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リセットのマインドシフト:テック業界の調達環境の現実 Daily Memo - 3/22/2023

今日のDaily Memoは今年から行われるアメリカのテック企業の調達問題について話したいと思います。こちらはOff Topic Clubメンバーシップ向けに最近試験的に投稿している「Daily Memo」ではありますが、長文だったため記事として書かせていただいてます。気になる方は是非Off Topic Clubに参加してみてください!

はじめに

The Informationの記事によるとフィットネススタートアップのTonalが$200M〜$300Mの時価総額で調達することを既存株主のL Cattertonと話している。2021年3月では$1.6Bの時価総額で$250M調達したTonalが今では時価総額が90%ほど下がった状態で調達をしないといけない状態になった。2022年9月には$1.9Bの時価総額で調達すると噂されていたが市場が悪化して2023年2月には$500Mの時価総額になると言われていた。結果としてさらに低い$200M〜300Mの時価総額とはこれからのスタートアップの市場環境を表す出来事。

個人的にはこれは例外案件ではなく、次に1〜2年間では一般的な出来事になると考えていて、VCやスタートアップはこれを見てファンドや会社の作り方を考え直さないといけないと思っている。

背景:ユニコーン工場が溢れ出ている

Repeat RhymeやTwitterでは何度か話しているが、個人的に思っているのはスタートアップ業界ではユニコーンが多すぎること。今世界では1,442社のユニコーンがいて、そのうちアメリカでは716社いる。

Crunchbase

この数字は2021年のピーク時を表す数字でもある。実際に過去2年間では1,000社以上のユニコーン、全体の78%が生まれているのは異常値と思わなければいけない。2022年も多いが、これは恐らく2022年前半が大半だったのと、そもそも調達はすぐに発表されないので2020年から2022年前半までがピークと思える。

Crunchbase

さらに怖い数字は、どれだけ早くユニコーンになっていること。実際にめちゃくちゃ速いスピードで伸びている会社は出ていているものの、去年300社の新規ユニコーンが作られた中で約25%がシード、Series A、もしくはSeries B段階でユニコーン企業になっていた。

Crunchbase

ユニコーンが出てくること自体は悪くないのではないか?と思う人もいるかもしれないが、重要なのはその会社が本当にユニコーンであるべきなのか、そしてユニコーンになってもそれは起業家および株主にとって紙上でのリターンなだけ。今ユニコーンなのであれば、上場する際には$10B〜$100Bのエグジットを期待しなければいけない。数年前はそれが実際にあり得たと思えたが、今ではそれがどれだけ難しいのかを理解しました。

何故これだけのユニコーンに対してネガティブに考えているのかと言うと、上場企業とエグジット状況を見ると分かる。

上場企業・レイターステージの状況

そもそも世界に1,400社以上、アメリカで700社以上の未上場スタートアップがいるのであれば、上場市場はめちゃくちゃ多いのではないかと思っても不思議ではない。実態はそうではない。この記事を書いている2023年3月22日現在ですと世界では4,612社の上場企業が$1B以上の時価総額を抱えている。アメリカの上場企業だけで見ると1,932社しかいない。もし全世界のユニコーン企業が本当にその価値があって上場した場合、$1B以上の企業数の25%弱を占めることになる。

上場企業の場合、株価が常に変動するので、なんとなくですが市場が悪化すると株価が下がり、市場が良い時は株価が上がる。未上場企業の場合は調達するタイミングでしか基本的に時価総額が設定されないので、上場市場との時間差がある。その時間差はすでに見えてきている。

Cartaのレポートのよるとレイターステージでは調整が行われ始めている。今までのSeries DやSeries Eラウンドでは$1Bを超える時価総額が中央値になっていたのが、今では普通ではなくなっている。

Carta

この状況を最も表すのはStripe。シリコンバレーで最もレベルが高いスタートアップと言われている会社でさえ直近$50Bの時価総額とダウンラウンド調達を行った(前回ラウンドは$95Bの時価総額)。最近色んな会社やブローカーからアメリカのトップティアのレイターステージ企業のセカンダリー出資のオファーをもらっているが、良い会社でも30%〜60%ディスカウントになっている。そう考えると、エコノミクスが成り立っていない会社や、そこまで伸びていない会社が70%以上のディスカウントをついててもおかしくない。だからこそTonalは一例にしか過ぎないと考えている。

評価基準の変化

2014年にDropboxは$10Bの時価総額の会社になった。その8年半後の今では$7.57Bの時価総額だが、Dropboxの事業が悪化したわけではない。むしろその時よりも圧倒的に良い会社になっている。当時はアクティブユーザー数が2億人いたのが、今では7億人を超えていて、年間売上が$1.91B。これは事業ではなく、評価、主に売上マルチプルの考え方が変わったと言える。

2021年のピーク時ではアメリカは売上マルチプル50倍〜100倍で調達するスタートアップが多かった。単純計算すると、$10Mの売上があれば$1Bの時価総額になると言うこと。上場市場でも似たように売上マルチプルが上がり、2020年11月のピーク時では20倍の売上マルチプルとなった。

Elad Gilブログ

今年の2月末の上場しているSaaS企業の売上マルチプルでのトップ10社を見ると、平均の売上マルチプルが11.4倍、中央値が10.6倍。全ての上場しているSaaS企業のARRマルチプルの中央値は5.7倍。これが現状。

Jamin Ball Twitter

もし同じようなマルチプルを未上場企業に適応した場合、大きな課題が生まれる。ARR 50倍から100倍で調達したスタートアップは、今の上場しているSaaS企業のARRマルチプル(6倍〜10倍)に辿り着くまでには年々50%成長していても5年以上かかる。その前に調達した場合はダウンラウンドで調達しなければいけない。

もちろん6倍のマルチプルで調達するSaaS企業はそこまでいないとは思う。実際にVC業界の中で見ると10倍ぐらいを目処に見ているVCが多く、良い会社であれば20〜30倍を見かけることもある。例外となるのは今ブーム中のAI企業で、そこは100倍以上のマルチプルでの調達が多々行われている。

ただ、言えるのは明らかに評価のリセットが行われたこと。VCも出資ペースを落として、より厳しく投資検討を行っています。

これからがヤバイ時期

このリセットが行われた影響で、2020年から2022年前半に調達した会社の多くは、次回ラウンドの調達を去年行わなかった。大型調達した会社はキャッシュも残っていたので、とりあえず市場がどう変わるのかの様子を見ていた。結果として市場は悪化し続けて、今後出てくる課題は2020年から2021年に調達した会社がキャッシュアウトし始めるタイミングにやってくること。ほとんどの会社が2〜4年分のキャッシュしたと想定しても、大体6〜12ヶ月分のキャッシュが残っているタイミングで次の調達に動かなければいけない。以下Elad Gilが作った簡単なモデルだが、2.5年分のキャッシュを調達した場合に、次にどのタイミングで調達に動かなければいけないかを表す図。

Elad Gilブログ

上記図に記載されているように、ほとんどの会社が2024年Q3までにはキャッシュアウトする。3年分のキャッシュの場合は2024年末、4年分のキャッシュがあったとしても2025年にはキャッシュアウトする。そうすると黒字化しない限りは、その前に調達をしなければいけない。ただ、50倍〜100倍のARRで調達したのであれば、恐らくダウンラウンドが必要になってくる可能性がある。

Economistによるとインドのユニコーン社数は2021年から2022年にかけて40社から108社まで増えたが、多くの会社が赤字で1年未満のキャッシュしか残っていないと書いた。

Economist

今ではスタートアップ業界では有名なレポートになっているが、VCのJanuary Venturesが2022年8月〜10月に450人のアーリーステージ企業の起業家を調査したところ、8割以上が12ヶ月未満のキャッシュを抱えていることが判明。

January Ventures調査

過去4年間で5,000社以上のシード・Series A・Series B企業が調達しているが、もしかしたらこれから数千社規模の無くなるかもしれない。

ソフトウェア需要の低下

さらにスタートアップ企業にとって悪風になっているのはソフトウェアに対しての需要。もちろん全体的にはデジタル化やソフトウェアを導入することは起きていると言われているが、実態とすると8割以上の上場しているSaaS企業は事業計画を変更し、元々想定していた売上を下回ると発表している。

Elad Gilブログ

コストカットもSaaS企業にかなりの影響を与える。もちろんコストカットによってそこまで必要とされていないソフトウェアとの契約を切る事例も増えていくが、同時にダウングレードされるソフトウェア企業も増える。今まではアメリカのテック企業は従業員を増やしていたので、SaaS企業からすると価格を上げなくても、新規クライアントを獲得しなくても利用者ベースで課金していた場合は売上が自動的に上がっていた。この状況が大きく変わりつつある。今年だけで505社のテック企業が15万人弱の従業員をクビにしている。それは直接的にSaaS企業にもインパクトを与えている。もちろんその従業員は他の会社に行って、そこでSaaSプロダクトを使うのかもしれないが、そのギャランティーはない。

layoffs.fyi

さらに起きているのはコストカットをしたい会社、特に大手はバンドルサービスへと移行し始めていること。今まではSlackを使っていたのかもしれないが、1人当たり月額925円だった場合、1万人の従業員がいた場合、年間1.11億円支払っていることになる。その1億円をコストカットして既にMicrosoft Officeで課金しているところに移行してTeamsを使う会社が増えている会社が出てきている。Slackほどのプロダクトだったとしても苦しみ出した場合、全SaaS企業が苦しんでもおかしくない。

実際に最近はコミュニケーションをTeamsやGoogle Chatに移行している会社の話を聞いている。Zoomへの課金も止めたチームも多々いる。この流れを見るとOff Topicで過去に話したMicrosoftの強さやコンパウンドスタートアップの強さがより明確になる。

$100Bのエグジットは現実的なのか?

一番最後の本当の大型テック企業の上場は恐らくFacebookだった。2012年5月に上場したFacebookは初値が$38と$100Bの時価総額で上場した。これでテック業界では$1Bではなく、$10Bではなく、$100Bのエグジットの可能性を感じた。そしてFacebookはもちろん株価は2021年のピーク時からは落ちているが、今は$524Bと上場企業での時価総額ランキングでは7位になっている。

Companies Market Cap

それでは、Facebook上場後で今現在最も時価総額が高い、上場したアメリカのテック企業はどの会社でしょうか?ほとんどの人は恐らくAirbnbを出すと思いますが、実はAirbnbは$78Bの時価総額と2位になる。Facebookが上場してからその次に今現在の時価総額ベースで言うと最も高く評価されているテック企業は2012年6月に上場した、$89.9Bの時価総額のServiceNow。ちなみに中国企業を含めるとMeituan ($102B)とPinduoduo ($99.8B)がトップ2になる。

Google

興味深いのは、過去10年間、何百社とテック企業が上場したが、今現在$100B以上の時価総額になっている会社は存在しないこと。市場のピーク時にSnowflake、DoorDash、Coinbase、Airbnbなどが一瞬なったかもしれないが、今はそうではない。以下図は2022年7月4日時点のものではあるが、2010年以降に上場したテック企業の時価総額ランキングを表示しているが、同じようなデータになる。

Noahpinion Substack

結果としてほとんどの本当に成功したテック企業は$10B〜$30Bぐらいのレンジに入り、例外は$50B〜$100Bのレンジになる。もちろん今未上場のSpaceX、ByteDance、Stripeなどは$100B以上で上場する可能性はある(Stripeは難しいかも)かもしれないが、$50Bや$100Bのリターンは例外中の例外として見なければいけない。そう考えると、次に疑問として出てくるのがVCのファンドサイズ。

分かりやすい事例を出すとIndex Venturesを見てみましょう。IndexはFigmaに出資したすごいVCで、Adobeが$20BでFigmaを買収した時にはFigmaの13%の株式を所有していたと思われている。単純計算すると、Indexは$2.6B分のリターンを得られるようになる。投資額の30〜90倍ぐらいのリターンを出したと言われているので、これはIndex Venturesにとっては満塁ホームラン案件となる。

VC業界では基本的にファンドの3倍のリターンを出すのを目標とする。そもそも95%のVCが3倍未満のリターンを出すと言われている中で、VCは満塁ホームランを出すことによって3倍以上のリターンが実現する。

TechCrunch

そこで必要になってくるのは「ユニコーン」ではなく、「ドラゴン」である。ドラゴンとは1社のリターンによってファンドの調達額と同じ、もしくは超えること。例えば$10Mのファンドを立ち上げた場合は、出資したスタートアップが$1Bで買収された時に1%の株式を所有していれば、$10Mのリターンが出る。

ファンド規模が上がるとドラゴンが出るのは難しくなる。$100Mのファンドの場合はユニコーンの10%の株式、$1Bのファンドの場合はデカコーンの10%の株式が必要となる。そこでIndex Venturesの話に戻る。Figmaは恐らくIndex Venturesにとってドラゴン以上の存在だったとは思うが、問題は2021年に立ち上げたファンド。そのファンドは複数のファンドに別れているものの、合計$3.1Bのファンド規模となっている。

もしIndex VenturesがFigmaと全く同じような案件を作ったとしても、ファンド規模の1倍に及ばない。そうすると、複数のFigmaに出資しないと3倍以上のリターンは見込めなくなる。大体ファンドは1〜2社ぐらいの満塁ホームランを打つと仮定すると、3倍以上のリターンが厳しくなり始める。

もちろんIndexは3社以上出す可能性はありますが、そもそも数千億円レベルのファンド規模が増えている一部の理由は、テック業界としてより大型のエグジットが期待されているから。ただ、明らかなのは、$100B級のエグジットは本当に中々出てこないこと。だからこそFounders Fundは$1.8Bのコミットをもらっていたのに、あえて$900Mのファンドにして、残りの$900Mはその次のファンドへのコミットへ回すことを判断した。この話は今週のRepeat Rhymeでする予定ですが、エグジット環境が厳しくなったのをFounders Fundが理解してファンド規模の調整を行ったのかもしれない。

考え方のリセットを行いましょう

こんな状況であっても、起業家やVCはネガティブに考えなくて良いと思っている。重要なのはマインドセットを切り替えること、そしてプライオリティをリセットさせること。エグジット、時価総額、ファンド規模とは根本的なスタートアップや会社の事業とは別のこと。重要なのは良い事業を作ること。その際に事業に対する評価や期待値が変わることを理解するのが必要。

今回の記事では記載していないが、もう一つ評価を影響しているのは金利。今までとは違って簡単に調達が出来ない状況であることを理解しなければいけない。明日公開されるOff Topicポッドキャストでは金利について少し話す予定ですが、金利が高い・低い時に立ち上がる会社の創業者の違いは、高い時は調達が当たり前だと思わないため黒字化をより早く目指すこと。

Chamath Palihapitiya Substack

実際に金利が高い時に生まれたMicrosoft、Google、Metaと金利が低かった時に生まれたUber、Snap、Blockの上場する1年前、上場した年、そして上場した1年後と2年後の利益率を見ると、明らかな違いがあるのが分かる。

Chamath Palihapitiya Substack

これから重要になってくるのはスタートアップの創業者だけではなく、VCだけではなく、スタートアップの従業員も金利が高い、調達がしにくい、売上マルチプルがそこまで高くない市場を受け入れないといけない。過去15年間で私も含めて、上がっている市場しか見てこなかった人たちは今一度あらゆること(事業成長、出資、ガバナンス、管理など)を考え直さないといけない。

例えば「ユニコーン」ではなく、VCのBessemerは「ケンタウロス」を増やしたいと語っている。ケンタウロスとは$100MのARRを達成した会社のこと。未上場企業の中では約160社のクラウド型ケンタウロスがあると思われているので、ユニコーンより8倍〜9倍レアな会社となる。

Bessemer

Craft VenturesのDavid Sacksが語るには、アップマーケットだと重要な三つのことは「成長、成長、そして成長」だが、ダウンマーケットの場合は「成長、エコノミクス、資本効率」。

VCにとってはこのダウンマーケットを見れたことによって次のアップマーケットが永久に続かないと理解が出来るのと、ダウンマーケットが投資するチャンスだと気づく。さらに投資検討やガバナンスの重要性などを身につけられるようになる。起業家からすると事業では欠かせないエコノミクスや事業モデルの重要性を身に付けられる。これは長期的には会社を大きくするためには大事なスキルセットとなる。

このリセットを乗り越えられる起業家・VC・スタートアップ従業員が次の世代をリードすると信じている。この記事によって少しでも早めにリセットする体制と精神を持ってもらえたらと思っています。

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