『PTAから親を守る会』があってもよい?

 PTAから離れて数年になるが、まだ自分の中に "トラウマ" らしきものがあることに気づくことがある。PTAとの関わりの中で苦しんでいる人、悩んでいる人、何とかしようと奮闘している人たちの記事を目にしたり、話を聞いたりすると、何となく心が苦しくなる。

 全く無関係な立ち位置にいる人から、「そんなPTAなんてつぶしてしまえ!」という声があることも知っている。そうやって外野席から叫ぶだけでつぶれてくれるのであれば、とっくの昔にPTAなんかなくなっているはずだ。でもなくならない。変わらない。

 自由業で時間の融通が利くという理由から何度かPTAの役を引き受けた。もちろん会長職も複数の学校で経験した。

 特に会長の場合、選出委員といった役割の人から、事前に「名前だけでいいから」とか「大きな行事の時にちょっと挨拶してくれるだけでいいから」といった引き受ける側の心理的ハードルを下げるようなことを言われたが、真に受けるつもりはなかった。引き受けるからにはきっちり責任を果たしたかった。

 結局、会長だったある年には、1年間で百数十回の会合やら行事やらに出席・参加した。3日に1回のペースでPTAの仕事をしたことになる。校内の会合や行事だけではない。外部団体や地域の諸団体などにもPTAは関わっているので、それらの行事や会合にもまめに顔を出した。

 「あまり頑張りすぎると後の人がやりにくくなる」と面と向かって言われたことがある。でも無視した。中途半端に放り出すのは、自分の性に合わない。

 後になって、ちょっと反省した。PTAを覆う空気の中には、"前例重視"、"強い同調圧力"、"無難にやり過ごす"、"変化に対する不安感"  といった文化が充満している。少なくとも目立たないように頑張るといった配慮くらいはしてもよかったかもしれない。

 言うまでもなく、PTAにはメリットもあればデメリットもある。それらについて、ここで個々取り上げることはしない。

 かつてPTAに関わった自分の中でメリットとデメリットを差し引きすると、"とんとん" か "少しだけプラス" ぐらいになるかと思う。いい人生経験になった。これまで見たこともない世界や人間関係を見ることができた。普通に生活していれば決して関わることもないはずの人とも知り合いになれた。親が努力している姿を我が子に見せることができた。

 それでも "トラウマ" が自分の中にあると感じるのはなぜだろうと考えてみる。やはり無力な自分、非力な自分といったものを突き付けられてしまうからだろう。実際にPTA活動に関わり、しかも責任ある立場にあったにもかかわらず、何も変えることができなかった。悔悟の念が沸き起こってくる。

 時代はとっくに "令和" に入っているのに、"昭和" の時代の家族形態や文化、価値観を前提にしたPTAが「前例」に倣って延々と続いている。

 そろそろ何とかするべきだと思う。おそらく多くの人がそう思っていると思う。

 ではどうすればよいか?

 PTAの問題点に気づいて何とかしようと思っても、通常は1年単位で役が交代してしまう。周りは、「面倒なことにエネルギーを使いたくない」、「とりあえず無難に任期が過ぎ去ってしまえばいい」という空気が満ち溢れている。PTAの「T(teacher)」は、忙しすぎるうえ、そもそもPTAの一員という当事者意識がほとんどない。親の集まりだと思っている。

 PTAをまったくなくしてしまえと言うつもりはない。いったんPTAを "リセット" して、学校や子どもたちのためになるような小さなボランティアの仕組みを少しづつ作っていくのが理想だと思う。もちろん、不要になればなくしたり、仕組みを変えることを当然のこととする。

 さて、どうすればよい?どこから取り掛かる?誰と誰が組んで進める?誰が音頭を取る?いろいろ考え出すと思考が止まってしまう。

 以前、某公共放送から国民を守る...とかいう変な名前の政党があった。その主張は支離滅裂でまったく評価しないが、ワンイシューを前面に出して社会の仕組みを変えていこうという気概だけは認めたい。

 その名前ややり方をちょっと拝借して、『PTAから親を守る会』、あるいは『PTAから親を守る党』を作って社会運動を起こすことはできないものかとふと思う。

 名前が過激すぎるというのなら、『PTAを、時代に合わせて、親の生活や人生を犠牲にすることなく、本当に子どもや学校に役に立つような、ボランティアとして、しかも皆が楽しめるような仕組みに変えていく会』でもいいけど。

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