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毒舌だが食に関わる人は必読の書、関わらない人が読んでも面白い | 「食の歴史」(著者:ジャック・アタリ 訳:林昌宏)

こんにちは
イデアレコードの左川です。

以前から読もうと思いながらも敷居が高そうで敬遠していた「食の歴史」ですが、改めて食に関する本を多角的見ておきたくて読んでみました。で、あまりの面白さにびっくりするとともにもっと早く読まなかったことを後悔。

「食の歴史」というタイトルに相応しく、人の誕生から現代、そして未来に向けて歴史的な背景および動向を語ったもの。おいおいそんなところまで遡るのかいっていう突っ込みは感じつつ、分かりやすく丁寧に語られている。自称健康オタクということもあって、多少は思想が偏っていることはなきにしもあらずだが、様々な視点から語られる「食」はその幅広さと深さにおいては類を見ないものとなっている。個人的には時々、垣間見える毒舌が好きではある。

今回は「ビジネス的な観点」「料理的な観点」「文化的な観点」でその面白さを語りたい。


書籍概要

「人類の幸福の源は、食にある」とジャック・アタリ
氏はいいます。

衣食住は、昔から人の生活に欠かせない3要素です。
地球の誕生から過去、現在、未来に至るまで、人類は
どのように食べるという行為と関わってきたのか。
アタリ氏は、これらを綿密な資料から分析します。

特に食には、生命を維持する以上の役割があり、
政治・経済・文化・産業・性・哲学・環境・芸術
などあらゆることが結びついてきました歴史があると
指摘するのです。

たとえば、イタリアやフランスは食文化の宝庫であり、
フランス王ルイ14世などは料理を戦略的な外交の
手段として活用してきました。また、高級ホテルや
加工食品の歴史も食なしには語ることができません。

同時に現在のアメリカの繁栄にも食が大きく関連して
います。コーンフレークやファストフードは、いかに
人を効率よく働かせるかという目的で作られたものです。
これら栄養学がアメリカの国家戦略に強く影響しています。

富裕層は何を食べているのかといった世俗的な話題から
貧困層の食事は何か、世界の飢餓はどうして起こるのか
など、世界的な課題に関しても鋭い分析は留まりません。

2050年に世界の人口が50億に達し、AI社会が
到来しているとすれば、人類は何を食べていくのか。
アタリ氏は、昆虫食に関する未来も予言するのです。

実は、アタリ氏は自称健康オタクで、食べる物に
関して最大限の注意を払っています。現在、78歳にし
て輝かしい知性を放ち続けるために必要な巻末の
「食の科学的基礎知識」は必読です。

amazon公式より抜粋

ビジネス的な観点での面白さ

食に関する様々な企業が登場するのも本書の魅力の一つである。企業や製品が誕生する過程は歴史的なものであったり、特には偶発的なものであったり、時にはライフスタイルの変化に伴うものであったり…それらはビジネス的な観点でみると興味深いものである。

1866年、スイスの薬剤師アンリ・ネスレは(母乳養育が受けられない)新生児のために粉ミルクを開発した。ネスレは自身が設立した会社に自分の名前をつけた。

「食の歴史」P154より

まさかネスレの誕生が1866年にまで遡るとは…日本だとネスレは粉ミルクのイメージがあまりないけど、世界シェアは圧倒的だったりする。そうすると雪印メグミルクや和光堂、森永乳業、明治はかなりすごいなと思う。

その食に関わる企業の背景や取組も垣間見えるのも面白い。

ペプシコ社が砂糖や添加物なしの炭酸水を家庭でつくるようになると見越してソーダストリーム社を買収していたのは驚き。軍事産業は軍事用途として開発されたテクノロジーを民生利用しようとしていた中、マグネトロンの前でポケットの中のチョコレートバーが溶けていることに気づいて、そこから食品を加熱するためにマイクロ波を利用するアイデアから電子レンジが生まれ、それをシャープが小型化し、回転台を備え付けたというくだりも初耳だった。

そんな感じで興味深いエピソードがふんだんに出てくるので、それだけでも読む価値があると思う。

料理的な観点での面白さ

料理のバックボーンとなる歴史や流れといったものを壮大なスケールで紹介しつつ、レモネードや炭酸水が生まれた背景などミクロなところも語られていたり、具体的なレシピはないけれど、料理を作ったり、食べたりするうえで欠かせない知識が詰まっている。

例えば、1973年の美食ガイド「ゴ・エミ・ミヨ」でまとめられた料理に関する教訓は飲食店の方にも興味深いはずだ。

1. 調理しすぎないこと
2. 新鮮かつ高品質の食材を使うこと
3. 軽いメニューにすること
4. 流行をむやみに追わないこと
5. しかしながら、新たな技術がもたらす可能性を探ること
6. マリネ、熟成、発酵などは使わないこと
7. 味の濃いソースは使わないこと
8. 栄養学を無視しないこと
9. 料理をごまかして紹介しないこと
10. 独創的であること

「食の歴史」P208,209より

何よりもこれが最近ではなく、1973年に提示されていることに驚きを隠せない。料理人ではないので、なぜマリネ、熟成、発酵を使ってはいけないのかはよくわからない部分があったりはするのであるが…

ソースに関しては否定的で毒も多い。
「ケチャップはどのような料理であっても味を消すために使われるようになり、とくにまずい料理にはうってつけのソースになった。」のくだりはもはや笑うしかない。もちろん単なる毒だけでなく、その背景として食べ物に「カロリー(燃焼する際に放出される熱量)」という概念が生まれたことによって、食の価値が味、香り、食感、素材、調理法、食卓を囲む会話の質などではなく、「カロリー」という数字だけになってしまい、味が2の次になってしまったということも書かれている。

料理に直接関わる人はもちろんのこと、食べることが好きな方も楽しめる話が満載となっている。最後に「付属文章 食の科学的な基礎知識」が付いており、そこだけでも読んでも損はないはずだ。

文化的な観点での面白さ

食というものを語るうえで、ライフスタイルの変化や芸術への表れといった文化的な観点でも分析されている。

本書でも食べると会話といったものがセットであった時代からファストフードに代表されるような食事形態への移り変わりや仕事の忙しさ等によって、だんだんと「個食」に寄っていく変遷が丁寧に語られている。その過程の中で映画に関しても触れられているのも興味深い。

昔からの家族団らんの食卓は徐々に変調をきたす。『ローズ家の戦争』(1989年)での言い争い、『アメリカン・ビューティー』(1999年)の重苦しさ、『リトル・ミス・サンシャイン』(2006年)の哀感にそれが表れている。

「食の歴史」P207より

全部の映画を観ているけど、そんな視点で考えたことは一度もなかった。「アメリカン・ビューティー」にいたっては重苦しいのは別の要因(映画の根幹となるネタバレになるので言えないが)かと思っていた。確かにNHKの大河ドラマを筆頭に時代考証というのは重要で、映像の中での食卓の描かれ方が時代によって変わっていくのは当たり前ではあるので、自分の踏み込みの甘さを反省した次第である。

便宜上、「ビジネス」「料理」「文化」といった観点で分けてはみたが、実は密接に関わっている。文化的なものが料理に反映され、それによってビジネスが動くといったことも多いし、逆もまた然りではある。


そんなわけで、「食の歴史」は面白いだけでなく、新しい発見が多く、読むたびに新たな気づきもあったりするので、非常にオススメです。
是非読んでみてください!

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