しく盛大にひっかかれたので、いそいそと仕事中の同居人氏1のもとへ向かう。
トカゲちゃんの飼い主は同居人氏1だ。これは慰謝料に値する。
ひっかき傷を見せながら、
これ、慰謝料払ってもらいますよ〜
と言うと、
あらあ、そんなに元気だったの〜?
と、にこやかに返されて、おわる。
トカゲちゃんにひっかかれた時、毎回このやりとりをする。
トカゲちゃんは、基本ひっかかない。
ひっかかないのだけれど、たまに、抱っこしているときに意図せず力が入ってしまって、こちらの腕が傷つく、という感じ。
ひっかこうと思ってひっかいてないので、トカゲちゃんは悪くないのだ。
今日も、春だからなんだかトカゲちゃんは興奮気味で、そのせいで、抱っこのときにもじもじしだして、結果ひっかかれてしまった、という感じ。
誰が教えたわけでもないのに、季節を感じて、行動が変わるって、動物ってすごいなあと思う。
トカゲちゃんたちの生き方に、自然の神秘を垣間見る。
こうした朝の一連のおしごとが終わったので、今、これを書いている。
ちくちくしていた胃も、しずかにおさまった。
ちびちびコーヒーを飲んだのがよかったのかも。
さて、今日はよく晴れそうだ。
このまま胃がしずかにしていれば、お散歩に行きたいところだなあ。
今日のところは、じぶんのからだを、様子見する。
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