#建築をスキになった話 と、これからの建築やデザインの未来
僕は店舗デザイナーなので建築家ではないし、建築士の資格も持っていない。
そもそも、僕の学んでいた桑沢デザイン研究所はデザイナーの学校であり、卒業しても建築士の受験資格は得られない。
正直いえば建築士の資格は欲しくもあったが、僕の恩師の内田先生も建築士の資格は持っていなかったし、資格の必要な時は資格のあるパートナーと組めばいいからデザインを極めることに集中しろという指導をされてきた。
(結果的に、一通りの法規は実務で学ぶ事になったから、資格がいらないからって勉強しなくていい訳ではない。)
それでも歴代の講師陣には清家清さんなどの建築家の大御所もいたし、ちょうど講師陣の入れ替わりの時期に入学時期がぶつかったので、元OMAアジアだったりAAスクールやベルラーヘといった欧州の建築名門校出身の講師陣から教えを受けた。
当時、今の僕よりちょっと上くらいの講師の方々にかわいがって頂いて、先生の家でのホームパーティーなんかに手伝いで呼ばれては第一線で活躍する建築家さんに会うことも多かった。
物静かに杯を傾ける姿が印象的だったOMA NYの重松さんや、メルシーボークーの設計やファッションショーの仕事などで活躍されていた遠藤治郎さんなど、ゲストの面々もいつも豪華だった。
今では芸大で教えられている藤崎圭一郎さんや、紫牟田伸子さんなど、デザインジャーナリズムの基礎を築かれた方々から広い視野も教わった。
それこそ、建築を好きになったきっかけといえば、こうした敬意と愛を持って歴史を語り継いでくれた先輩方がいたからだろう。
ハード設計よりもソフト設計に興味を持ったきっかけ
そんな恵まれた環境の中で、一番衝撃を受けた恩師がいる。森川嘉一郎さんだ。
2004年のヴェネチア・ビエンナーレ建築展での日本館の展示「おたく:人格=空間=都市」が話題になり、萌える都市秋葉原という萌え文化論で引く手数多になった方だ。
僕は桑沢の1年生の時から森川先生の授業を受けて、1年生の後期の課題で「都市のダイアグラム」という課題を出された。今思えば、この時の経験が今の考え方の基礎にもなっているように思う。
今でこそUI/UXと呼ばれるカタチをデザインせずにシステムをデザインする手法がメジャーになりつつあるが、当時はリサーチやダイアグラムはあくまでも前段階の物でしかなかったし、学生の課題として最終成果物をダイアグラムでOKとする授業はかなり先進的だったと思う。
僕はこの「都市の特異点をリサーチして、ダイアグラムに表現する」という課題で、銀座の街を資本国別の国旗の地図に置き換えて、その数十年の変遷を示すダイアグラムを作った。
(この提案のおもしろさがわかってくれる人とは仲良くなれるので、ぜひ一緒に酒でも飲みつつ話がしたい。割とハイテコンテクストな前提知識を持っている人にしかわかりづらい、ある意味で建築的な回答だと思う。)
細かく説明するのは野暮だけれど、言葉で説明しておく。
銀座の街の資本国別の地図というのは、老舗百貨店が居座る交差点以外が海外ブランドに侵食されていく景色を表しており、並ぶ国旗はシャネルやプラダやアップルなどの欧米の国旗ばかりになる。
これを、一時期の植民地政策がはびこっていた世界地図に置き換えてみよう。見えてくる景色はどうだろうか?イギリス領の南アフリカ、スペイン領のフィリピン、そしてアメリカ領の日本。
物理的な戦争が経済的な戦争に置き換わっただけで、やっていることは変わらないよね、という世界の陣取りゲームの風刺である。
多少の皮肉を混ぜつつ出したこの課題は森川先生に大ウケして、クラスで1-2名しかもらえない最高評価をもらった。
そして「あなたはオタクの素養がある」と謎の見込まれかたをして、オタク展の東京での巡回展を手伝ったりする事になった。
カタチだけをデザインする時代の終わりがくる
この頃から、カタチだけをデザインする時代は遠からず終わりがくる、という感覚はあった。
名作と呼ばれるデザインは先代達が出し尽くしていて、新しい素材や技術からのアプローチなど、到達する方法は限られつつある。
広告でいえばWEBの黎明期で、いずれはテレビや新聞などのマスメディアからWEBへ戦場が移るのは明らかだったし、何よりモノ余りの時代なのはヒシヒシと感じていた。
建築というジャンルでいえば、住宅にはほとんど興味が湧かなかった。
1軒建てるのに安くても数千万、建築家に頼んでこだわれば土地込みで1億を超えてくる。狭小建築やリノベなど色々とローコストな手法も出るには出てきていたけれど、トリッキーな搦手感は否めない。
一握りのお金持ちの住まいのために作品を提供する、そういう生き方は自分にはあまり魅力的に見えなかった。(そのせいで集合住宅を卒制に選んだが、最終的には住宅というより余剰駐車場を利用する都市システムの提案になっていった。。。)
だからという訳ではないけれど、進路は店舗系(商業建築)に進んだ。
そこには人々のコミュニケーションがあり、店舗という空間は売れるための工夫やコストのかけ方、世界観の作り方などがよりマスに向いているからだ。
オープンな方に興味があったし、もともと商売人の家系の母型の暮らしを見ていたので、いつかはお店づくりを手伝いたいと思っていた。
そうして、気づけばお店づくりを仕事にして10年以上たって今に至る。
美しさが不要なワケじゃない
勘違いしないで欲しいので、最後に一言付け加えておく。
カタチ〝だけ〟をデザインする時代は遠からず終わりがくる、というのは、何も美しさや造形美が不要になるという意味ではない。
むしろ逆だ。中途半端な造形美よりも機能や体験が重視されるようになるが、圧倒的な美しさはより洗練された形で必要とされるだろう。
先日のDesign in Tech Report 2018の記事でも書いたが、造形美を形作るクラシカルな領域のスキルは不要にはならない。美しさやかっこよさに惹かれるのは普遍的な感覚だ。
美しさも機能や体験の1つになる、というだけの話だ。
これからの建築やデザインの未来はおもしろくなる。なんでもありになっていくんだから、とんでもないモノが生まれてくる可能性がある。
もちろんそこにはAIやディープランニング、データ解析などで可能になる再現可能な美しさも含まれているので、美しさのハードルは今後もどんどん上がり続けるんだろう。
建築士という職業自体もせいぜいここ100年くらいの話だ。もともとは大工や棟梁が図面を引いていたし、今だって施工業者さんが施工図を引いて確認をしたりしている。
職業の名前なんて時代とともに役割が変わればどんどん変わる。誰かに作られた枠や固定概念に自分からハマりにいく事なく、我が道を探して作り続けていければと思う。
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