「インターネット界のバンクシー」と呼ばれるMSCHFの凄さとは!?
自己紹介
こんにちは、宮武(@tmiyatake1)です。これまで日本のVCで米国を拠点にキャピタリストとして働いてきて、現在は、LAにあるスタートアップでCOOをしています。Off Topicでは、D2C企業の話や最新テックニュースの解説をしているポッドキャストもやってます。まだ購読されてない方はチェックしてみてください。 新しい記事は、Substackのニュースレターで公開しています。
はじめに
MSCHFという会社を知っているだろうか?エアマックスをリメイクして聖水が入った「キリストの靴(Jesus Shoes)」を作ったり、現代美術家のダミアン・ハーストの作品を大胆にも切り取ってパーツで販売したり、そして最近ではナイキ、アディダス、Supreme、Off Whiteなど含む10社のブランドをコラボしたTシャツなどがSNSで注目を浴びていた。
MSCHFは「インターネット界のバンクシー」と呼ばれている。そして、まだ10人ほどの小さな会社というのも驚きで、この人数で2020年だけでもかなり話題になったサービス・商品を開発している。
例えば、先ほど紹介した「キリストの靴(Jesus Shoes)」。MSCHFのスタッフが普通に$160(約1.7万円)ほどするNike Air Max 97を購入して、そして靴底の空気が入っている部分に司祭に祝福されたヨルダン川(イエス=キリストが洗礼者ヨハネに洗礼を受けた場所)の水を入れた。
引用:MSCHFサイト
靴自体はMSCHFと「I.N.R.I」のコラボ商品のようにブランディングしている。そのI.N.R.Iの略は「Iesus Nazarenus, Rex Iudaeorum」、いわゆるイエス=キリスト自身となるw。MSCHFは約20足の通常のNike Air Max 97をカスタマイズし、一つ$1,400(約15万円)で販売した。なぜMSCHFはこんな商品を出したのか?
まず聖水を入れた理由について説明すると、彼らのLPに書いてある通り、イエス=キリストは聖書では水の上を歩いたと言われている、ことをパロっている。
引用:MSCHFサイト
そして、この商品を出したのは理由、今までスニーカーのコラボ商品がかなり人気があったため、そのパロディーとして「キリスト x ナイキ」と言う最強のコラボを考えた(もちろんナイキの許可はとっていない)。コラボを作ろうと考えたきっかけは、米国を中心に人気のエナジードリンクArizona Iced Teaとアディダスがコラボ商品を出したことだとMSCHF Head of CommerceのDaniel GreenbergがLaudible記事で話している。
引用:Adidasサイト
そして、キリストの靴(Jesus Shoes)のパッケージングもオンブランドになっている。靴箱の下に水の写真のカードを貼っている。プロダクトを見たい方はこちらの動画をご覧ください。
上記動画では、彼はMSCHFを知らないにもかかわらず、ある日急にこの箱が届いたらしい。MSCHFはこのようなゲリラマーケティングとPRを使って一瞬すごい注目を浴びるようになる。
今回の記事ではMSCHFが歴史、事業モデル、考え方を通して何故「インターネットのバンクシー」と呼ばれるほどの会社になり、彼らの事業を何故注目するべきかを解説します。
MSCHFとは!?
MSCHFの名前の由来は「mischief(いたずら)」から来ているが、それ以上の情報は実はあまり公開されていない。MSCHFのサイトに行っても、彼らの過去の商品と、次の商品がいつ出るか、そして彼らのアプリをダウンロードすることしか書かれていない。
引用:MSCHFサイト
MSCHFのTwitterとInstagramアカウントは非公開なので、基本的には見ることが出来なく、LinkedInで調べても、概要文には「we are a dairy company(私たちは乳製品会社です)」としか書かれていない。
以前New York TimesがMSCHFをインタビューした時にニューヨークのブルックリンにあるMSCHFオフィスを訪れた。
10名ほどいるチームには役職がついてないものの、アイデア出し、開発、そしてディストリビューションとマーケティングと3つの役割に別れて動いている。
このチームを仕切っているのがCEOのGabriel Whaley。GabrielさんはMSCHFをただ「いたずら好きの人たちの集まり」と読んでいて、「会社」であることをあまり考えたくない。
2016年に始まったMSCHFは初期からこのようないたずらグッズを開発していなかった。元々はマーケティング代理店を運営していて、クライアント先にはD2CマットレスブランドのCasperなどもいた。ただ、代理店業務をやった理由は単純にお金を溜めて、今になっては有名な商品を開発するためだった。
MSCHFを始める前からGabrielさんはバズるプロジェクトを作っていた。2014年にWingmanと言う空の旅用のTinder(出会い系)を始めて、かなりメディアからも取り上げられた。最近だとVCが選ぶ2020年にヒットするメディア19社に選ばれたり、Off Topicでも紹介したMrBeastとのコラボアプリのFinger on the Appでもかなり話題になった。New York Times調査によると、MSCHFは$11.5Mほど調達をしていたが、それ自体もGabrielさんは世の中に知られたくなかったらしい。
そんなMSCHFは2週間に一回のペースで新しいプロダクトをローンチしているが、彼らのモデルは人気ブランドSupremeが広がらせたドロップ方式を活用している。
Supremeモデルをインターネット化
ストリートブランドではよくあるのが「ドロップ方式」と言うローンチ方法。限られた数のプロダクトを出して、在庫切れになると買えなくなる。スケールがしにくくなる分、ブランドが有名になってくるとそのドロップを大量に買いたがるファン層が増える。一瞬で売れる限定品で2次流通で値段が大幅に上がる仕組み。これはいわゆるオフライン版のFOMOとしても考えられる。このモデルはアパレル系MadhappyやDolls KillなどスタートアップのD2Cブランドでも増えている。実際に以下Dolls Killが新しくドロップを発表した日の行列。
MSCHFもこのドロップコンセプトを真似ている。Supremeは毎週新しいドロップを発表しているように、MSCHFは2週間に1回のペースで新しい商品をリリースしている。今回はキリストの靴(Jesus Shoes)以外に面白かったプロダクトを紹介します。多くの商品はSupremeと同じように限定コラボ商品を出しています。
MSCHFのドロップ事例
この記事を買いている2020年7月24日現在ではMSCHFはこれまで25個の商品を公開している。今回はその中でも話題になった、もしくはMSCHFを象徴するものをご紹介するのと、何の意味合いがあるのかを解説します。
論文を書く大学生にバズった Times Newer Roman
引用:MSCHFサイト
こちら2018年にMSCHFが開発したフォントの「Times Newer Roman」 で、実際にダウンロードが出来る。有名なフォントであるTimes New Romanと全く同じ見た目だが、文字の横幅が5%〜10%広くなっている。
引用:MSCHFサイト
このフォントの意味合いはアメリカの大学生なら全員分かる。アメリカの大学生で論文書く時には、全ての教授がTimes New Romanの12サイズで書くように指示をする。そして大体ある一定のページ数以上を書かなければいけない指示も出す。ほとんどの学生はもちろん多く書くのが面倒なので、色んな形でMicrosoft Wordをいじるプロになる。資料の横幅と縦幅を少し縮めたり、人によってはピリオドやカンマのサイズだけを少し大きくしてページ数を増やす人もいる。
実際にピリオドのサイズを変えるだけでかなり変わるのが分かる動画がこちら。
そんな面倒なことをやるのではなく、MSCHFは学生にTimes Newer Romanを使って、論文をもっと長く見せられるようにした。実際に同じテキストとサイズで比較すると、若干長くなったのが分かる。
引用:MSCHFサイト
MSCHFによると、Times Newer Romanを使うとサイズ12で15ページの論文ではTimes New Romanと比較して各言葉が13%ほど減るとのこと。
ちなみに今アメリカにいる学生がこれを読んでいて、Times Newer Romanを使いたい際には印刷するかPDFにて共有するように注意しなければいけない。Times Newer Romanはフォントなので、Wordファイルとして先生と共有すると、先生はTimes Newer Romanのフォントを持っていないのであまり意味がない。
仕事中にドラマがみれる?Chrome拡張機能 Netflix Hangouts
引用:MSCHFサイト
これはMSCHFが作ったChromeの拡張機能、そして後々Googleが禁止にしたおかげでオープンソース化してダウンロードが出来るようにした、Netflixを仕事で見れるように、ビデオ会議をしているように見せかけるサービス。
これは、当時話題になってたニュースで、ロバート・デ・ニーロが運営している会社の元従業員が「フレンズ」を4日間見ていたという訴訟事件があり、かなりニュースに取り上げられた。
それを見たMSCHFチームは、気楽にNetflixを仕事で見れる方法がないか考えた。元々はSlackやスプレッドシートの中に隠す方向性で進めていたが、最終的にはGoogle Hangoutに落ち着いた。結局上司が部下のデスクを通り過ぎて画面をチラ見する時に、電話会議のフォーマットを見ると誰がそこに参加しているのかをあまり細かく見ない。
MSCHFのNetflix Hangoutsを使うと、Google Hangoutsっぽい画面で4人の電話会議をしているように見せて、そのうち3人はDaniel Greenbergさんや彼の友達が話を聞いている風な動画を永久ループで流し続けながら、右下の画面は見たい番組に設定できる。
YouTuberの開封動画で話題に MSCHF Box
引用:MSCHFサイト
この箱はMSCHFが$100で売っていて、こちらも即完売した商品。$0.01(1円)から$7,000(約74万円)の価値があるものが入っているミステリーボックス。中にはドローン、ベスパ、ロレックスの時計まで入っている可能性がある。
引用:MSCHFサイト
もちろん高級品以外にいらないポケモンカード、クリップ、下着、ガムなどもある。それぞれの商品と当たる可能性は箱に記載されている。
引用:MSCHFサイト
ただ、MSCHFはこの箱にある特殊なルールを備えている。この箱には時間に応じて価値が上がる仕組みを作っていて、$100で購入するが、箱を開けなかった日毎に箱の価値が$10上がり、100日放置してMSCHFに箱ごと返却すると$1,000(約106万円)をキャッシュでもらえる。
引用:MSCHFサイト
もちろん、ほとんどの人はすぐに開けてしまう。多くのインフルエンサーもMSCHFからMystery Boxをもらい、開けて楽しんでた(実際にドローンが入っている人もいた)。
この商品は三つのインターネット文化が影響があって作られたと考えている。一つ目は開封動画の人気。それに特化したクリエイターが生まれていて、7歳で人気YouTuberのRyan Kajiさんの150万再生回数あった開封動画。
二つ目は多くのYouTuberは、「eBayのミステリーボックス」を開ける動画が流行っていること。これは大金(大体$1,000以上)払って、同等ぐらいの価値が入っていると言われている箱を買う動画。実際に、以下動画では$100,000払って買った箱の開封動画。
三つ目は人の限界・我慢を試すチャレンジトレンド。以前MrBeast記事でも説明したように、MrBeastなど数名のYouTuberは「最後まで生き残る・何かに触ると大金・景品がもらえる」などのチャレンジが流行っていて、それも真似ているように見える。
ベビーブーム世代のメルマガ? Boomer Email
引用:MSCHFサイト
こちらはメルマガとなっていて、登録すると毎週「Boomer(ベビーブーマー世代)」、いわゆる1944年〜1964年ぐらいに生まれた人たちの実際にメールのやり取りをメルマガ登録者にリークする。中にはコロナは中国が作ったバイオ兵器だと言う話や、トランプの本当の目的はイギリスの女王の座を実は狙っているなど、嘘みたいだが実際に存在するメールが共有される。
例えば私が登録した時にもらったメールはこちら。
引用:Boomer.email
このサービスも、当時流行っていたことが影響となっている。一つ目は「OK Boomer」トレンド。多くのGen Z世代が作った言葉で、年上にうんざりの時に出す表現。「OK Boomer」の意味合いや歴史に関して気になる方は、過去に出したポッドキャストか以下のTwitterスレッドをご覧ください。
そしてMSCHFが強調したい二つ目のポイントは広がっているフェイクニュース。この毒みたいなコンテンツが広がっていることについてより世の中に示したかった。
アートの価値を問う Severed Spots
引用:MSCHFサイト
こちらは有名現代美術家のダミアン・ハーストの作品をMSCHFが購入して、MSCHF風にアレンジした作品。ダミアン・ハーストはドット型のアート作品を作るので有名。彼のドット型アート作品は数十万円から数百万円する。
1986年以来、1,000作品以上のドットのペインティング作品を作っていて、全てが機械ではなく手でやっている。
そんなダミアン・ハーストのドットのペインティング作品を$30,485(約320万円)で購入したMSCHFチームは、あることを行った。
引用:MSCHFサイト
まず、全てのドットを切り取った。
そして、ドットを一つずつ$480(約5万円)で販売した。合計88個のドットがあるので、全て買いたければ$42,240(約445万円)かかる。
引用:MSCHFサイト
さらに、残った枠をオークション式で販売、スタートした値段が$45,000(約477万円)。結果としては全てが即売り切れ、オークション型の枠の最終購入額が$261,400(約2,775万円)までいった。
引用:MSCHFサイト
ドットと枠の販売価格を合わせると、元々購入した10倍の価格で売れている。MSCHFはこの商品を作った理由は二つあると思われる。一つ目は、ダミアン・ハースト自身はいたずら作品が好きと言う理由。ダミアンさんは過去にバンクシーと$1.9M(約2億円)のコラボ作品「Keep it Spotless」を作ったことがある。
引用:WideWalls
二つ目でより重要な理由は、MSCHFとしてアート作品の購入に対しての意見を伝えたかったこと。アートは金持ちが自分の資産を保管するためにあるもので、よく分からない形で評価され、高値がついても、結局どこかで保管されてより高く売られるのを待っているだけ。
このアート投資家と言う概念が広がっていることを強調したかったのがMSCHF。出来るだけ安く売って、高く売る世界になっているので、アートは人に嬉しさや癒しなどポジティブな感情をもたらすものでは無くなり、だんだんトランザクションとして見られているだけと考えている。実際にMSCHFチームがダミアン・ハーストの作品を購入した際に売手がMSCHFがいるニューヨークではなく、アート販売の税金が低いコネチカット州に配送できないかと聞いてきた。
そして、このアート投資家は直近だとブロックチェーン技術などで進化して、部分的オーナーシップが取れるようになってきた。この部分的オーナーシップモデルをパロディー化したのがこのSevered Spotsプロダクト。
人気コメディードラマをSlackで再現 The Office(Slack)
引用:MSCHFサイト
アメリカで人気コメディー番組「The Office」があるが、MSCHFはそのテレビ番組の全201話をSlack上で再現した。The Officeは元々イギリスのコメディー番組で、人気のあまりアメリカ版のリメイクがあり、そのアメリカ版はいまだにNetflixやストリーミングで何回も見るひとがいる。
The Officeでは上司のマイケル・スコットがかなりくだらなく、バカげたことを繰り返すので面白いと言われ、番組自体はエミー賞ももらっている。2005年にスタートして一般のアメリカ企業の設定のため、当時はもちろんSlackなどのチャット機能を誰も使っていない。ただMSCHFは実際に各エピソードで行ったセリフを忠実に再現し、数週間に渡って全201話をSlack上で公開。
引用:Forbes
The OfficeのSlackチャネルにジョインしたユーザーは投稿は出来ないようになっていて、すごいところは、再現した回を一切自動化していないこと。実際にMSCHFメンバーがThe Officeのキャラクターとして全ての会話をリアルタイムで書き込んでいる。
MSCHFは元々オフィス環境がどれだけ変わったかを見せたかった。The Officeが終わった2013年にSlackがローンチし、社内コミュニケーションが完全にオンラインにシフトした。それは仕事の効率化などにつながったかもしれないが、社内のウォータークーラーあたりで起きいるゴシップネタやカジュアルな会話が無くなっていることをMSCHFは見せつけたかった。
そして、このMSCHFドロップは2020年5月にリリースされたので、コロナとWFHに対して語っているのに間違いない。The Officeが面白かった理由はオフィス内、いわゆるオフラインでしか起こらないいたずらなどが起きることなので、そのオンライン版を再現しようとMSCHFはしていた。実際に、The Officeのいたずら集を見ると、オフラインでしか伝わらない気がする。
ストリートファッションのコラボ? MSCHF X
引用:MSCHFサイト
こちらはMSCHFが作ったコラボ商品。MSCHF以外に10社の超有名なストリートウェア企業のTシャツを購入し、それをミックスして新しい11社コラボ商品を作った。”コラボ”したブランドはSupreme、The North Face、Adidas、Stussy、Palace、Chinatown Market、Kith、Off-White、BAPE、Nike、MSCHF。もちろん、どの会社にも許可は貰わず出している。
引用:MSCHFサイト
10社のブランドとコラボしたことを祝って、一つ買うために$10,10.10(約$10.7万円)払わなければいけない。出た瞬間に完売し、2次流通市場ではすぐに2倍ぐらいの価格になり、4倍以上の価格で購入した人もいた。
引用:eBay
1,000枚の限定商品で、同じパターンのあるTシャツは存在しないので、世界で一つしかないTシャツデザインとなる。中には$40〜$60ぐらいのSupremeのTシャツや$8,000〜$10,000するSupremeとLouis Vuittonのコラボ商品から切り取ったパーツも含まれているそう。
このドロップは過去にもパロディー化した「コラボ文化」の話。コラボの目的はお互いのオーディエンスをプールすることによって事業を広げる理由が多い。ラグジュアリーブランドは自分のブランド価値を下げずにダウンマーケットしたく、ストリートブランドは大手ブランドとはかけ離れているブランド価値を保ちつつ大手ファッションブランドからの承認欲求を満たしたい。MSCHFはコラボで起きいるパターンをある図で表現した。
引用:MSCHFサイト
良いブランドコラボとは「驚き」と言う感情を生み出すことが多い。思わなかった2社のブランドがコラボすることによって、対照的なブランドの価値が混ぜ合い、新しい世界観を作る。ただ、今となってはコラボ企画が普通になりすぎて、どのブランドも平気で何回もコラボを行う。
そんなコラボする世界の中でMSCHFが考えたのが、2020年の最強コラボ商品。MSCHFのTシャツを着ることによって、大体のコラボパターンが表現できるので、これ以上コラボ商品を買わなくていい。
Amazon Alexaへのパロディー Alexagate
引用:MSCHFサイト
Alexagateは、名前の通りでAmazonが作るAlexaに関連するプロダクト。Alexagateはハードウェアであり、スマートスピーカーのAmazon Echoにつけることによって、Amazon Echoに「Alexa」と呼び掛けても反応しないようにしている(Alexaのマイクを邪魔している)。3回手を叩くとAlexagateを作動(Alexaのマイクを邪魔する)、そしてまた3回手を叩くとAlexagateを停止(Alexaが通常通り作動)。
MSCHFは何故このようなプロダクトを出したのか?Amazon Echoは2019年1月時点で1億台販売した。その中で、Amazon Echoに対しての大きなクレームはEchoは家で起きている全ての会話を聞いていて記録している。しかも、The Verge記事などによるとユーザーが音声を消すように指示しても、一部の情報や書き起こしデータはAmazonがいまだに保管しているとのこと。
「Alexagate」の名前の「gate」は、アメリカでよくスキャンダルなどで使われる単語。過去だと ゲーム業界で社「Gamergate」、アメフトでは「Deflategate」や「Spygate」などがありました。この「gate」スキャンダルのオリジナルは「Watergate」(ウォーターゲート事件)で、アメリカの政治スキャンダルだった。ウォーターゲート事件では当時のアメリカ大統領だったニクソンが次の選挙の前に彼の選挙スタッフがニクソン共和党政権にとって野党である民主党の本部のあったウォーターゲート・ビルに盗聴器を仕掛けようとしたところ、警備員に発見され警察に逮捕された。ニクソン自身はホワイトハウスの録音システムで捕まった犯人との関係性が最終的にバレて、辞職した。
このAlexagateは通常のスキャンダルの「gate」の意味合いもありながら、元々のウォーターゲート事件に出てくる盗聴器の意味合いもあると思われる。
現代のインターネットと話題の文化をバカにしてMSCHF化する
上記の事例でも出したように、MSCHFは単純に面白いアイデアを考えて世の中に出しているのではなく、今の文化の流行りや起こっていることについて、MSCHFなりの考え方、面白さ、いたずら感を加えていて社会論評をしている。
サウスパークの商品・サービス版?
個人的にはMSCHFはアメリカの人気アニメ番組のサウスパークと似ていると感じている。かなり過激なコンテンツで、必要以上の暴力やおかしさを出しているとよく言われているが、実はサウスパーク、特にここ10年ぐらいのサウスパークはちゃんと理由があって各回を作っている。直近では中国がどれだけアメリカの企業にとって重要なのかをハイライトしたり、過去にはアメリカのポリティカル・コレクトネスについてのエピソードも出している。
アメリカや世界で行っているおかしなことを究極化して、それをコメディーとして表している。しかもサウスパークは1週間ぐらいで作られるので、タイムリーなコンテンツを出せる。これはまさにMSCHFがテレビ番組ではなく、商品・サービスで表しているもの。実際にサウスパークはコンテンツを作るときにアイデア出しを創業メンバーとライター同士で行うが、ただふざけたことを提案しても受け入れられない。これはMSCHFと同様。MSCHFも一つのプロダクトを市場に出すために、大体800から1,000個ぐらいのアイデアの案出しがあり、ただ面白い・ふざけたアイデアは使われない。
文化についてスピーディーに語れる会社が求められている
MSCHFの文化 x 商品 x ふざけるコンセプトは今のインターネット文化に最もフィットしていて、成長している理由は今のユーザーの行動と合っているから。過去に出したMeme文化についての記事の通り、今のユーザーはMemeなどを使って直近で流行っていた映画・テレビ・出来事のシーンや一瞬を切り取って、自分なりに編集もしくは他人が編集したものを活用してコミュニケーションを物凄い早いペースで行っている。
ユーザーはエフェメラル、つまりその場限りでリアルタイム性のものを求める。TikTokが流行っている一部の理由はここにあると考えている。先ほど話た「OK Boomer」のトレンドも、数日間でGen Z内では終わって、次の新しい文化トレンドに流されていた。MSCHFはまさにこのエフェメラル要素を取り組んだグループ。同じことをやらない、そして今はやっていることを商品化するのはGen Z世代に最も合っている。Memeの商品化ブランドと言ってもいい。
MSCHFは「文化 x 商品 x ふざける」と言う三つの要素を組み込むことによって、大量のユーザーへの認知を集め、後にカルト的なブランドを作り出すことを目的としている。
アテンションとロイヤリティーを作り出したMSCHFカルト
過去にMSCHFの成功やMSCHF CEOのGabrielさんの魅力を感じて、数名のFortune 500企業のCEOがGabrielさんのメンターを努めようとした。そのメンタリング内容のほとんどがMSCHFのロゴ、ミッション、そして代表的なプロダクトを作り、ブランドを確立されることをアドバイスした。Gabrielさんからすると、そう言うことを無視したブランドがMSCHFなので、若干矛盾を感じたはず。そのため、今のところMSCHFはしっかりとしてブランドも無ければ、明確なビジョン・ミッションも代表的なプロダクトがない。
ただ、MSCHFと言うブランド自体が成立し始めて、コアファン層が生まれている。そのブランドをどう獲得したかと言うと、MSCHFがドロップをするときに出すマニフェストが大きいと思われる。
MSCHFのマニフェストとは、MSCHFが何故このドロップを出しているのかを説明している。例えば事例で出したSevered Spotsドロップでは、このようなマニフェストを出している。
引用:MSCHFサイト
似たように、MSCHF Xドロップでもマニフェストを出している。
引用:MSCHFサイト
何故このタイミングでこう言う商品を出すかを説明するのは、色んなブランドを選べるユーザーにとって最も必要な情報。ブランドは自分の意見や思いを明確にしなければいけない時代に入っている。ほとんどのブランド、特にD2Cブランドはこれを創業ストーリーとしてPRする。スーツケースD2CブランドのAwayが創業者のJen Rubioさんのスーツケースが壊れて良い代替品が見つけられなかったことからスタートした話や、最近リリースし、Off Topicでも取り上げたD2CシリアルブランドのOffLimits創業者のエミリー・エリー・ゼミラーさんの子供の経験とシリアル業界が差別する文化から出来上がったものから生まれた話など、創業者とサービスを始める強い意志と理由があるとより強いブランドが作られる。
MSCHFは毎回全く違うプロダクトを出しているため、毎回その創業ストーリーを言う必要を感じている。そして、ドロップが続き、毎回マニフェストを出すことによって、MSCHFが直接言わなくてもMSCHFの性格や意思、いわゆるブランドがユーザーに伝わってくる。結果としてMSCHFは違うプロダクトを毎回出しているが、出している人たちは同じなので、毎回似たような感覚になる。
MSCHFはBTSと似たカルト的立場として存在している。BTSファンと同じく、正式なMSCHFファンクラブはないが、MSCHFを理解するだけでMSCHFコミュニティーに入り込んでいる感覚が生まれる。結局MSCHFドロップの多くはバズるが、ほとんどの人はMSCHFと言う会社を知らない。裏ではMSCHFが実は動いていることを知っているだけで仲間に入っていると思えるのは本当にカルトとしか言えない。
本当にカルトと言えるまでのファンがいるかと言うと、まずはMSCHFドロップを見るとわかる。すぐに売り切れて、さらに2次流通で大幅にMSCHF商品の値段が上がる傾向になっている。これはSupremeやMadhappyと同じ領域。実際に記事のはじめに話たJesus ShoesをStockXで調べると、約15万円で販売された靴がサイズによっては倍以上の価格で売られている。
引用:StockX
さらに、BTSレベルでしか見れないファンエンゲージメントがMSCHFでも起こった。2017年6月にBTSファンが集まり、ニューヨークのタイムズスクエアで広告板を買った。
引用:PR Web
しかもBTSは国ごとのファンにタイムズスクエアの広告枠を購入していて、これは過去何回も行われている。BTSは今では最強のファン層が集まっていて、色んな社会貢献(Black Lives Matterで$2M以上の寄付)をしたり、政治活動も行っている。
コスメD2CブランドのGlossierもBTSほどではないが、熱狂的なファン層はInstagramでGlossierファンアカウントが多く作られている。
これだけの熱狂的で行動力があるファンを作れるのはBTS、Glossier、そしてMSCHF。MSCHFファンもBTSと同じように、広告板を購入したことがある。
結論:MSCHFは事業としてどうなのか?
カルト的なステータスをMSCHFが獲得しても、果たして良いビジネスになるのか?今までの商品販売から見ると、商品自体はマージンがちゃんと取れている気がする。ただ、何百もアイデアを考え、恐らくうまくいくものと行かないものがあると考えると、本当に今まで通りの事業展開が出来て、さらにVCから調達していればどうやってスケールするのか疑問点が上がる。
さらに、MSCHFのドロップは論争的なものばかりなので、会社自体が問題意識される事例もある。その一例がMSCHFの12番目のドロップ「The Blue Donkey」。Blue Donkeyは民主党のマスコットであるロバと、メデイアが民主党を色で表現するときに青を使うことを示している。MSCHFのBlue Donkeyは大手企業の福利厚生を政治資金に流す仕組み。簡単に説明すると、MSCHFは嘘のレストランを作り、そこに従業員が会社のお金(福利厚生)を使ってオンラインで注文をすると、そのお金がそのまま従業員が選んだ政治家へ寄付する形となっている。
引用:MSCHFサイト
MSCHFの目的は大手企業のお金を対大手企業の法律を作る政治家に流す、かなり面白い仕組み。大手企業はもちろんすぐに気づき、サイトがローンチしてから数時間以内にシャットダウンされた。
引用:MSCHFサイト
これ以外にSlackやGoogleにMSCHFプロダクトをシャットダウンされたり、世界で最も危険なコンピューターウイルスを6つ入れ込んだエアギャップされたパソコンを$1M以上でオークションしたこともある。
引用:Artnet
直近のMSCHF X(10社のブランドを勝手にコラボしたTシャツ)も、正直ブランド側からMSCHFに対して訴訟をぶつけても誰も驚かない。ただ、MSCHF CEOのGabrielさんは訴訟があった方が良いと言っている。訴訟があることによって、より認知され、MSCHFのブランドの価値が上がる。
Business InsiderでのインタビューでGabrielさんは「プロダクトではなく、ブランドのファンを集められると、我々は何をやっても許されるようになる」と言っている。実はGabrielさんと言う通りで、重要なのはスケールできそうなプロダクトではなく、どれファンから愛されて、親密な関係を持てるかが今後の勝負となる。
MSCHFのカルトビジネスは、『Wired』誌の創刊編集長のケビン・ケリーが書いた「1,000 True Fans」(1,000人の本当のファン)に基づいたビジネスモデル。このコンセプトでは、クリエイタービジネスはマス向けではなく、何でも買ってくれる本当のファンを1,000人集める必要があると話している。例えば、その1,000人が$100払ってくれると、そのクリエイターは毎年$100,000(約1,000万円)の収入を得られる。
Kevin Kellyさんの記事が公開されてから12年後、Andreessen HorowitzのLi Jinさんがそのコンセプトの進化版である「100 True Fans」(100人の本当のファン)の記事を公開。その名前の通り、クリエイターは今までより親密にファンと接するようになり、1,000人が$100ずつ払う時代ではなく、100人が$1,000払う時代になり始めたと語っている。
引用:a16z記事
実際にLiさんの記事でも書いてある通り、Patreon、Podia、Teachableなどのクリエイタープラットフォームを見るとユーザーが払う平均金額が増えている。
MSCHFはこの100 True Fansを既に集めている。そして、MSCHFの圧倒的な強さは、彼らの商品にはPR力がかなりあること。ドロップがある度に色んなメディアが取り上げてくれたり、インフルエンサーがプロダクトを紹介・使ってくれる。このPR力がある商品を使って、MSCHFは認知を得られて、そこから徐々にカルトファンとしてコンバージョンさせている。
MSCHFは実に面白いポジショニングの会社である。テック、コンテンツ、デザイン、Memeを掛け合わせたプロダクト開発部隊。今後生き残れるかはまずMSCHFが面白いプロダクトを作り続けられるか次第。ただ、普通のリテールブランドやソフトウェア企業と違って代表的なプロダクトがないMSCHFは常に”ピボット”ができる。MSCHFとして大事なのは今後のインターネット文化を読み続けて、彼らなりのストーリーテリングを行って新しいプロダクトを作ること。
そして、事業を大きくするにはドロップ頻度を増やすこと、より大きいプロジェクトを行ってプロダクトの価格を上げること、もしくは新しいマネタイズモデル(サブスク、グッズ販売、プレミアムコンテンツなど)を始めること。ただ、MSCHFは今のところ最も重要なアテンションとロイヤリティーを獲得できているので、事業としてはかなり良い方向性に進んでいると思われる。
結局、今後のどのC向け企業が必要となるものはアテンションであり、それを一瞬でも深く握れているMSCHFは今後も期待しているし、モニタリングしていく予定。MSCHFはそのアテンションを獲得するマーケティングとプロダクト開発能力を持っている。直近だと多くの会社がMSCHFを思い浮かばさせるドロップ式のローンチ方法を始めているので、今後もトレンドになりそう。
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Written by Tetsuro (@tmiyatake1) | Edited by Miki (@mikirepo)
引用:
・https://www.cbsnews.com/news/nike-air-max-97-jesus-shoes-filled-with-holy-water-selling-for-4000-2019-10-11/
・https://hypebeast.com/2019/10/mschf-inri-air-max-97-walk-on-water-custom-info
・https://mashable.com/article/times-new-roman-make-text-bigger-font/#u0qw5JSdGZqd
・https://www.wsj.com/articles/how-to-secretly-watch-the-office-at-the-office-11567173806
・https://www.theverge.com/tldr/2019/7/8/20686051/netflix-hangouts-google-slack-off-work-hiding-productivity
・https://theamericangenius.com/editorials/boomer-email-is-a-scary-look-into-all-generations-mindsets/
・https://theamericangenius.com/editorials/boomer-email-is-a-scary-look-into-all-generations-mindsets/
・https://nypost.com/2020/04/15/baby-boomer-email-newsletter-is-both-hilarious-and-terrifying/
・https://www.axios.com/newsletters/axios-edge-380f0546-a244-4ed2-a64e-11fe2b91434f.html
・https://hypebeast.com/2020/4/mschf-damien-hirst-severed-spots-project
・https://www.forbes.com/sites/curtissilver/2020/05/11/how-to-watch-the-office-in-slack/#5eaaf1fb2a1c
・https://hypebeast.com/2020/7/mschf-x-1010-usd-tee-shirt-collaboration
・https://www.businessinsider.com/why-mschf-founder-want-nike-cease-and-desist-fake-collab-2020-7
・https://www.theverge.com/2019/5/25/18638308/laptop-viruses-malware-auction-persistence-of-chaos-guo-o-dong
・https://www.digitaltrends.com/cool-tech/inside-the-world-of-mschf/
・https://www.producthunt.com/stories/how-to-launch-a-product-according-to-the-banksy-of-the-internet